犯罪者はなにを企てているのか
『キャハハ、負けちまったな……』
ポトリ、と蒼い炎に包まれた化け物、《蒼炎》の首は言葉を発していた。
その言葉は確かに残念と言う気持ちは感じるが心の底から残念であるという気持ちではなく、今回はちょっとした負けであるという、ミスを見つけて残念であるという気持ちのみが感じられた。
『まさか、身体を奪った相手からこんなに激しい反撃を受けるとは思っても見なかったぜ』
「……その状態でも喋れるとは驚きだな」
既に炎は消えそうになりつつあって、蒼い炎から黒い煙がモクモクと立ち昇ると共に黒い塵となって消えつつあった。
「――――まぁ、でも騎士として国の障害であるお前を倒せたのは嬉しい限りだ」
『その言葉には少々疑問を浮かべたいが、まぁ……消えゆく俺様にはどうだって良いだろう。今回は俺様の負けだとはっきり認めてやる』
「今回は?」
『あぁ、そうだ。言っただろう、俺様に死と言う概念はない。
だから今回は負けだと言うだけで、次をやれば良いだけの話だ。まだこの世界には2つも俺のターゲットが残っている。
俺様は死ぬ事はない。俺様達の王が居る限り、な』
王、と言う言葉に珍しく《蒼炎》が強く言い放つ。
そこだけは一番重要であると、その言葉の口調から感じられた。
「王?」
『そうだ、我らが王だ。いや、神……とでも言うべきか。
お前もその神の恩恵の一部に手を触れた者だ、俺様達がどう言う存在なのかは分かるだろう』
《蒼炎》が崇める神。
そして俺もその片りんを見せている?
「この蒼い炎……」
そう言いながら、ゆっくりと剣に纏った蒼い炎を見つめる。
「これが……お前らの神様の恩恵、だと?」
『そうだ、1人1人能力こそ違えど、この蒼い炎は我らが神に忠誠を誓う印。神に献身さを見せる合図。それによって俺様達は力を、願いを叶えられた。最後の情けだ、聞かせてやる。
その頃の俺は死にかけていた。そう、理由は良くは覚えていないが俺様は死にかけていた。同時に生きたいと思っていた。そして俺は死を回避するための、他人の身体を奪い取る力を得たのだ』
それから《蒼炎》は、意気揚々と語り始めた。
《蒼炎》が神から貰った力の名前は、《強奪兎》。
自分が殺しかけた、あるいは殺そうとする相手が『死にたい』と思った瞬間、相手の身体を奪い取って乗っ取る力。
それが彼の能力だと言う。
『他にも俺様のように願いを叶えて貰い、能力を得た者は数多くいる。
自分だけの、自分のためだけの空間を欲した者。
人間の精神を自分の都合の良いように改ざんした者。
あらゆる物を読み通す完璧な読解能力を得た者。
全てを停止させる時を止める力を手に入れた者。
人だけではなく、獣や物だと言う事もあった。
我が神は全てのものに対して平等に、そして公平にその力を分け与える。そう言う奴なんだよ~』
『だからそれを利用したのさ』と、忠誠心の欠片も感じられない言葉で、《蒼炎》はそう語る。
『自分だけの空間を作る奴は便利だった。だからその力を身体ごと奪ってやった。死ぬ前にちょこっと細工されて、面倒な事にはなっちまったが、それでもなんとか奪い取れた。
洗脳の力も非常に便利だったぜ。こいつは俺様の手ごまを作るのに便利な力だったからな。
いやー、この《強奪兎》は便利な力だぜ。
本当に、今回の負けは残念だが次があるしな』
「その時は俺がまた止めてやるよ……」
俺は剣を《蒼炎》の首に突きつけて、絶対に止めると言う事を意識させるようにして言い放つ。
『キャハハ! それは御免こうむりたいな、次の国盗りゲームも邪魔をされると困るんだ。
――――だから保険を使わせて貰った』
――――保険?
首だけの状態で、これ以上なにを行えると言うんだ?
「まさかこの状況を打破できるだけの力を、今のお前が持っていると? ならさっさと使えば良い。
この場を乗り切るために、俺にはまだまだ使える部品が残ってある」
準備は万端だ。
《蒼炎》がどんな手段で攻撃しようとも良いように、そしてどのような策を練ろうとも大丈夫のように、魔物を森で狩ってその身体を部品としてストックしていた。
同行してくれたインヴィディアには感謝した。1匹の魔物を出来うる限り長く生かしてくれたのだから。
1匹の魔物を狩り、その魔物を治療……ただし完全には治さない事を意識して、血がドバドバとでるようにお願いしておいた。
魔物と言うのは血に敏感……負傷している物を感知すると、餌として食べるためにかくれていたのも出てくる。
その出てきた奴を1匹1匹刈り取って行ったのだ。
先程のオークの腕もそうやって手に入れた者の1つだ。
「――――どんな力を出そうが関係ない。俺はどんな能力が相手だって構わないくらいの力を持った。
この力を正しい事のために……とまでは言わないが、この力によってお前を必ず倒す」
『キャハハ! た・お・す? 俺様は死なないって言っただろう? それに……この俺様の奥の手は必ず機能する。なにせこの奥の手は、絶対にお前は倒せない』
俺には絶対に倒せない奥の手?
……一体、どんな手だ?
