フィーラはアケディアに何を求めたのか
「え、えっと……その……紙が消えたら、どうするべきでしょうか?」
私が紙が消えた事に対して困惑していると、フィーラは「……そう来たか」と言って本を閉じます。
「先に言っておきますが、紙が消える事は全く可笑しな事ではありません。先程紙がどう変わるのか、と言う事で反応を見ると言いましたが、"紙が消える"というのもまた反応のひとつなのです。
紙が燃えれば火炎系、しわが寄れば電撃系という事ではありますが、紙が消えると言うのもまた反応のひとつなのです。ただし問題があるとすれば、界龍種のアケディアの能力を示す紙が、"消える"という反応を示した事ですかね。はぁ、がっかりで仕方がない」
溜め息を吐いた彼は懐に手を入れると、そこから先程と全く同じ紙を取り出していました。小さな真っ白い紙……私がさっき渡されたのと同じ紙。
「えっと……紙をもう一度試すのでしょうか? 結果は同じだと思いますが……」
「結果は同じ? いや、これが君の能力を指し示す紙の反応である。そう、死ぬ事を覚悟している私にとっては最悪の結果だ」
先程と同じ、いや先程よりももっと大きな溜め息でフィーラはそう言う。
「"紙が消える"、もし本当にそれだったら空間系という強力な能力が疑われたんだけれどもね。空間系、場を支配するという意味では非常に良い。けれども君の紙が指し示したのは、"紙が消える"という反応では無くて"紙が相手に渡る"という他者強化系の能力なんだよ」
「それのどこが悪いんでしょう……?」
怯えながら尋ねると、彼はゆっくりとこちらへと歩いてきます。
「……悪いよ、むしろ最悪だと言っても良いくらいで。
私はこの後に我が主に起こる最悪の事態を詠んで識りました。そしてその前に私が死ぬ事も、我が主を救う可能性があなたにある事を。
しかし、全てが書かれてはいませんでした」
「えっと……それだと変じゃありません?」
先程彼が得意げに語った、【世界の原書】を詠めるという彼の能力についての説明では、【世界の原書】はこの世のありとあらゆる事が記載されている書物であり、それを読む事によって彼はあらゆる事を知っている、と。
「世界の全てが分かっているのなら……私のこの能力だって予測出来たんじゃ……」
「そうだね、恐らく明日の天気からこの国で一番可愛いとされている女の子の下着の色まで、他にも人が隠したがっている秘密に至るまで、私はこの世の全てを何でも知っている。だが、ただそれだけだ。
君の能力に関して言えば全てが書かれていなかったのだよ」
「書かれて……いない? あの、えっと……全部載っている本なんです……よ……ね?」
「あぁ。だからこれは載っていた」
近付いて来たフィーラはそのまま拳を振り上げると、その拳に氷の剣を作り出して私へと振りかぶって来る。
「ひぃっ!」
いきなり振りかぶられた剣に私はお尻から床へと倒れ、私はくるりと床を回転してそのまま距離を取る。
「い、いきなり殺しにかかって来るだなんて……えっと、そんなに悪い事、致しましたか? わたし?」
「……私の生きる理由、それは我が主を守るため。あなたには信じられないでしょうが、この世には自分が仕える相手のためだったら死んでも良いと思っている人だっているんですよ。そんなの、自分だけが生き残るのに精一杯ですよと思っているあなたには信じられないと思いますけれどもね。この世には居るんです。
自分が死んでしまうと死期を悟り、我が主に私がその場に居ないために救えない事も同時に分かり、それを解決する為には全てが知りえない不確定な相手にしか頼れない。そんな状況下では多少イラつきもしますよ、そりゃあね」
「で、でもでも、でもでもでも、さっきまで……親身になって……話していたのに……こんな急に……」
私が謝っていると、彼はイラついたのか舌打ちをする。
「他者強化系ってのは、私が知る中でも最弱最低の部類に入る能力だ。いや、これは【世界の原書】に書かれている事なんかではなくて、私個人の意見だ。他者を強化して、他者を支援する事で、初めて輝く能力。つまりは他者が居ない事では全く役に立たないという意味じゃないか。
そんな誰かが居る事で役立つ能力なんかで、我が主が守られるのか?
