【力】はなにを意味するのか
女死神は『正々堂々』という言葉をあまり信じていない。
女死神――――もとい死神達が居る、死の国ニーヴルヘイムには2種類の者しかいない。この国を管理する役目を与えられた死神達と、悪道を貫き通した死者達――――この2種類、例外はない。
この国に居る死者達は百をも超える多種多様な世界から『悪人』だという事でこのニーヴルヘイムへと落とされた者達。一の世界からも日に千をも超える者が送り込まれるのに、それが百。単純に考えればその数は十万という数字を軽く超え、さらに場合によってはそれ以上の事など良くある。多少落ちて来る人数に偏りはあるとは言っても、それでも減る事はなくて増え続ける一方である。その上で向こうの世界にしがみつきたいと執着して、こっちに落ちて来ない者をわざわざ迎えにいかなければならないのだ。
落ちて来る死者達の辞書にあるのは『ここから出ていきたい』という文字であり、そのために彼らは常にこちらの隙を狙い、あるいは自ら作り出して逃げようとする。
そんな彼らと数百年、いや数千年にも及ぶ長い管理を――――女死神が所属する死神達は続けていたのだ。
彼らを管理する中で、女死神が覚えた彼らとの付き合い方……それが常に罠がある事を想定しての行動だった。常になにかあるのではないかと、それを常に頭に入れて行動する。それが上手くやるコツみたいなものだ。
だからジェラルドとシュータンクが戦い始めたその瞬間、女死神はなにか罠がないかと考えて、魔術によってなにかあるかと探ったのだ。そしてこの城全体を覆う《氷姫》の圧倒的な氷の魔力とは別に、シュータンクと繋がる魔力を見つけた。
そこでその魔力を追って見れば案の定――――。
「私の名前はオッテフォルティチュード。
示すアルカナは【力】。獅子という狂暴な怪物を飼い馴らす、女を意味する者なり」
彼女の右手となっている獅子は高々と雄叫びをあげており、彼女は手に持った本をペラペラと左手でめくっていた。
「……どうやらあなたを倒せないと、この城の主には辿り着けないようですね」
「当たり前なのでしょう。表に出て戦うのがシュータンクの仕事とは言えども、裏で戦うのが主な仕事だとしても、私も姫を守るための戦士ではあります。そんな私がこの前に居るのですから、そもそも《氷姫》様の元に辿り着かせる事は許しません。……獅子、出番が来たようです」
オッテフォルティチュード、オッテがそう言うと共に、獅子の口が大きく開く。大きく口を開くと共に、小さな火炎獅子達が現れていた。
「この小さな炎の獅子は、あなたを倒すために。いえ、ジェラルドをシュータンクが倒すまでの時間を稼ぐために出した者達です。小さくたってそれはこの獅子の、力を名に冠した私の分身のようなもの。そう易々と倒せると思わない事です」
パチンと左手で指を鳴らすと共に、彼女が出した小さな炎の獅子達は一斉に女死神、私の前に跳んで来る。
「……獅子、ですか。いつもの死者と比べると大分、大人しい奴らですね。そんなあなた達にあげるのは、これくらいの炎で十分でしょう」
私が軽く呪文を唱えると、私の目の前に炎の輪が現れる。サーカスなどで良く見る、獅子が通る炎の輪である。
「その炎の輪は、まさかサーカスかなにかですか? この私の獅子が、たかがサーカスで遊戯として楽しむ動物ごときに考えられてるとは思いもしませんでしたよ。そんな楽しげな、簡易的な考え方を反省して貰うために、それに乗らせていただきます。後悔、してもらうために。
獅子達よ、あの炎の輪をくぐって、あそこの女を食い散らかしなさい」
ガゥ、と大きな鳴き声が聞こえると共に、オッテの配下の小さな獅子達が私の作った炎の輪の中へと入って行く。獅子達は輪の中へ入ると共に真っ赤な炎に燃え尽きていった。
しかし獅子達は、徐々に私の方へと近付きつつあった。最初は炎の輪に入った瞬間には空中で灰になっていたが、次の獅子は一歩足を地面につけており、次に輪の中に入った獅子は二歩歩みを進めていた。
「(たかが一歩、だが確実に成長している。確実に、この炎に適応しつつある)」
今輪の中に入った獅子なんかは特にそうだ。最初に入った獅子は全部塵となってしまっていたが、今入った獅子は左脚が丸ごと残っている。
「まだまだあなたの元に行くのは、獅子達は辿り着けません。けれども着実に近付いています。今は少しずつでありますが、炎の輪をくぐっての解析がもっと進めばあなたの魔法は利きはしなくなるでしょう。
先程も言ったようにアルカナとは、人の旅人が世界を手に入れるまでの道筋を描いた物語。世界という広大な空間をたった22枚のカードで示そうとしているんです、その中で自分のカードがなにを示しているか。私は常にそれを考えながら、この城で暮らしてきました。
【力】とはなんなのか、その答えがこの獅子です」
オッテはそう言って、小さな獅子を左脇に抱き寄せた。
「前に進む、どんな困難にも負けずに前に進む。
一秒前の自分を追い越し、一分前の自分を遠い彼方へと置いて、一時間前の自分とは比べようがない物へと進歩を遂げる。一歩進むと強く、十歩進むと強力に、百歩進むと超強力に。
私の魔法はそう言う魔法。私の【力】とは、そう言う力なのです。
――――さて、そろそろ一匹通りきったみたいですね」
と、オッテの言葉に気を取られている内に炎の輪を越えて一匹の獅子がこちら側に来ていた。身体は少し焼け焦げているが、確かに四肢全てが無事である。
「そろそろ獅子達はあなたなの炎の輪の解析を終えた所でしょうか? 他の魔法も試してみると良いです、どうせそれも効かなくなりつつありますから。その獅子達は単なる火炎耐性を身につけているんではありません。的確に、あなたの魔法に対する耐性を付けつつ、あるのです。
――――そう、あなたの力に対処するための手立てを、ね」
ふふっと笑いながらも、オッテは笑う。獅子はこちらに向かいつつあった。
「あなたの力が効かなくなる時は、きっと来る。
――――その時が楽しみでしょうがないです」
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