騎士はなにに侵食されたのか
"空気が変わった"。
氷の城を守る騎士、シュータンクと戦っていた俺は、その者が纏っている雰囲気の違いにいち早く気付いていた。
「(何か、変わったな)」
何が変わった、とか明確にそれを言葉にはできないが、明らかに感覚として先程までとは違う。それは理解できた。
だからこそ、彼は訪ねる。
「お前は何者だ」
そう聞いたのがよほど可笑しかったのか、
「くふふ……勘が良いねぇ。いや、この場合は悪いのかな? なにせ、気付かなかった方が幸せだっただろうに。なにせ、今から死ぬのだから」
そう言って、シュータンクは……シュータンクの身体を奪った何者かは手持ちの氷で出来た武器を捨てると、その身体の中に手を突っ込む。
「俺の名前は……いや、この世界では正しく発音されないだろうから、仮に名乗るとするのならば、【アンロッド】とでも名乗って置こうか」
「アンロッド……」
「そうだ」と頷くと、彼はシュータンクの身体から黒い、2つのハンマー状の物体を取り出していた。そして2つのハンマー状の物体を長い棒同士を合体させて、両端に重い頭部の部分、鎚を持つ長い武器を手にしていた。
「きしし……さっきの、柔らかい氷の武器なんかよりも、こっちの方がよっぽど手に馴染んで良い。やはり武器は、慣れている物が一番良い。きしし」
きしし、と不気味に笑うアンロッドは、その鎚の部分を地面へと叩きつける。地面に叩きつけると共に綺麗な氷の床が、どす黒い心の内を映したような黒く染まる。
黒く染まった床から得体の知れない、うねうねとした触手のようなものが現れ、そしてそのまま大きく円のように広がっていく。
「きしし、探れ探れ探れ」
「探れ?」
「なんでもねぇ、本当に何でもねぇんだよ……っと、そう言えばお前も居たな」
すっかり忘れていたような、今ようやく視界にとらえたような口調でアンロッドはこちらに向かって来る。
「そう言えばお前はこいつの記憶だと、侵入者の1人って事だよな? と言う事は、つまりはもう1人の侵入者であるあの女と知り合いって事だよな? なら、結局としてお前は排除しないといけないって事だよ、な!」
ぐるんぐるん、と身体で武器を振り回すと言うよりかは、武器に振り回されているという感じである。しかし、どんどんその振り回しが大きくなっており、こちらに向かって来ている。
「(やばいって事は分かる、さっきの黒いのはやばそうだ)」
けれども、この攻撃の対処は簡単だ。
力は強く、厄介になったようだが、決して脅威ではない。何故ならすぐに対処出来るからだ。
ひょい、と俺は剣を下段、足元をはらうようにして振るう。鎚で作った大きな台風のようになった彼だが、足元は回っているだけで大きくなっていなかった。
だから、まるで独楽の軸に当てて傾けるように、俺は奴の足を攻撃して壊す。最も、相手の身体は氷で出来ていたため、足元ではなく下半身という言葉が正しいだろうが。
「おわっと!」
体勢を崩したアンロッドはそのまま武器から手放す。手放した武器は床を滑るようにして転がり、そのまま液体のように溶けて消えていった。
「あらあら、アンロッドの第一の武器は効果はなかったみたいだな。とは言え、今の武器は後の伏線のようなものであって、戦いには向かないからな。記憶通り、こんな簡単で大々的な技はあまり良くないみたいだ。
本当の俺の得物はこっちだ」
そう言うと共にアンロッドは再び身体の中に手を突っ込み、その中から今度は別の黒い武器を取り出していた。
「……杖、か?」
それは長い棒状の物体で、先端部に丸い水晶のようなものを取り付けられている。魔法を使う者が魔法を強く発する為に手にしている武器を黒い闇にて作り出したアンロッドは、それを右肘へと取り付ける。
「確かにこれは杖と言えば杖だ。魔法を増幅し、発動する魔法を強大にすると言う意味においては、これは杖だ。とは言え、杖の表現よりかはこれは砲台という表現の方が適してる、がな!」
アンロッドは右肘に取り付けられた杖を、標的へと狙いを定める砲門を向けるようにこちらの頭に杖の先を向けていた。黒いどよどよとしたオーラと透き通った水色の身体、アンロッドの黒いオーラがその黒い杖へと流れ込むと共に、杖の黒さは一層その濃さを増し、一方でアンロッドの身体は透き通るどころかどんどん灰色へと黒に近くなっていく。そして俺に迫るように、床や天井、壁から黒い触手のような物がうねうねとこちらに近付いて邪魔して来る。
「黒柱砲、発射!」
アンロッドは杖に力を込めると、そのまま杖から黒い塊を発射する。発射された黒い塊は大きく山なりに飛んで行き、俺のすぐ目の前の地面に落ちていった。地面に落ちると共に、それはタオルが水を吸うかのように大きく、そして広く広がっていく。
「おっと……!」
背中に鳥型の魔物の翼を生やすと、そのまま宙を舞う。俺の目の前に落ちた黒い塊はそのまま広く広がっていき、その真ん中から大きな黒い樹が樹木のようになって生えていった。俺は黒い触手を剣で斬り刻みながら、その黒い樹から距離を取る。
「第二射、発射!」
そして今度はまた別の場所に黒い塊を杖から発射して、今度は入り口を封鎖する場所に黒い塊を落としていた。落ちた黒い塊は先程と同じように、地面へと池のように広がると大きな樹がすくすくと成長していた。
――――2本の樹を生み出したアンロッドは、もう片方の手で黒い杖をもう1つ生み出す。生み出すと今度は左肘に新しく作った杖を取り付ける。
「良し、これで準備は完了だな。後はお前を始末するだけだ」
「いや、ただ2本の樹を出しただけだ。それに触手を斬るのと同じく、その樹も黒い闇にて作ったんだから、斬るのは容易い」
そう言ってはみたものの、本当にあの気味悪い黒い樹木を倒す事はしない。あれは今のアンロッドの作戦の肝であり、今から行う作戦の要のようなものだ。
あれを壊すと作戦が変わってしまい、対応策も変えていかなければならない。
しかし、2本の大きな樹を地面に立て、その上で魔法を打ち出すための武器を持つ。
この戦い方は良く知っている。
この戦い方の対抗策については良く知っている。だから弱点も。
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