誰かに頼らないといけない能力だったら誰も居ない場合、我が主はどうなるのだ?」
「え、えっと……そのフィーラさんが守りたい主を強化すれば良いんじゃ……」
目が血走ったフィーラさんの気迫に押されて出てしまった言葉ですが、言った後それで良いんじゃないだろうかと私はそう思った。
うん、そうだよ。
他者を強化するならその救いたい人を強化すればそれで済む話……。
【世界の原書】を読めるなんて凄い人が部下なんでしょ、それならその主はもっと凄い能力を持っていても可笑しくないじゃないですか。
「だから、それでなんとか……許して貰えると……。
……と言うか、私がその姫様を救えるなんて……やっぱり嘘なんじゃないですか? ……その原書だって……完璧……ではないみたいです……し……」
「……っ!」
私が怯えていると、フィーラさんはさらに怒りが増した様子でこちらを見ていました。
「……あの危機は……我が主には防げません」
「えっと……既に分かっているのなら、事前に教えれば……それで済むんじゃ……」
私だって、未知の恐怖はやっぱり怖いです。
歩いていたら目の前から魔法が向かって来るのかも知れないと思うと、自然と怖いです。
けれども、それが初めから分かっていれば、話が変わって来るのではないのでしょうか?
知っているのと知らないのとでは、やっぱり変わってきますし……。
……まぁ、私は知らないにせよ、知っているにせよ、どちらにせよ怖いですけれども。
やっぱり怖いものは怖い、それは変わりませんので。
「ねっ? い、いま、聞いた事は私は忘れます! と言うか、今もう忘れました!
……だ、だから……私なんかに期待せず……普通に……自分が……取れる手段を他に模索する……方が……。考えたら……防げる方法が……他にも……」
「初めに説明したはずだ。姫様を救う事が出来る唯一の可能性であるあなたには嘘偽りなく、何一つ嘘なんてなく、説明したはずだよ。
私が識れるのは、【世界の原書】に載っている"この世で起こる全ての出来事"。
……けれども、この世で起きてはいない出来事を識る事は出来ない。
我が主に起こる災難は、明らかにあなた……アケディアと行動する我が主の姿。
そして……別の世界へと消えた後に、死人となって還って来る我が主の姿。その場にいる、未来にて何らかの形で我が主と行動を共にするあなたにしか頼めないんですよ!
我が主を死から救うには! だって、その時のあなたには我が主を救う力がなかった。我が教えていない、そんな選択肢の未来だったから」
彼は告げるように、嘆きの声をあげる。
「我はあなたに力の使い方を教えなかった。何故そうなったのかはついぞ分からなかったが、我が主を救うためにと我は可笑しいなと思い、我が主を救うためにあなたに力を教える選択をした。
すると、我は死ぬ事になっていた。詠めたはずの未来も私が死ぬ事になって変化が訪れたらしく、詠める範囲も狭まり、その過程も変わっていた。
……この世界ではない別の世界、それがこの世にはあるのだ。我が識り得る全てはこの世の物、あの世という別の世の事は知り得る事が出来ない。既に未来で死ぬ事が確定している私に、後悔という感情はない。酒も、女も、およそこの世の悦楽と呼べるものは全て試して、楽しんで、未練なく逝けるように準備してきた。
だが……我が主を救う。その未練だけはなくさねばならない。
お前には本気になって貰う、他でもない我が主のために、相応しい能力を得て貰わねば安心してあの世に逝けぬのだ!」
恫喝する彼の叫びは、とても死を覚悟している者とは思えないような気迫に満ちた声でした。
【世界の原書】。
この世の全てが記載されている書物ではあるが、その記載も完全ではない。何故なら世界と言うのは1つではなく、別世界と言うのは確かに存在する。
我が主が何故殺されるのかは分からない、何故なら我が主に害を及ぼすのは、この世の者ではないからである。
だったら私は賭けをする、我が主と未来にて行動を共にし、なおかつその能力が探れないというこの世の者以外に関連する能力を得るだろうアケデイァという女性に、我が主を守って貰うために。
彼女はかなり戦闘に対して、いや世界の全てに対して後ろ向きである。
そんな彼女に我が主を護衛する、そして護衛となりえるだけの技を教えるのは骨が折れそうである。けれども、絶対に為さなければならない。
我が主を守るためなら、我はなんでもしよう。
……たとえ死ぬ事に成ろうとも、我が主を守れるのならそれが本望である。