『どうして俺様がこんな無駄話を長々と聞かせたと思う? わざわざ煙を発生させたのは何故だと思う?
全てはたった1つ――――そう、たった1つのシンプルな答えだ。これをとある人物に見せるためで、その人物が着くまでの時間稼ぎでこんなにも長々と話をしていた訳だ』
話を長引かせて、とある人物を呼び寄せる?
いったい、誰を呼び寄せようと言うのだ?
「誰を呼び寄せようとも結果だけは変わらない。お前はここで倒れ、この国はお前に滅ぼさせない」
『あぁ、そうだな。そしてついでにこの結果も追加して置いてくれ――――お前はここで無残に死ぬとな』
「――――だれ?」
トントン、と階段を降りるように1人の少女がこちらへと近付いて来る。
輝かしく、波打つような黄金の髪。
愛らしい庇護欲を誘う小柄な体躯と、愛らしさと優美さを同時に両立させたお顔立ち。
その全てが神の黄金比によって定められたその少女……。
(マルティナ姫様……)
俺が全てを持って、守りたいと思う少女がそこには居た。
『キャハハ! 化け物が2体、そして血塗れの惨状!
この状況を見て、あの少女はどう思うかな~? そう、あの力を持つ姫様なら!」
――――まさか、《蒼炎》はあろう事か姫様が持つ《魔物を払いのける力》を使って自分ごと俺を処分する気か!?
「きゃああああああああああああ!」
姫様の、か弱い少女が出す大きな悲鳴と共に、姫様の身体が真っ白に光り輝く。
そしてその光は彼女の手に光の剣となって、残りは全て外へと、彼女の周りの脅威を排除する為に向かっていた。
「全てを払いのける光の剣、魔物を退ける王の剣! 《カイテッィング》!」
そしてその光は俺を、いやこの国全てを乗り込むほどの勢いで世界を侵食して、俺達を飲み込んでいた。
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勝った!
全ては俺様の予定通りに進んでいる!
マルティナ姫様が持つ、魔物を退ける力!
本来なら、この力は俺様の国を滅ぼす計画にとって邪魔にしかならない厄介者だ。
だが相手が魔物の身体を持つ以上、姫様の力はまさに伝家の宝刀!
姫様の力を発動する前に、罠を発動しておいた囚人……。
あの囚人は脚に仕込んでおいた魔法陣が爆発し、今死にたくなっているだろう。その魂の隙間を突いて、その囚人の身体を奪い取り、別の国へ逃げる。
逃げた後は今度こそ慎重に、力を蓄えて国を滅ぼそう。
今回邪魔して来た隊長も、魔物の身体を使っている以上、ただじゃ済まないだろう。
(ふふ……囚人の身体を奪った後はフランメシアに逃げよう。あの国で有能な奴の身体を奪って、次こそは国を滅ぼす!)
俺様は不敵に微笑むと、囚人の身体に乗り移るために《強奪兎》を発動させたのだが……。
(あ、あれ……上手くいかないな。と言うか、身体が消えかかっている……。
う、嘘だ! お、俺様が消えるだなんてあり得ない! たかが誇りという埃を被っているだけの国の力を受け継いでいるだけの箱入り娘の魔法なんかが、神に選ばれたこの俺様の力を上回ると言うのか!)
そうこうしているうちに、俺様の身体が段々と消えていく。
(い、いやだー! き、消えたくねぇぇぇぇ!)
――――悲痛な彼の叫びは、光の渦の中に空しく消えていった。
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「――――起きろ」
ドンッ、と無作法に蹴られ、俺の意識は覚醒する。
(ここは……)
あの時。
俺は《蒼炎》と一緒にマルティナ姫様の剣の強烈な光に巻き込まれ、そして意識を失い――――それで……。
「目が覚めたか、錆人形。だったら、さっさと出やがれ。
もう既に燃え上がってしまってるからな。これ以上は観客が待ちきれんぞ!」
(観客? ここは王城じゃないのか?)
確かに違う。
荘厳さを感じさせる石造りの天井から、適当に作られた隙間が大きい天井。
埃だらけで衛生面において乱暴な床で、常に掃除が行き届いた床ではない。
綺麗な城ではなく、ここは賊が住処としている場所か何かか?
(あの光の力で飛ばされたって所か? けれどもここはどこだ?)
「――――おらっ、さっさとしろ! 待たせてるって言ってるんだろうが!
……ったく、森で珍しいのを拾ったと思ったら、覇気がないな。言葉なんて通じてないと思うが、早く動きやがれ!」
ごついおっさんは良く分からない言葉を言いながら、俺の腕を掴んでどこかへと連れて行く。
(……いったい、どこに?)
そうこうしている内におっさんは、俺を光が差す場所へと辿り着いた。
「そうか……ここは……」
俺はそこを見て、ようやくここがどこか分かった。
熱狂に沸く観客達。
目の前にて殺気に飢えた獣達。
手元には錆に錆びた、切れ味なんてない剣。
――――ここはそう、水の国シュトルーデルカの闘技場だ。
「俺は……さしずめ闘技場を盛り上げる、魔物の剣闘士って所か」
さて、どうするか。
俺はそう思いながら、剣を構えていた。
【《蒼炎》】
…マルティナ姫様の光の刃は、悪しき犯罪者の魂を浄化して消し去った。
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