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サビ付き英雄譚【打ち切り】  作者: アッキ@瓶の蓋。
氷姫と悪夢と紫の書

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69/90

女死神はどんな最悪を巻き起こすのか

 砂漠の大地に雪を降らせる、不吉な姫は悪魔のようなささやきを持って宣言する。


「世界を成長させるには、不要な果実は芽の段階から取り除きましょう。

 この場から、世界に不必要な物はわたくしが凍てつかせて、排除致しましょう。

 あなた方の犠牲ぎせいは決して犠牲いけにえなんかではありません。世界をより良い方向に導くための、尊い行為です」


 この場に居る全員の処刑を宣言した姫は、クスクスと笑いながらゆっくり闘技場の舞台の上に降りて来る。その間、観客達の動揺はどんどん大きく広がっている。


 彼女の言葉は少し詩的であり、具体的に彼女が今からなにを行うかは語ってはいない。

 けれども、彼女のその身体から発せられる怪しい雰囲気……濃厚な死の香りというものは、普通の人間にも伝わるのだ。

 今、彼らの感覚で言えば、『空から大魔王が降って来る』や『殺人鬼が悠然と降り立つ』という、とてもじゃないが正気ではいられないことが起きようとしている。


 パニック、混乱、大騒動。

 突如高温の鍋の中にぶち込まれた食材(かんきゃく)は、物凄い勢いで安全な場所へと逃げ出そうとしていた。


(――――さて、どうするべきか)


 そしてそんな状況で、俺はどう民を守るかどうかを考えていた。


 今、この闘技場に居るのは俺が今まで守って来た人達ではない。騎士団の隊長として今まで守って来た、風の国ヴォルテックシアの民はここには居ない。

 居るのは別の国の、水の国シュトルーデルカの民達であり、本来はどうでも良いはずだ。


(……けれども、それで済ませて良いのだろうか)


 国が違う。文化が違う。

 殺そうとしてきた、別の国の民。ただそれだけで守るのを放棄して良いのだろうか。


「いや、違うな」


 例え嫌いだったとしても。

 例え別の国の者だったとしても。

 例え縁もゆかりもなかったとしても。


 騎士は、救う民を選んではいけない。

 剣を持つとき、騎士はそう誓うのだ。


「さて、どうするべきか」


 剣の切っ先を、俺は氷姫の方向に向けていた。


「あらあら。こんなに、か弱い乙女に対して、剣を向けるだなんてひどいじゃないの」


「生憎、女性を神聖化しては居なくてな」


 「か弱い女に刃物を向ける」なんて言う言葉が昔の騎士団にはあったらしいが、今の世ではただの女性差別でしかないし、それに強い女性もいる以上はそんなのは関係ない話だ。

 最も、謎のポリシーによって女性を傷付けないと言う事を自らに課す者も居るらしいが。


「それも……そうだわね。こんな所で、無駄に差別されるのもなんだか癪だわ。それをやられるくらいなら、普通に戦って貰えた方が、私としても楽で良いわ」


 顔にうっすら笑みをこぼした《氷姫》がゆっくりと手を開くと、黒い雲から雪が一直線に降っていた。雲から降っていた雪は、山の形のように降っていて槍の形になっていた。


「私は雪や氷から、新たな道具を作り上げる力があります。そして、同じく雪を降らせる能力も」


「……そうか」


 その情報は要らない情報である。むしろ、武器がいくらでも作れるという絶望的な情報である。

 けれども、これをなんとかせなば観客から危機を退ける事が出来ない。


(……やったるしかない)


 奥の手である『銀の人形の鍛冶作業シルバードールズ・スミス』は先程使ってしまった。

 今、俺が出せる限界は既に出してしまった。そして今のままでは、観客を守る事は出来ない。


 ――――だから、今この場で限界を超えるしかない。


 今、限界を越えなければ勝てない。

 なら、今の時点をこの戦いの中で超えるくらい、強くなれば良い。


(今のままでは勝てないから、戦っている最中に強くなれば良い。

 簡単な理屈だが、それを行う事は難しいぞ)


 限界とは、なかなか超える事が出来ないからこそ限界と呼ばれるのだ。

 だけれども、越えなければならない。この状況を打破するためには。


「……行くぞ」


 俺はそう言って、剣を構える。

 なにをするにしても、まず行動しなければ変わらないからだ。


 『銀の人形の鍛冶作業シルバードールズ・スミス』によって腕のエネルギーや身体のエネルギーを全て足の方へと回して、そのまま高速で移動する。攻撃力など二の次で、当たらない事を最優先として向かって行く。

