誇りある一撃とはどんなものか
"螺旋する突撃"。
それが我、ノット・メギツが偉大なる火の国フランメシアの王から賜りし、龍殺しに使った最強の矛である。
傭兵と言うのは別名"戦争屋"と呼ばれるくらい、戦いでしか輝けない商売だ。誰かの代わりに仕事をやる"何でも屋"とも呼ばれたりもするが、そんなのはごく僅かだ。
病気の子供がいれば行って病気に効く薬の材料の魔物を倒し、逃げ疲れた女がいれば行って金を貰って仕事を楽にするために獣を狩り、死にそうな男がいれば行って殺して金を奪い、喧嘩や訴訟があれば行って加勢をする。
戦いにおいて効果を発揮する我ら傭兵にとって、強さとは自身を証明する唯一の手段だ。
だからこそ我は自身の強さを証明する為に、ドラゴンを討伐する事にしたのだ。
「生きて返ればそれだけでも人に誇れる」と、そんな軽い気持ちで向かった我を待っていたのは、そんな軽い気持ちを打ち破る激しい戦いだった。
ドラゴンの一撃は地面を抉り、空をも吹き飛ばす豪快な一撃。我はそれを避けながら、死の危機を吹き飛ばすほどの"生と死を行き来するやり取り"。
その戦いで我は槍を使って相手の一点を貫き破る技を編み出して、ドラゴンの首を落とした。
その技こそが"螺旋する突撃"である。
この技が――――我の、自身をも賭けた"誇りの一撃"である。
これこそが、この一撃こそが"我"を表す、最強の一撃。
「――――だからお前もしっかりと敵対者として、相応しい一撃を繰り出してくれよな」
大国家を担う偉大なる王から、わざわざ一介の傭兵ごときに名をいただいた名誉あるこの一撃を放つだけの相手と認めているのだ。
それだけの事はして欲しいものだ。
「……まぁ、それは叶いそうだ」
一瞬で姿を消した錆人形の騎士は再び我の、観客の前から姿を現した。
――――姿を三人に増やして。
『おおっ!? いきなり錆の騎士様の姿が増えたぁぁぁぁ!
これはなにかしらの戦法か? それとも新種の魔法か!?』
(……いや、ただの足払いだ。それも、技術の精度としては非常に低い……な)
反復横跳び。
三本のラインの真ん中のラインをまたいで立ち、中央から右。右から中央、中央から左、左から中央……と何度も、何度も、跳ぶだけの敏捷性を高める簡単なトレーニング方法の一つ。
教えれば未熟な戦士であろうとも、ある程度は出来る。
ただ……それもあのレベルまで行くと。一つの技として考えて良いだろう。
あまりにも早すぎる錆人形の騎士の反復横跳びは、残像を持って3人に見えているのだ。
(ただ……しかし、あれは本当にただの残像か?)
残像にしては姿が本当に実態があるように見えるが……いや、考えすぎか。
《キィ……!》
奇怪な鳴き声、いや錆びた金属が軋むような声が聞こえたと思ったら錆人形は2人の残像を伴ってこちらに向かって駆け寄ってくる。
「そう簡単には……いかないぞ!」
本体として考えられる可能性としては、3分の1。
この3人の中で……誰が本物の錆びた兵士なのかを考えるのは、我のこれまでの経験と勘が物を言うのだろう。
普通ならそうだが、"我は違う”。
(どれだけ素早く動こうとも、最後の攻撃の瞬間には必ず残像は消える。攻撃の最後の一瞬の時だけは、必ず本体が見える。
その一瞬で……決めて見せる!)
残像はあちこち動き回って生まれたもの。一方、攻撃の瞬間は一点に集中しなけれなばらない。
この2つは両立できる事はない。
"最後の一瞬、その時こそが勝負である"。
「……来る!?」
トンッ! トンッ!
地面を蹴って、3人の錆人形がこちらに向かって来る。
――――この攻撃の瞬間、その一瞬の時に我は最後の一撃を加えよう。
《キィ……!》
(今だ……!)
剣は届かず、槍は届く、一方的な我が攻撃する独断場所。そのギリギリの範囲を狙って、我は槍を振っていた。
「螺旋する突撃"!」
回転する槍の螺旋は渦巻く嵐となって、その全てを巻き込む渦。
どんなに動こうとも、狙いがずれようとも、この相手を打ち倒す"螺旋"からは逃れる事は出来ない!
(……槍に重み! これは確かな手応えだ!)
――――避けられてはいない。
この重みは嘘ではない、現実だ。
「勝った! 我は勝利したぞ!」
槍を高らかと掲げて、我は勝利を宣言する。
『決まったのかぁぁぁぁ、この娯楽に今! 勝者が生まれたぁぁぁぁ!?
勝者は、その名はぁぁぁぁ……ドラゴンの首を落とした英雄、ノット・メギツゥゥゥゥ!』
『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
司会の声と共に沸き立つ観客達!
