彼女はなにを謝り嘆いているのか
奇形児、それはヒトでありながらケモノの姿を持ってしまった者達のことである。
光の神はヒトをヒトとして、ケモノをケモノとして、産み分けるように世界を作り上げた。魔物や魔人は光の神以外の神、闇の神によって生まれた者達である。
そしてヒトでも、ケモノでも、どちらでもない者として生まれてしまったのが奇形児なのである。
人の顔を持ったドラゴン、魚の鱗を身に纏った人間。
鳥の翼、粘つくスライムの身体、牛の下半身、狼の牙など色々。
身体の半分以上がケモノの特徴を持っている者も居れば、布で隠せるくらいの一見すると奇形児に見えない者もいる。
しかし、どれだけの大きな違いや小さな違いだと言っても、教会の定義上『ヒトでもケモノでもない生物』という奇形児は、全ての人間から忌み嫌われる存在である事は変わらないのである。
そして奇形児が忌み嫌われる風潮なのは、ジェラルド・カレッジが居たヴォルテックシアでも多く広まっていたのでした。
☆
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
馬車の中で生きているのは、たった1人。馬車の中でずっと誰かに謝り続けている血塗れの、薄汚れた格好の龍人の少女の姿であった。
身体は少女と思われるくらいに小柄、だがそれに似つかわしくないほど大きい、成人男性と同じくらいの大きさの鱗に覆われた両腕。その緑色の硬そうな鱗は彼女の身体全体を覆っている。
顔は普通に可愛らしいが、今は泣き疲れてちょっとだけ目の下にクマが出来ている。
龍人とは奇形児の中でも優秀な部類の部類に入る奴であり、硬い鱗と高い生命力が特徴的だが、それ以外にも物を燃やす火炎や大空を羽ばたく翼も特徴的なタイプの者である。
しかし馬車の中にうずくまっているこいつの背中には翼が根元から斬りおとされており、薄汚れた服と手と足の黒い枷からも彼女が奇形児らしい、奴隷としての扱いだったのは良く分かるだろう。
馬車の中には他にも多くの奇形児達が乗っていたと思われるが、それはただの痕跡だけ。
肉塊となっていたり、頭と身体が2つに分かれてしまったりしている者など、誰かが居た後はあるがそれらに既に生命はなく、動きもなかった。
「すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません」
既にもう終わっているというのに彼女はずっと顔を伏せたまま、ただなにに対してのか分からなくて謝罪しているばかりである。
「……謝っているだけだよな、どう見ても。なんで生きているんだ?」
俺からしてみれば、馬車にたくさんの人が倒されている様子があるのにも関わらずこいつだけが生き残っているというのが信じられない話なのである。
もし仮に自分の手で倒したという感じの武人だったり、誰かに守られるようにしているのだったら分かるのだが、そうでもなく馬車でただ泣きながら謝罪していて生きているのが、生粋の騎士である俺としては信じられなかったのだ。
戦わずにして生き残る、それは騎士の俺には信じられない行為だと思ったからだ。
「……恐らく硬かったから、生き残ったんでしょう」
女死神は龍人の硬そうな鱗の、天然の自前の鎧を見つつそう返していた。
彼女の肌である鱗には多くの打撲痕があったが、それは跡として残っているだけであって1つたりとも致命傷でも、ましてや傷としても付いていなかった。
硬い鱗だったため、そしてずーっと硬い鱗で身を守るようにして丸まっていたからこそ生き残った……そういうことなのだろう。
「しかしそれにしても、奇形児か厄介だな」
誰かを助けたいという気持ちがあったのも事実だし、それが例えこの国の大罪人だとしても捕まえて法に裁いて貰おうと思っていたのだが、まさか奇形児とは……。しかもただ謝罪して、泣いて謝っている奴とは……。
「とりあえず話しかけるか」
俺はそう言って泣いている龍の奇形児に声をかける。
「ちょっと良いか?」
「すいませんすいませんすいませんすいません」
「話を聞いて欲しいんだが……」
「すいませんすいませんすいませんすいません」
「謝っているのはもう良いから。話を聞いてくれないか? 俺の名前は……」
「すいませんすいませんすいませんすいません」
「…………」
「すいませんすいませんすいませんすいません」
ダメだ、こいつ。ただ謝っているだけだ。