 俺は超高速で《氷姫》へと迫ると、そのまま剣を振るうが、槍を振るって止められる。


「確かに速いわね、けれどもこれならどうかしら?」


 パチン、と彼女が指を鳴らすと、頭上の雲に変化が訪れる。

 黒い雲は大きさを増し、そして広がっていく。広がった雲からは、大量の雪が会場に降っていた。


「雪……?」


「そう、この雪こそが私の力の源泉よ。そしてあなたの力を封じる術でもあるわ」


 雪はどんどん降り、そして地面に積もって行く。

 積もった雪は、まるで意思を持つようにうねうねと動き始め、真っ白な狼が何匹も雪の中から現れる。


(雪の中から魔物……? くそう、《氷姫》1人でも厄介なのに、これ以上はとてもじゃないが戦えないぞ)


 さらに雪と言う環境も厄介だ。

 雪はどんどん降っていき、そして雪の中から現れた狼達は観客を襲い始める。

 俺は剣を持って狼達を倒そうとするも、《氷姫》が先回りして攻撃を止めていた。


「くっ……! 今の動きは……」


 あまりにも速すぎる。動きが全く見えない。


「ふふっ、当たり前じゃない。そんなそそくさと動くなんて、私のキャラじゃないわ。

 ――――雪がある地域は私の領域。雪がある場所は私は、自分の庭のように動けるのよ? そう、それも転移のようにね。だから観客を救いに行くなんて、無理だわ」


 あちこちからあがる悲鳴は、事の残酷さと危機の広がりを伝えていた。

 守るべき民が、どんどん消えていく……。


「ウフフ……騎士にはこの方が効果的ね。あなた自身を攻撃するよりも、よっぽど効果がありそうだわ」


 嬉しそうに笑いながら、雪をさらに降らせて自身の支配領域を広げていく《氷姫》。

 対処しようにも雪は降るのを留める事が出来ず、そして真っ白な地面は人々から流れる真っ赤な血によって赤に染まって行く。


「く、くそぅ! アケディア!」


 俺が強く名前を呼ぶと、遠くの方で小さく「ひぎゃっ!」という声が聞こえて来てアケディアが顔を出す。


 アケディアが来たのは感じていた。俺と同じような形でこの土地に吹っ飛ばされたのだろうとは思う。なにせ、そうでもなければ奇形児である彼女が、ましてや人一倍怖がりな彼女がここまで来る事があり得ないからである。


(誰かの手を借りてこの土地に来た可能性は低いだろう。彼女に手を貸す人物に心当たりがない)


 きっと、どこかで迷子になっているうちに俺に関する噂を聞いてこの闘技場までやって来たのだ。

 彼女は戦力としては非常に心許ないが、彼女の身体の頑丈さは知っている。


「アケディア! その身体で民から皆を守れ! 多少は、それで犠牲は減る!」


「で、でででも! それだと私がダメージを受けて……でもって、その……何というか…その……」


「良いからさっさとやれ!」


「は、はひぃっ!」


 何度も言ってようやく動き出すアケディア。

 アケディアは嫌々ながら観客を闘技場の外へと誘導していき、観客は奇形児であるアケディアを注目する事なく慌てて我先にと外へと出て行った。


「あらあら、逃がされてしまいましたわ。では、逃げた民を追うとしましょうか?」


 悠然と構えた彼女がくるりとその場で一回転すると、雪が降った場所から大量の氷の槍が雪の中から生み出されていた。


「支配された領域からは、御庭(ガーデン)からは逃げられませんわ。

 ――――この支配からは逃れられません。庶民は庶民らしく、貴族の取り立てに従っておけば良いのよ! おーほほほっ!」


 嬉しそうに、彼女は槍を雪の中から生み出していた。



「――――それは許す事が出来ません」



 その時、雪が降り積もる会場の真ん中に、大きく広がる火炎の嵐。

 ――――その真ん中に1人の少女が立っていた。

 深々と被った漆黒のローブ、スラッとした170cmくらいの高身長。顔にキツネの仮面を付けた、幻想的な雰囲気の女。


「あいつは……女死神……?」


 それは森で別れた、俺にこの身体をくれた女死神の姿であった。

よろしければご意見、ご感想をくれると嬉しいです。

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