いつまで彼女は謝罪を続けるのか
アケディアが顔を上げたのはもう既に日が沈みかけた、夕闇が辺りに広まりつつあった頃である。泣き疲れてしまった彼女はと言うと、未だに申し訳なさそうな顔はしつつ顔を上げてこちらを見ていた。
「落ち着いたか? ディア?」
「う、うん。ま、まだつらいけどなんとか……うん、普通に……頑張って……でもだからと言って……それでも……」
まだ完全に立ち直ってはいないようであって、未だに怯えたような顔できょろきょろと辺りを見回していた。と言うよりも、元々これが彼女の性格上の問題と考えるべきなのか……。
まぁ、どっちだって構わない。ただ「すみません」とばかり言っていた頃に比べれば順調な進歩と言うべきだろう。
「……とりあえず最初に言っておくことがある」
「な、なんですか? ま、まま、まさかやっぱり私を食べる気なんじゃ!?」
どうしてそう言った発想になるのだろうか?
……まぁ、こっちは魔物なのだから警戒されて当然ではあるのだけれども。
「こんな姿だから信じられないと思うが……俺は喋る知能を持つ魔物ではない。元はニンゲンだ」
「に、ニンゲン!? ま、まま、まさかニンゲンさんですか!?」
俺が自身の事を人間だと語ったその瞬間、がくがくぶるぶると震えているディアが居た。
「――――ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる」
「おいおい……ちょっとは落ち着け」
「――――そうですよね絶対に違いますよねニンゲンではありませんしマモノな姿ではありますしそれに馬車で助けてくださいまして今だって普通に接してくれていましたし大丈夫……そう大丈夫なのです」
(ダメだ、こりゃあ。人の話を聞くという感じになっていない……)
まぁ、どうでも良い話ではあるのだが。とにかく俺だと話が進みそうになかったので、女死神に話して貰うように頼んだ。
「……分かりました。アケディアさん、私は死神です」
「し、しにがみ!? も、もしかして私、もう既に死んでいたり!?」
「違いますから。あなたは気付いてないかもしれませんが……いえ、気付いていて分かっていない可能性もありますが、あなたはそこに居るジェラルド・カレッジさんに助けられたのです。ですからまずは感謝の意を示すのが重要だと考えますが?」
女死神にそう指摘されたディアはと言うと、1回ビクついたかと思うと「確かに……そう、ですね」と納得したかと思うとペコリと一度頭を下げる。
「……助けてくださってありがとうございます。でも、人間さんはちょっと怖いです。でもあなたは魔物で……あぁ、私はどうすれば……」
「どうもしなくて良いから、とりあえず女死神の話を聞いてくれ」
「は、はひ。分かりました……」
そう言って女死神はディアに話を進めていく。
女死神と俺がこちらに向かった時には既に馬車は魔物に襲われており、そしてどうしてディアが生き残っているのかはその身体があまりにも硬かったから奇跡的に生き残ったのではないかと思われる。
で、今がその状況だと思われるのだと、女死神がディアに語っていた。
「……まぁ、そう言う訳なのですが、あなたはこれからどうしたいと思っているのですか?」
「わたし……?」
「そう、俺が聞きたかったのはそこだよ」
と、俺はそう言いながら頷いていた。
俺はなにか危険な事があるのではと思って、錆を取るための泉が近くにあるからと言う意味もあるので、助けに来たという事である。そうして助け出したのが、彼女という事である。
しかし俺は助けるのは決めていたが、助け出した後はどうするかは決めていなかったのである。
「俺達がやったのは助け出す前まで。けれども助け出してからの事は知らない」
「しらないって……」
「俺達には目的がある。そう、身体を取り戻して国を助け出すと言う使命が」
そう、俺達の最終的な目的。
《蒼炎》によって奪われてしまった身体を取り返し、そして王国から脅威を排除する。それこそが俺の望みであり、今為すべき事である。
死神は《蒼炎》を捕まえると言う目的があるから手伝ってくれているが、しかし……。
「お前はただの行きずりの相手だろう?」
「行きずりって……その言い方はちょっと……」
とにかく《蒼炎》から身体を取り返すのが一番重要になってくる事なのだ。
しかし、こんな臆病で、自分の殻に閉じこもっているような奴は置いて行った方が良いだろう。いや、連れて行く方が彼女にとっては良いのかも知れない。
「とにかく、危ない事に連れて行くわけにはいかない。だからこそ、ここでお別れした方が、【なんならいっそ、ここで分解してしまった方が……】」
「ジェラルドさん!」
と、口から出た恐ろしい言葉に対して、女死神がツッコむ。
おっと、危ない。危ない。
と言うか、今の言葉はなんだ? 分解?
「……どうやら、ラスティードールの意識が少しばかり流れ込んでいるみたいですね。とは言いましても、基本的にはジョルジュさんの意識がしっかりと出来ているみたいですが、無意識のうちに出てしまっているようですね。気を付けた方が良いですよ?」
「ラスティードールの意識……」
そう言えば腕が取れても人間の時とは違って特になにも思わないという事だったのは、俺の意識ではなくてラスティードールの意識だったという事なのだろう。
そして、【分解してしまった方が……】というのは、ラスティードールの意識が出ていたと言う事か……。
しかしラスティードールの意識が影響しているかもしれないというのを、今知れたということは良かったなと考えるべきだろう。
もしこれが戦闘中だった場合にラスティードールの意識が出てしまって致命傷を追ってしまったり、もし万が一にでも姫様の前でラスティードールの意識が出て姫様を襲いかかった場合は目も当てられない。
とりあえず女死神に今度ラスティードールの意識を何とかして貰わないとな……。
「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
戦闘中よりかは良いと思ったのだが、どうやら少なくもない被害はあったみたいである。
そう、ディアが怯えて、先程のように謝罪ばかりをしまくる人形の姿へと変わってしまっている。
こうなってしまうと、既に何を言っても無駄だろう。
そう、なにも聞こえないと言う意味で無意味な存在となってしまっているだろう。
「……はぁ~。とりあえず、泉はどこにあるんだ?」
馬車を助けるのは確かに重要な案件ではあるが、錆だらけの錆人形の身体から錆を取るという事も重要な事なのである。そのためにこちらに来たのだから。
とは言っても、剣ばかり極めていた俺は、泉で錆を落とす方法など知らないのだが。まぁ、剣で錆を落とす方法と似たようなものだろう。
「女死神、泉はどこにあるんだ?」
「あっちの……ほら、良く見えるでしょう?」
女死神が泉があるとして指差した方角の空には、小さな青い水泡が空に浮かび、そして消えていっている。つまりあの水泡の下に泉があるという事か。
「あそこにあるのが癒しの泉ヘイロン。
元々はただの池でしかありませんでしたが、数年前に数匹の妖精達がその泉の中に投身自殺するように、何匹も泉に癒しの魔力を持って死に続けたために生まれた回復の場所。あそこの水を使えば、錆も取れるでしょう」
「確か王都にもヘイロンの水を扱う者も多く居たが、あそこがその泉の源泉かぁ……。見た事はなかったが、ここだったのか……」
まぁ、良いとしよう。とりあえずはここにディアを放っておいて、錆を落とすために向かいに行くとしよう。
「女死神、すぐに向かって構わないか?」
「えぇ、行きましょう」
「すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません……」と、ただ謝罪しまくっているディアを放っておいて、そのまま俺と女死神は泉へと向かうのであった。
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