《蒼炎》とはどういった人物だったのか
アケディアを馬車の中に置いてひとまず置いて、俺と女死神は癒しの泉ヘイロンへと向かって行った。
彼女を馬車の中に残していくのは少しばかり心配だったけれども、女死神が馬車に魔物を嫌う臭いを放つお香と、伝達用の魔法道具を置いたらしいから大丈夫みたいである。まぁ、なにかがあったとしてもあの硬い身体を持つアケディアならば、多少程度の魔物の攻撃ならば大丈夫であろう。
「癒しの泉ヘイロンは……もうすぐ、だな」
俺は少し上を向くと、先程よりも少しばかり大きく見える水泡が見えていた。良く見ると水泡は1つ1つ若干ではあるが、色が少しばかり違うようで赤かったり、青かったり、黄色であったりと色が違うようである。
「もうすぐ泉に到着しますね。そうすれば、錆も落とす事が出来るでしょう」
「そうか。まぁ、錆を落とせば《蒼炎》とも戦いやすくはなるでしょう」
アケディアを助けるために魔物と少々戦ったのだが、やはり以前のような素早さや柔軟性はなかった。ただ人間だった時よりかは若干ばかり攻撃力というか破壊力が上がったような気もするのだが、それはやはり筋量の問題だろう。
人間の筋肉が凄く少ないという事はないだろうが、それでも鉄で出来ている方が筋量として強いというのは事実だろう。元々基礎としては鉄の方が硬いからという事もあるだろう。
「錆を落とせれば攻撃力だけではなく、人間だった時と同じくらいの技も出せるでしょう。
とりあえず敵の皮をそって斬ったり、何十回も斬りつけるようにする技も出来たいなぁ」
俺の剣術は確かに騎士団としては最高位ではあったが、それはあくまでも騎士団という小さな枠の中で考えてみればという話である。近隣の国には武術で栄える鎖国があったのだが、そこに参加した結果は3位というなんとも微妙なものであったし。
まぁ、とりあえずこれから、もっと、もっと強くならなければならない。少なくとも《蒼炎》を倒せるくらい強く!
「打倒、《蒼炎》目指して頑張るぞ!」
「……その事、なんですが」
俺が気合を入れようとしていると、女死神がぽつりとした声で聴いて来た。
「《蒼炎》は、ヴォルテックシア王国の騎士団長のジェラルド・カレッジ……つまり、あなたの身体を取っていたという事は分かってますよね?」
「あぁ、それは最初から分かっている事だ」
「そして、私は最初、会った時にあなたに言った事を……恐ろしい事を考えているという事も言っていたと思います」
確かに言っていた。
「……今はまだ確証を持って言えないのですが、確実に《蒼炎》はあなたの国を舞台として――――世界規模でなにかをするかもしれません」
「せ、世界!?」
「勿論、その前に捕まえられればそれでおしまいなのですが……《蒼炎》は数ある死者の中でも厄介な相手なので、注意が必要なのです」
そう言って、女死神は《蒼炎》の事について語り始める。これから戦う相手について、少しでも情報を得た方が良いと言って。
《蒼炎》は数百年前に生きていた罪人であり、その罪状は《国家転覆罪》。
他人に乗り移る能力を使って、ある時は魔術師として敵をせん滅したり、ある時は美女として国を傾かせて、またある時は貴族として贅沢な暮らしをしていたらしい。
そうやって国を2,3カ国くらい転覆させて、破滅に導いたという罪を侵した。人という人を転々としていたために普通の人よりも長く生き、最終的には多くの死神の手によってその魂を回収されたのである。
「そんな大罪を犯した《蒼炎》の魂が、どうして簡単に逃げ出したりするんだよ……」
「だからその魂を担当していた死神のミスで……いや、確かに変ですね。私達死神という者は、ミスがないように徹底しているはずですので、間違ってもそういった事がないようにしていたのですが……ふむ、ではやはり死神のミスというのも少々変な事に見えてきますね。ならばちょっとばかり調べた方が良いかもです……」