なにかについてただ後悔しているだけの奴だったらその事に対して親身に相談したり、また自分に自信がないタイプだったらどこが自信がないのか考察したりと色々と出来るのだけれども、こいつの場合は違う。
ただ謝っている事で自分の存在意義が満たされていると信じ切っており、謝るのを止めれば自分はダメな者になると思っている、だからこそ謝るのを止める事が出来ず、結果的に謝罪をするだけで人の話を聞かない螺旋に陥っているのだろう。
(しかし、なんだろうな……)
「すいませんごめんなさいすいませんごめんなさい」
こいつを見ていると、なんだか……
「――――イライラするな」
「ひぃ!?」
と、俺のイライラするという言葉だけ反応した龍の奇形児はガタガタと震え出しており、そしてそのままこちらを見てもう一度「ひぃ!」と怯えたような声をあげていた。
「鉄の化け物……」
「(はっ。テツのバケモノ、ね)」
人の顔も見ずにただ泣いているだけの奴がようやくこちらに顔を向けたと思ったら、出た言葉は「鉄の化け物」ね。一応、俺は助けに来たのだが、こいつからしてみれば俺も、あの魔物も変わらないか。
なら、"化け物として"喋るか。こいつに現実を理解させるには優しくよりも、そっちの方が良さそうだ。
俺は女死神に少し黙って貰えるように言った後、奇形児に少し口調を強くして話しかける。
「おい、奇形児」
「ひ、ひぃ! な、なんですか! た、食べたって美味しくないですよ……」
「誰がお前のような硬そうな奴食うか。と言うか、錆人形に食事は(多分)必要ない! というかお前の名前は?」
「え、えっと……アケディアです。皆からはディアと呼ばれてました……です」
「分かった、ディア。それでは事情を説明して貰えるか?」
「え、えっとですね……その……」
ディアは下を向いたまま指をくっつけたりしたり、目をキョロキョロと動かしながら、手汗をびっしりとかいたまま、ビクついていたのだが、俺が指で腕をポンポンと叩きながらイラついている様子を表すとディアは「えっと……」と、ちょっと遠慮した様子で喋りはじめていた。
「ショウニンさんにドレイとかいわれて押し込まれて……それでショウニンさんは魔物から逃げて……私、みんながやられていくのが怖くて……それでうずくまってたら、みんながやられていて……」
つまり、魔物が襲って来て怖かったからうずくまっているうちに、魔物達が同士討ちだかなんだかしらないがやられてしまったという話だったみたいである。
龍の奇形児は硬い鱗と高い生命力が特徴だから、だからこそうずくまっているだけで周りが倒れているという状況だったのだろう。
「うぇーん……わ、わたし……ど、どうしたら……」
……チラッ。
「み、みんな……いなくなっちゃって……わたし、怖い……」
……チラチラッ。
おどおどした態度で悲観的な事を言いつつ、こちらがどう動くかを確認しているのだから性質が悪い。しかも、自分では気付いてないという具合である。
(……むかつくな)
俺はそう思っていた。それは騎士としての性質なのか、それとも生まれ持っての性格なのかは判別出来ないが、俺は今の、このディアの性格をなんとかしたいと思っていたのであった。
「ちょっと来い」
「えっ、ちょっと……」
女死神は、いきなり俺がディアの手を掴んで外に連れ出そうとするのを見て驚いていた。
「まだ外には死体が……」
「知ってる」
さきほどまであんなにうずくまった相手に見せる光景ではないと言いたいのだろう。だが、それは違う。
ここいらで誰かが彼女に対して現実を見せつけないと、厳しいことをさせないと、彼女はなんで人をイラつかせているのか分からないまま、人生を終えてしまう。
そんなのは許せなかった。なにより俺が、彼女を許せなかったのだ。
騎士団の死に向き合いつつも自身は死んでしまって魔物の肉体を借りている俺と、五体満足で生きているのに現状に何一つ理解しようとしないこいつ。
それだからこそ俺は、嫌なのだ。なんとかしたいと思ってしまうのだ。
「ほら、これを見ろ」
「うぅ……ひ、ひぃっ!」
そしてその後、ディアは目の前に広がる死体ばかりの光景を見て、涙を大量に流しながら「もうダメ……無理……生きててごめんねさい……」とただ謝罪しまくっていたのであった。
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#9月3日。
ご指摘により、アケディアの容姿描写を少し追加させていただきました。