どうやって龍人は水の国に来れたのか
私がマルティナ姫様と会ったのは、あの時――――ジェラルドさんと別れて、なんか怖い目にあってしまった後です。
私はドン・スライムと呼ばれる謎のスライムさんと戦った後、しばらく呆然としてその場に座り込んでいました。
……正直言うと、これ以上動きたくないという気持ちからその場で体育座りしていたんですけれども。
その場にはジェラルドさんが居なくて、私に動けと言う命令がなかった以上は、私が動く必要なんてないですから。ただただ、呆然と、気だるげに、その場で自分が死ぬまでこのまま座っておこうかなって思って……。
――――その時です。
私の視界が、真っ白に、白一色に染まっていた。
「ぎ、ぎゃああああああ!」
視界が、脳が白という空間に染まると共に、私の身体が激痛に包まれた。
身体が燃えるような感覚、痺れるような強烈な刺激、刺されるような痛み、溺れるような息が詰まる感覚――――全てが一つとなって、凝縮されたような感覚であった。
痛みに鈍重な私が、あのドン・ジュール戦との戦いで少しだけ味わった痛み……それとは比べようがないくらいの、物凄い激痛……。
「(な、なにこ、これぇぇぇぇ……)」
その痛みは全身に染み渡っていて、さらに視界が真っ白に染まったままだった事もあって、動く事も出来ずに、その場でただ痛みに耐えるしかありませんでした。
身体を動かして、なんとかこの痛みが消えないかなと動いては見ましたが、痛みは全く引く事はなく、逆に強力になっていくばかりでした。なにもしなくても痛みは増すばかりでしたので、私はじっと耐える事を選択しました。なにもしなくても状況が変わらないんでしたら、なにもしないのが一番だ……そう思って。
痛みが襲ったのは、視界が真っ白に染まった十分くらいの出来事でしょうか。
視界が元に戻って、痛みがなくなったのを確認した私はなにがあったのかと辺りを見渡して、自分の身体が真っ赤に発光しているのに気づきました。正確に言えば、龍の身体の部分が異常な熱を持って、赤く発光していたというのが正しい表現でしょうか?
「(なにがあったんでしょう……)」
怖くなって、もうなにがなんだか分からなくなっている私の前に現れたのが――――マルティナ姫と名乗る高貴な姫様でした。
金色に光る黄金の髪、そして小柄な体躯を持つ彼女は全身から迸るオーラ……と言う奴に圧倒されました。何というか、この人には叶わないな……って見ただけで思うようなそんな感覚が襲ってきました。
奴隷として、色々な人と合されてきた私からしても、初めて会うような人でした。見ただけで、「この人は私の上に立つべき人間だ」と思わせるような人間にあったのは。
「えっと、あなたは……名前は、なんておっしゃいますの?」
――――優しく話しかけるようなその言葉は、私にとっては『王』からの命令のような気がしました。
そして私はマルティナ姫様に自身の名前、ジェラルドさんの事、ラースさんやインヴィディアさんなど、答えられる範囲の事はなんでも答えました。
……というよりもマルティナ姫様に対して隠し事が出来なくて、なんでも答えずにはいられませんでした。
「そう、ですか。あのジェラルド親衛隊長……いや、偽のジェラルドが戦っていたあの人形の魔物こそが、本物のジェラルド親衛隊長、でしたか。
なるほど、今にして思えば最近のジェラルド隊長は変でしたね。以前のジェラルド隊長は自身の騎士団を深く強める事に精を出していたのに、最近のジェラルド隊長は外国や魔法なども取り入れようとしたりして……それは彼がさらに良くなっていたのではなくて、別人になっていたのですね……」
「なるほど」と訳知り顔で納得しながらも、マルティナ姫様は手を動かすのを止めませんでした。
マルティナ姫様は奇形児として身分がない私のために、身分を作ってくれたのです。
「……で、どうして私の身分を……作っているんですか?」
「それはですね……あなたに私の代わりにジェラルドを助けて欲しいのです。
――――私の能力、《カイテッィング》によって魔物は消えたみたいなんですけれども、その際に本物のジェラルド隊長の精神が入った魔物の身体はこの国ではない、別の国に行ってしまったみたいなんです」
「別の国……?」
この世界には他に国が、この緑の国以外に国があるんですか?