ふむふむ、と女死神は少しばかり考え込むような態度を見せていた。
「その辺りはちょっとばかりまた考えるところでありますが、《蒼炎》が一番恐ろしいところは既に国家転覆罪という罪を侵してしまっている罪人の魂というところです」
「……と言うと?」
女死神が言うには、逃げ出した罪人の魂を捕まえるのが厄介な点と言うのが、前世の欲望が強まっているという点だそうだ。
生前は理性や命など多少の制約はあるが、死んだ後は理性も命もどちらかの制約もないために自分の好き勝手にやろうという欲望が暴走しているような状態であるために、自分の好き勝手にしているみたいである。
自分の好き勝手、身勝手が暴走しているようなものであるために、前世の時に起こした犯罪をさらにボリュームアップさせる傾向が強いらしい。
国家転覆罪という前歴を持っている以上、《蒼炎》は生前以上の犯罪を起こす可能性がある。それが女死神としては気がかりな所みたいである。
「とにかく先程調べた所、あの馬車の依頼者は《蒼炎》の……ジェラルド・カレッジになっていました」
「――――!?」
「つまり、あの馬車は《蒼炎》のなんらかの企みに利用されるところだったんですよ?」
「なるほど」
もし仮にあの馬車と出会わなければ、あの馬車が《蒼炎》のヴォルテックシアの国家転覆に利用される可能性もあったのである。
そう考えれば、俺はヴォルテックシアの、ひいては王様や姫様のためになっているという事か!
「では、あんな泣き虫の彼女を助け出したのも良かったという事か」
うむ、《蒼炎》の邪魔が出来て、国を助けられたのはとても嬉しい事だな。
「――――と、そうこうしている内に着いたか」
俺は目の前に広がる泉を見ていた。
若い木々達が生い茂っている森を抜けて現れた泉。
泉の水は綺麗に発光して光り輝いて、真ん中には大きな円状の白い光が輝いており、清浄なものの証である。そして泉の中には光る鱗を持った魚などが泉の中を優雅に泳いでいた。
「ここが癒しの泉ヘイロン、か。確かに良い水、みたいだな」
俺は錆人形の無機質な鉄の手で水をすくい上げてみると、手に付いた錆が少しずつではあるが淡い光と共に消えていっている。
この水を使えば、俺の身体に付いている錆も全て消し去る事が出来るだろう。
「女死神、ちょっと手伝ってくれないか? 錆を落とすのに、背中がきつくて……」
腕や足などは結構簡単に錆を落とす事が出来る。ラスティードールの腕や足は取り外し可能なので、少し外して落ちないように気を付ければ錆落としは簡単だ。頭もそれほど錆を落とさなくても良いだろう。
しかし、身体は重要だ。身体のライン1つで剣の技の威力が全然違って来るから、ここはしっかりと落とさないといけないのだが、いかんせん身体を泉の中に落とすと浮かんでこない可能性が高い。なにせ、鉄だしな……。
だから、女死神に手伝って貰おうと思って声をかけるも、女死神は「ちょっとそれは……」と言って否定の意思を表していた。
「私、これでも死神ですから。聖なるものや清浄なるものに対して耐性が極端になく……逆に不浄なるものとか死体系でしたら、絶好調で魂を刈り取れるのですが――――」
「まぁ、そこは種族的な特性と言う感じか。分かった、そこは布でなんとかしよう」
葉っぱがいくつかあるからそれで水を浸して、背中の錆を落とせれば良いだろう。
そうして俺は女死神の見守る中、少しずつ身体に付いていた錆を泉の力で落としていく。
そして数分後、錆が落として万全に動けるようになった人形の魔物の姿となっていた。
泉に映る自分の姿を見て、それは勿論、少し感銘を覚えて涙が出そうになったくらいである。
――――しかし、胸に開いた傷、そしてその周りに付いた錆は一向に元に戻る気配はなかった。
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