彼は剣を研ぎながら何を思うか
俺の身体の大きな穴が開いた胸元の周りに付いた錆は、癒しの泉ヘイロンの清き水でも一向に落ちる気配はなかった。
それどころか錆を必死になって落とそうとしているのだけれども、錆を落としても気付いたら錆が元に戻っていたという感じである。
どうやら頑張っても、この胸元の錆は消す事が出来ないようである。
でもまぁ、胸元には女死神が付けてくれた6枚の花びらが付いた、真ん中に炎の鳥が描かれた赤く輝く紋様が胸元に開いた穴とは別に、強く自己主張をしているのだが。
「まぁ、この胸元の錆は仕方ないな。とりあえず腕や脚の錆は取れたから、それで大丈夫だろう」
腕と脚の錆を取る事によって格段に動きがスムーズになった。先程までの、カクカクしていたラスティードールの動きではなく、人間の時とほぼ同じように動かせるようになったため、これで少しは戦いやすくなっただろう。
胸の錆が取れないのは少々気になる所ではあるが、取れない以上諦めるしかないだろう。
けれども今、出来たのは腕や脚の錆を取って、身体を動かしやすくしたという、ただそれだけの話である。これで《蒼炎》に挑むのは少々無謀な気がする。
「後は人形型魔物の長所を活かす戦い方をすれば、《蒼炎》が居るとされる風の国ヴォルテックシアに普通に行けて、《蒼炎》を倒せると思います」
女死神は懐から【人形型魔物の研究】という題名のファイルを取り出していた。
どうやら龍の奇形児であるアケディアと話している際に、【龍人の研究】、【奇形児の研究】という2冊の研究書と共に死神の事務所から持って来てくれたみたいなのだそうだ。
女死神が言うには、人形型魔物にはいくつか特徴があるらしい。
痛覚を感じない、部品を変えても拒絶反応が起きない、様々な部品を付け加える事が出来るなど、様々な特性があるみたいなのである。
人形型魔物の一番重要な長所というのが【部品を変えても拒絶反応が起きない】という事なのだそうだ。
「【魔物には1つ1つ個性がある。強力な火炎に耐えたり、空を飛んだり、身体自体が武器だったりと様々あるが、人形型魔物の一部はそんな魔物の身体を部品に変える事ができ、さらに自身の肉体の一部として使う事が出来る】。
その代表例の1つとして錆人形、ラスティードールの名前がありました」
「魔物の長所を部品にして自身の身体に……そうすれば、確かに自身よりも格上の相手とも十分に渡り合えるな」
人間で言うと、武器や防具の交換という所だろうか。
敵に合わせて武器や防具を変えるのに対して、ラスティードールは身体の部品を変えて応戦する。
……うむ、悪くない戦術だ。
「まぁ、最も俺は剣しか出来ないから、魔法とか使う魔物の部品を手に入れても困るが、それはまぁ、今は関係ないな」
「人形型魔物の欠点として、【経験値を手に入れて成長する事がない】と書かれていますが……」
経験値、それは魔物や魔人などを倒すと現れる魔力の源である魔素の別名である。
1匹1匹が出す量は微量ではあるのだが、それを多く吸い取る事によって強くなる事が出来る、いわば力の源のような物。
俺も経験値を得て自身の筋力が急激に上昇した事が分かった時は本当に喜び勇んで、酒を飲んで嬉しかったものである。酔いがさめた後、金額を見て愕然としたが。
「とはいえ、経験値で成長する事がないのは短所ではないだろう。
それよりも、魔物を部品として自身の身体に組み込めると言う事が大きい。多少のデメリットはこの際目を瞑ろう。と言うか、"〇〇かもしれない"、"〇〇だったら"と言い出したら霧がないしな」
もし、あの時ラスティードールの討伐を騎士団で引き受けなければこんな事にはならなかったのかもしれない。
けれどもそれは後に《蒼炎》が別の機会を得れば良いだけの話であり、もしかしたら別の隊が襲われていたかもしれないという事。
つまりは、もしもという話である。
仮定の話をいくらしても現状は一向に変わらないし、なにも変わらない。
「だから俺は今ある状況を受け止めてなんとかする方法を考える事にする!