……私としては王都、そしてその周りくらいでこの世界は終わりだと思っていたんですが、まさかこの世界がまだ広がっていたとは知りませんでした。
「そして、そのために別の国に渡る必要があります。別の国に渡るにはある程度しっかりとした身分が必要となって来ます。残念ながら奇形児となっているアケディアさんにちゃんとした身分を渡そうと思ったら、私が主となって、あなたに身分を作るのが一番なのです」
「え、えっと……」
それって、つまりは……なんですか?
わざわざ、外国に飛ばされたジェラルドさんのところに行くための専用の身分を作ってくれる……それはすなわち、私にその国に行けと!?
助けに行くってそう言う事!?
「で、でもでも! ラースさんとか! インヴィディアさんとかも居ますよ!
あの2人も、きっとジェラルドさんを助けにいってくれますって!」
「でも、その2人は居なくなったのでしょう?」
「うっ……」
そう、2人は消えた。門の前で囮役をしていたはずなのに、どこにいってしまったのだろう。
「じゃあ、ジェラルドさんの部下さんとか! かなり慕っていた人が多かったと言う話を聞いています!」
「あなたの話にあった《蒼炎》は……おそらく、ジェラルドの元部下だと思うのだけど」
「うぐっ……」
慕われていたはずの人が、慕っていた人に身体を奪われた。
確かにこの状況で、「部下さんに助けに行って貰いましょう!」と言うのは変かもです……。それに今のジェラルドさんは魔物の姿……ううっ、見つかっても殺されちゃうかもです……。
なんだか頭が良くなってる気がします、前まではこんな事思いつきも、いえ考えさえも出来なかったのに。
あのスライムを倒した効果? それとも数分話しただけで頭が良くなるマルティナ姫様の効能?
……どちらにせよ、こんなふうに「自分しか適任が居ない」なんて思いつかなければならないような頭は欲しくなかったです。
「大丈夫、すぐ見つかるわよ」
「でもでも……そんなに簡単に見つかるとは……」
「大丈夫」
私がぐずっていると、マルティナ姫様はこちらをじっと見つめて、そして自分に諭すように言いました。
「彼なら、私の知るジェラルド・カレッジ親衛隊長ならば、絶対に私が見つけようとしているのなら見つかるわ。
だって、それが……"彼女との約束"だから」
そう語るマルティナ姫様の顔はどこか嬉しげで――――そして、どこか寂しげでもありました。
――――約束した彼女とは誰の事なのか。
多分聞いても教えてはくれないでしょうし、知る必要もありません。
だって、そんな事を聞いた所で私には何も出来ないのだから。
ともかくとして、私はマルティナ姫様に「姫の奴隷」という新たな確固たる身分を作って貰って、その身分を元にこの水の国――――シュトルーデルカにやって来ました。
この国がダメだったらもう1つの国、火の国フランメシアという国に行かなければならないし、シュトルーデルカは砂漠が多くてとても広い国だと聞いていたので出来れば早々に見つかって欲しいと思っていたのですが、まさか降りてすぐに見つかるとは思っても見ませんでしたよ。
「ともかく早速、向かいましょう。
こんなややこしい仕事はさっさと、早急に、すぐに終わらせるに限ります!」
"今日できるならば、明日やれば良い"。
そんな面倒な事は思わない。だって今日やらなかったら、明日作業内容が増えるだけだから。
やらなければならない事はすぐに、コンパクトにやるに限ります。
「さて、どう言うことになるのや……」
そういって歩き出そうとしたその時です。
「――――待ちなさい、そこの龍人」
私の身に危機が訪れました。
私の首に鎌が、大きな鎌の刃が迫っていたのです。
ザクッ、とそんな音が聞こえそうなくらいにまで接近された鎌がいつ私の首を斬り落とすか分からないようなそんな状態。これは危機です、物凄い危機です!
(あーもう何でこんな目に合うの!?)
「答えなさい、あの騎士はどこに居るの?」
その人は……ジェラルドさんが最初に連れて居た人物。
漆黒のローブに身を包んだ不気味な人――――そう、死神さんでした。
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