その声からは我の勝利に相応しい感情が込められている。
我が勝った事に対する歓喜。
良い勝負を見せて貰った上での賞賛。
白熱の戦いによる緊張が解けた上での安堵。
そして……
(……驚愕?)
歓喜は分かる、賞賛も、安堵も。それは戦いを見た者達が陥る感情として正しい。
しかし……この戦いにおいては、"驚愕"という表現は可笑しい。
あのスピードでの戦いは当事者にとってはハラハラの連続だが、観客からして見れば速すぎて見えないというのが正しい。
"なにか凄い戦いをしているな"というのは戦いにおける火花や衝撃、そして司会による巧みな解説によって観客にも伝わっているだろう。
……だが、"驚愕"という表現はこの場においては可笑しい。
決着は既について、なおかつ我と司会によって我が勝利した事はしっかり、観客の皆に伝わっているはずだ。それなのに……どうして、そんな"我が致命的なミスを犯した"ような眼で、こちらを見るのだ?
《キキッ……!》
「……!?」
ブシュッ!
そのような刺突の音が聞こえると共に、我の身体から熱いなにかが急速に失われる感覚がどんどん身体に広がって来ていた。
「……まさか、実体のある残像?!」
確かに、"実体のある残像"という事を出来るのは知っている。
こことは別の大陸にある風の国ヴォルテックシアという場所には、複数の実体を持った残像を作り出す蛙の泥棒という魔物が居る事は知っている。
しかしその魔物は冒険者の腰からお金を少しだけ盗むくらいの、わざわざ徒党を組んでいるように見せるだけの魔物だったはずだが、その能力はその魔物だけしか使えない特殊技能のはずだ。
これまで錆人形が、いや他の魔物も含めて、使ったという話は聞いた事がない。
「どういう……」
戦いにおいて相手に対して抱いてはいけない物は2つある。
1つ目は「もし」を考えること。「もし」相手が攻撃を変えていたら、「もし」自分があの時に攻撃を止めていたら……と考える事は戦いにおいて意味がない。過去を嘆いても、結果は変わらないからだ。
そしてもう1つは……「理由」を尋ねる事。どうして相手がいきなり強くなったのか、どうして自分が負けたのか……それを聞くのは戦士としての恥だ。
(それも……言葉を話せない魔物なんかに聞くだなんて……我も焼きが回ったか……)
『こ れ は ツ ギ ハ ギ』
「……?!」
なんだ? なにかが……頭の中に伝わってくる。
『こ れ は 魔 物 の つ ぎ は ぎ。 そ れ で 得 た 力』
(……まさか、あの錆人形が我の頭に直接語りかけているのか? そんなバカな事が……。いや、"つぎはぎ"……色々な魔物の要素を併せ持っているならば、それも可能だろう)
これでようやく分かった。
あの騎士を思わせる錆人形は……色々な魔物の力を、その身に宿している。だからこそ、実体のある残像も、脳に直接語りかけるテレパシーも使えるのだ。
『こ れ は 褒 美 だ。 我 の よ う な 魔 物 に 対 し て、 本 気 を 出 し て く れ た 貴 方 へ の』
(それは……こちらの台詞だ)
良い戦いだった。
魔物とか関係ない、ただ純粋に心が躍る戦いだ。
我の出す、誇りをかけたあの一撃を繰り出すのに相応しい戦いだった。
――――だからこそ残念だ。
ここで貴方ともう二度と戦えない事を思うと。
「よし! オーナーの言う通り、錆人形を始末するぞ!」
我が負けたその瞬間、見測ったように現れる黒い衣服を着た兵士達。いや、どちらかと言えば傭兵に近い。
装備は刃こぼれもしていて劣悪も良いとこ、糸くずやほつれがある装束。その上で装束で隠している顔からはうっすらと笑みが浮かんでいた、卑しい笑みが。
彼らは闘技場の番人。
闘技場のオーナーの意思を借りた、殺戮の集団。
娯楽のために、自分達が楽しめるために、観客が盛り上がるために、居続ける王者を蹴落とす者。
まさしく……彼らの存在理由はこの国のあり方そのものだ。
――――研究熱心で新しい物を取り入れる姿勢は良い。だが例え良い物であっても、古い物ならば問答無用で捨てるその腐りきった精神はこのような娯楽を求める場にも、嫌な意味で浸透しているようだ。
この国に、輝き続ける星は要らない。
必要なのは民が開き続けないための新商品のみ。
古きを大切とせず、ただ新しい物に飛びつく。
(仕方がないのだ、これがお国柄と言う奴だ。
受け入れて欲しい、錆人形よ)
魔物にこんな事を言うのは失礼だとか、不可解かも知れないが、我はこのような激戦を繰り広げてくれたものに対してせめてもの敬意を……
『大 丈 夫』
しかし返って来たのはそんな言葉。
『敬 意 を 持 っ て 戦 っ て く れ た 貴 方 に 感 謝 し よ う。
そ の 敬 意 に 報 い る た め に も、 こ ち ら も 今 出 来 る 最 高 の 技 を お 見 せ し よ う』
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