……まずは単純に騎士型の魔物を倒そうか? いや、《蒼炎》が火炎攻撃をすると仮定して火炎に強い魔物をいくらか部品として蓄えるのもアリだな。その場合、剣が振りやすいようにこれ以上腕を増やさないようにして、というか腕をこれ以上増やすのは出来るのか――――」
と、俺が真剣にこれからどうやって《蒼炎》を倒すのか考えていると、クスクスと女死神が小さく笑い出したかと思うと、そのまま大きな声で女死神が笑い出した。
あまりにも大きな声だったため、一瞬驚いて泉の中に落ちそうになってしまった。
「……いきなり大きな声で笑わないでくれ。びっくりするだろうが」
「――――――アハハ! す、すいません! で、でもそうですよね。今出来る事をやるしかないですよね。
そうですよね、ジェラルドさんはそういう人でした」
なんか、ひっかかる言い方なのだが……まぁ、良い。今は今後のための作戦会議であるのだから。
「とは言っても、今出来る事はこれが精一杯ってところだろうしな……。
後、出来る事と言ったら、この剣についた血を拭い去る事が重要だよな」
俺が人間の時に愛用していた剣は《蒼炎》に身体を奪われる際に取られてしまったので、今使っているのは残っていた他の騎士団員が使っていたと思われる剣である。
愛用していた者がきちんと剣の刃先を研いでいたためにあんな大事件があったのにも関わらず、斬れ味もまったく衰えてなくて使いやすかったのである。
しかしそろそろ無理を通してしまったので、剣を研ぎ直さないと限界である。
血を洗い流して研がないといけないと思い、まず俺はそこいらの葉っぱで泉の水を汲み取ると血を流し去ると共に砥石を使って丁寧に剣を研いでいく。
(待ってろよ、皆。俺、マルティナ姫様や王族の皆様など風の国ヴォルテックシアを救ってみせるぞ)
騎士団隊員の無念や後悔、それに怒りや恨み。
そう言った感情を全て剣に注ぎ込むような形で1回、また1回と丁寧に研ぎを行って行く。
勿論、これはあくまでも想像でしかない。実際に彼らがどう思っていたのかなど、既に死んでしまった彼らに尋ねて聞く事は出来ない。
俺魔法ならばそういった死者の想いを汲み取る魔法もあるのかもしれないのだが、俺は魔法は一切使う事は出来ない上に、なおかつその魔法の噂もなにひとつとして聞いた覚えがないくらいなのである。
でもそんなのは今は関係ない事である。大事なのはこちらがどう思っているか、ただその一点だけのはなしなのだから。
おしゃべりなポップスならば、いつものような減らず口を叩きながら皆を慰めているかもしれない。
マイペースなロックならば、もしかして死んだことにも気づいていないかもしれない。
心配性なファンクならば、俺がこうして敵討ちしに行こうとしている事に対して止めて欲しいと思っているのかもしれない。
皮肉屋のポップスならば、俺だけがこうして別の身体を借りて生き残っている今の状態に対して文句の1つでも言っているのかもしれない。
全ては俺の勝手な想像でしかない。
死人は喋りもしないし、なにも考えていない。全てはあくまでも想像だ。
しかし人間には魔物や魔人と違って、誰かを思いやると言う事が出来る。
誰かのために喜んだり、哀しんだり、怒ったり事が出来る。
これはあくまでも、俺と言う一個人が、戦うためにモチベーションを上げるために行っている事だと思う。
しかし、これもまた隊を預かった隊長としての、最後の責務だ。
(お前らの想いは、俺が確かにあの《蒼炎》に叩きこんでやるからな。
この剣であいつの胸を叩ききってな!)
ピカピカになった剣を見ながら、俺はうんうんと肯いていた。
「さて、それでは一度さきほどの馬車の所まで戻りましょうか。
なにをするにしても食料と言った備品は必要になりますし、なにかを考えるならば魔物が来ないようにしている分安全と言えますし」
「だな。アケディアの様子も少し気になるし、戻るか」
女死神の言う通り、今後の作戦を立てないとならない。
まず《蒼炎》を倒すため、どのような手段を取るのか?
魔物の部品を集めるのか、それとも《蒼炎》を俺の身体から追い出すのか、他に方法があるのか?
どの手段が有効か分からない以上、議論を重ねつつ、最善と思われるのを探すべきだろう。
俺はそう思いながら、仲間達の想いが詰まった剣を背負い、馬車へと戻って行った。
――――だけど、俺達を脅かす事態へと近付いている事に、俺達はまだ知らずに居た。
よろしければご意見、ご感想をくれると嬉しいです。
#9月3日。
少し描写を追加致しました。