龍人が得たものとはなにか
アケディアは選び取る。
――――怠惰を、惰性を、不真面目を、怠慢を。
それを選び取る者、それがアケディアという人間なのだから。
「(もうなんでよ! 知らないよ、そっちの事情なんかさ! こっちは無理矢理こんな国に来たかと思えば、流れかなにかでこの氷の城へと連れて来られて戸惑っているの。砂漠の熱い国で、一気にこんな寒い場所になるだなんて聞いてないですよ! こっちはいっぱい、いっぱい! いや、そもそもどうして私が巻き込まれているのかも意味が分からない!
……も~う、なんだか本当にムカついてきた。なんで私がこんな事で怒らないと、考えないといけないの? 可笑しいでしょ。私は別になにも悪いことしてないのに、ずば抜けた実力も持ってないのに――――)」
なにかを恨むと言う事は基本的に推奨されないし、呪術とかもそうだが呪いはあまり良くないだろう。しかし、世の中には《なにかを恨む》、その行動によって平静を保つ者も居る。この時のアケディアもそう言う気持ちから、そんな事を考えてしまったのだろう。
「(あぁ、本当に私に力があるんだったら今すぐ使いたいですよ。そしてあなたなんか、すぐさま倒しますのに……!)」
そしてこの世には――――"なにかを本気で恨む"と言う事で初めて発現する能力というものもあるのだ。
【では、私があなた様の代わりに戦います】
「(えっ……?)」
不可解で、けれども何故だか安心感を覚えるようなそんな声。
どんな声と言われてもそう言うしかないし、けれども奇形児として生まれた彼女が思う「視た事も聴いた事も無いけれども全てを許し、導いてくれるという想像上の母親」と、そんなどことも知れない安心感を与えてくれるような声だった。
「……んっ?」
初めに違和感に気付いたのは、そんなアケディアを見ていたフィーラだった。
「なんだ、あれ……」
彼女の背後に1匹の生物が現れていた。それを果たして生物と呼んでいいのかどうかは分からないが、とにかくそれはなんらかの生物である事は確かである。
全身が真っ黒の人型の物体。その瞳だけが爛々と真っ赤に輝き、手は大きな捕食獣を思わせるような長い爪の手。そしてその頭には黒い輪っかのような物が高速で回転しながら、辺りの光を吸収していく。
「(なにかを召喚して、使役する能力? いや、それだったら能力は使役系とか召喚系になるはず。能力を判定する紙によって示された結果によると、他者強化系の能力なはず。それなのになにかを呼ぶという、能力になっているのが可笑しい。あの才能をはかる紙が可笑しな反応を見せる紛い物だというのも、こっちに渡し戻った時に確認したし……。とにかくあれは、影を使役する……というような能力だろうか?)」
彼女の背後に現れた真っ黒い人型の物体には足はなく、その下半身はアケディアとして一体化……影のように彼女の背後にいることも含めて、あの黒いのが彼女の影である事の証明である。
「……まぁ、どうでも良いか。能力を見せてくれたのなら、その能力が我が姫様を守護するに相応しいか、格別チェックさせていただくだけです。ただ、自分の影を操る程度ならば不足です。きちんと、判断させていただきましょう」
フィーラは手にした氷の剣をくるりと手から放して一回転させると、その氷の剣に冷気が集まり大きくなる。
「まずはパワー! 氷の剣に鋼鉄化を加えました。この氷の剣はある程度の金属としての硬さがあり、なおかつそれなりに動かすから攻撃を当てる正確性も必要だよ。そのかぎ爪が届く範囲は目測だが、スキルによって判別済み。さぁ、どうするんだい? その影は一体どんな面白い能力を見せてくれるんだい? た ……」
その言葉をフィーラが言いきる事はなかった。何故ならその前に氷の剣が、黒い人型状の物体……呼称としてアケディアが《影》という在り来たりな名前を心の中で付けていたそいつは、氷の剣を撃ち落としていた。《影》の手足であるかぎ爪の長い爪を、そのまま外して投げ飛ばして……という荒っぽい対処だったが。
「ほう、そのかぎ爪は外せるのか。ならば続いて、その黒い影に他にどんな事が出来るか確かめないといけないですね。我が主を襲う敵はどんな物で、そもそも単体か複数なのか。家族、集団、宗教、怪物……。
アリメーバのような小さな極小の生命体が複数体集まる事によって生まれた生物なのか。それとも同じ目的によって集団で狩りをするボアウルフのような物なのか分からない以上は、こういう複数体とも……って、あれ? 増えてない?」
フィーラの言う通り、《影》は増えていた。一体から二体へと。
二体目も同じように黒く、一体目と同じようにアケディアの影として下半身がアケディアの影から始まっていたが、違っていたのはその形状。そいつは一体目の長いかぎ爪とは違い、その手には二つの剣が握られていた。
「よ、よく分かんないけどやっちゃえ!」
【【受託】】
アケディアの投げやりすぎる命令にもきちんと対応して、二つの《影》はフィーラへと向かって来た。
「影を基準とした媒介使役術の一種かと思いきや、二体目も生まれ、さらにこちらへの対応する距離も長い。これは予想以上だ」
影の長さには限りがある。光の当たり方、元の物体の大きさ、光の強さなどなど。
影を元にした使役の場合、元となる影の大きさ以上は作れない、その上動けないはずなのにこうやって向かって来るのが可笑しい。二体と言う事も、影は本来一つなのに可笑しいと思っている。
「……まぁ、界龍種に対して《可笑しい》や《あり得ない》と言うのは可笑しな話か。常識の範囲を超えた能力を持って使いこなす種族……それが界龍種と呼ばれる化け物の種族なのだから。たかが二体程度に増えた所で……」
【御意】
1体。
【御意】【御意】
さらに2体。
【御意】【御意】【御意】
3体。
「……おいおい、どれだけ増える気?」
フィーラがその数に圧倒されながらも、《影》の増殖は止まらない。
【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】【御意】
《影》はフィーラを守るようにその数を増やしていき、そして《影》1つ1つに個性があった。
武器の形状、大きさ、それに武器の攻撃方法……。近接戦が得意、遠距離戦が得意、援護が得意、回復が得意……などなどそれぞれ個性豊かな、真っ黒い《影》達。
それは主であるアケディアを守るために、フィーラと言う敵を排除するためにその姿を現していた。
「《影の集団》……今、【世界の原書】に示されたそれが、アケディアという者が手に入れた【個有技】ということか。
なるほど、パンプリング……過保護ね。確かに名に恥じない過保護っぷりだ、まさか私を殺すのにここまでの過剰戦力を投入して来るとは……まさしく驚いた。その技の理屈はまだ解明できていないが、まぁ、良いでしょう」
全ての《影》の武器がフィーラと言うものを破壊しようと向けられた瞬間、彼の顔に笑みが浮かぶ。
「これなら、我が主を守るに相応しい力だ」
そして、フィーラ……フィーラキャイセルはその場から、いやこの世から姿を消した。
――――全ては姫を、創造主を守る。
そんな一心のために。
よろしければご意見、ご感想をくれると嬉しいです。




