その者は誰と戦うのか
身体と武器を一体化させて戦う、シュータンク。そんなシュータンクはさらに床と身体を一体化させていて、そのまままっすぐこちらに向かって来ていた。
【うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!】
「おりゃああああああああああああ!」
お互い、何故大声を出しているのかと言われれば、理由は特にはない。ただの気合いだ。
別に大声を出したからといっていきなり強くなるとか、威力が上がるとか、そんな付与的な要素は一切そこには存在しない。むしろ錆人形の俺と氷の騎士であるシュータンクはどうかは別として、普通の人間がこれをしたら声が枯れてしまって、体力が落ちてしまうのもあるかもしれない。
そんな無価値で無意味な行為であったが、俺とシュータンクの2人はお互いに武器という得物をぶつけていた。
「おりゃああああああああああ!」
【しゃああああああああああああ!】
縦、横、斜め。
上段、中段、下段。
強く、弱く、激しく、熱く。
そこには情熱しかなく、ただただ全てをお互いに衝撃ていた。
無意味な打ち合いが数分続いた。俺達には数十分、数時間続いたかと思うくらいの激しいものだった。そんな闘いの打ち合いを、先に終わらせたのは俺の方だった。
「……しゃっ!」
後ろへ退いて距離を取ると、剣を一度鞘にしまう。そしてすぐさま鞘から剣を取り出す。
【火の国フランメシアで見られる、一種の曲芸剣術として居合いと呼ばれる技術がある。鞘に一度剣を戻し、その後すぐに剣を引き抜いて一瞬のうちに相手を斬る妙技。
今行ったのはそれに良く似ていたが、それではないな。なにせ技としては未完。なにも斬られてない】
「あぁ……これは斬るための技じゃないからな」
――――だとしたらなんだ?
その言葉を放つ前に、シュータンクは床を滑るように、高速でこちらに向かってきていた。
「……その答えは――――これだよ!」
そのまま俺は剣を薙ぎ払うようにして、大きく振るう。
すーっと、シュータンクは薙ぎ払われた剣の横を滑っていき、そのまま壁にぶつかっていた。
【……なるほど、気持ちのリセット。空気のリセットか。
今の剣技、先程までの打ち合いと比べると無駄な余力を一切感じられない、まさしく薄氷のように透き通った氷のようだった】
その言葉を言い残し、シュータンクの上半身はする~りと下半身を滑って落ちる。そのまま床に落ちた身体は、まるでガラスのように「バリン!」と大きな音と共に割れていた。
「……これで終わり、でしょうか?」
女死神の言葉に、俺は首を振って否定していた。さっきの剣技は普通に鞘の中に一旦剣を戻して、先程までの斬り合いの気分をリセットしただけである。リセットして、本来の実力を出せるように戻しただけである。
ただそれだけで、あの《氷姫》の騎士を名乗っていた奴が倒せるとは思えない。
【ククッ……なんだ、この程度で騙せるかと思ったのだが、そう上手くいかなかったな】
ふわり、と氷の上半身が浮かび上がると共に床の氷が伸び上がって上半身と一体化していた。そして再び、先程までと全く同じシュータンクが再び復活していた。
【すまないが、この戦いは一対一であって、一対一ではない。確かに直接戦っているのは我と貴様の2人であるが、我には我が愛する姫様の援護の力がある。我がいくら斬られようとも、破壊されようとも、氷の上で倒される限り―――我の身体は永遠に復活する。
故に我は、お前に勝てなくても良い。ここで足止めを、姫様に近付けさせない限り、我は勝利しているのだ】
――――厄介だ。
と、俺はそう思う。
氷の上で倒せば復活すると言っているが、そもそもこの場所に氷がない場所などない。こんな所でどうやって相手をすればいいと言うのだ……。
【――――おや、さきほどの女死神さんはどこにいったんですか? 姿が見えないようですが?】
「――――えっ?」
振り返ると、確かにシュータンクの指摘通り、女死神の姿はなかった。どこかに行ったのだと思うが、それよりも今はこの、シュータンクという氷の騎士をどうにかして倒さねばなるまい。
「(……大丈夫だ、一度はぐれてまた会えたのだ。こんな城の中で少し離れただけ、また少ししたら会える――――そう思って今は戦おう。こいつの言葉通りとすれば、何度も何度も倒さないといけないみたいだからな)」
☆
「アルカナとは、一人の旅人が世界を手に入れるまでの道筋を描いた物語」
ぺらぺらと、本をめくるその音だけがその部屋を埋め尽くしていた。
「一人の旅人は愚者のように道を進む。
奇術を扱う道化師からお金の大切さを学び、現実にはありえない女の教皇からは英知を学ぶ。美しき女帝から行動の意味を知り、統治の皇帝からは同盟の強さを知る。
信条を説く教皇からは法とはなにかを知り、結婚を迫る恋人からは愛を教わる。凱旋する戦車は勝利を、バランスを求める正義からは平等を、そして時代を担う運命の輪は幸運を授ける」
パタン、とめくっていた本を閉じた彼女は、フードを深々と被った女死神と向き合う。
彼女の顔は氷で出来ていた。月に合わせて光り輝く長い髪も、女らしさを十二分に感じる長い手足も、右手から伸びているあらゆる物を喰らわんと欲する獅子の顔も、その全てが氷で出来ていた。
「アルカナとは、22枚からなる世界を征服するための過程の道筋。そしてこの城を守る3人の衛兵もまた、そのアルカナの中から選ばれている。
戦う【七の戦車】、守る【四の皇帝】」
女死神は手に炎を構える。戦うための、ジェラルドを助けるための準備だ。
シュータンクが倒されたあの時、女死神は気付いた。氷の床を通して、なんらかの復活魔術が送られていた事を。そして、その魔術を辿った先に居たこの女こそ、倒しておかなければならない相手だと。
「……ここから、あのシュータンクという騎士に対して支援効果が出ている事は魔術に詳しい者が見れば、すぐにわかる。
一対一と言いつつ、あの場で既にあなた達は二人で戦っていた。どんなにやられても、あなたが居る限りあの騎士は復活する。ならばあなたを倒しましょう。
この私が、【八の力】が――――人の死を刈り取る、タロットの十三、その死神を倒しましょう」
女死神が炎を放つと、本を左手で持つ彼女の右手が、獅子の顔がくっついたその腕が自然とその炎を打ち消していた。
「私の名前はオッテフォルティチュード。
示すアルカナは【力】。獅子という狂暴な怪物を飼い馴らす、女を意味する者なり」
彼女がそう言うと、意思を持った獅子は高々と雄叫びをあげた。
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