ピエロの女はどれだけ不気味なのか
ケルヴィンと名乗った女性は、刃先の折れた短剣を愛しい恋人にするかのように舌で舐める。
「あぁ、良いわねぇ~♡ 本当にゾクゾクと、ワクワクしちゃうわ♪」
そして舌で短剣を舐めとったケルヴィンの舌から、ぽたぽたと赤い血が垂れ落ちていた。
そもそもいくら刃先が折れているとは言え、そんなものを舐めれば舌が傷付いて、血が流れるのは当然の事ではあるのだが。
「――――あら? 血が出ちゃったわね。でもまぁ、血がトロトロと流れ出ているのが一番生きている事を実感するわぁ~。血が流れて負傷して死に近付く時こそ、最も生きているって言う事をヒシヒシと感じちゃうわねぇ♪ あなた達もそう思わない~?」
先程以上に嬉しそうな顔を浮かべながらケルヴィンは血を舐め取っていて、そのまま刃こぼれした短剣にてザクザクと腕を切りつけて血を流してそれを愛おしそうに舐めていた。
「自虐癖」とでも言うべき行為を続けるケルヴィンを、ラースとインヴィディアの2人は変な者でも見るかのように遠巻きに見ていた。
(えっと……あの人ってこちらで対処しなければいけないんでしょうかなの?)
(うーん、どうもこっちに用事があるみたいだしぃ~♪ 話しかけないといけないのかしら~?)
2人からしてみれば、ケルヴィンは異常者すぎて関わり合いになりたくないタイプだった。
いきなり敵であると宣言して《蒼炎》の配下である事を匂わせてこちらに警戒心を植え付けたかと思ったら、いきなり短剣の刃を舐めて血を流してそれを愛おしそうにしているドMの変態である。
そんな人に関わり合いたいと思う方がどうかしているだろう。
だが、魔法に長けた種族である2人は知っていた。
ケルヴィンが自分達に気付かれないように、魔法の空間を作り上げている事を。
魔法を使う者にとって一番有用な魔法とは何かと言う質問があるとするならば、それは固有の空間を作り上げる魔法である。
例えば火炎が得意な魔法使いならば火炎の威力が上がったり、使用する魔力が少なくて済むような空間ならば相手に有利に立てる。
相手がそうだった場合、火炎の魔法が不利になる空間を作り上げれば相手が不利になって、こちらが優位になる。
このように自分の魔法が役立つ、または相手の長所を封じ込める空間がある事こそが、魔法使いにとっては有利なのである。
どんなに強力な魔法を持っていようとも、どんなに万能な魔法を持っていようとも、それが活躍出来る環境があってこそ初めて役立つのである。
この魔法使いにとっての常識を知っている彼女達にとって、ケルヴィンが自然に魔法空間を作ろうとしている事に気付いて警戒を強めているのである。
(とりあえず、先手必勝!)
相手が自分に有利な魔法の結界を張ろうとしている、つまりは先に攻撃して来たのは向こうであると言う事もあって2人は遠慮なく攻撃を開始した。
ラースは弓矢を片付けて攻撃の意思がない事を相手に思わせつつ、指を小刻みに動かしてパチパチと叩いて、なにかをしている様子を装っていた。
(いや、普通にただ指を動かしているだけなんですけど)
ブラフ、いわゆるハッタリである。
何かあると思わせながら本当は何も意味がない事をして、相手に「なにかあるのではないか?」と思わせて本当の狙いから目を逸らすと言う行為。
今回の場合で言えばラースの指の動きに気を取らせつつ、本命はインヴィディアの精神操作魔法である。
自分から腕を切りつけるような相手に対しては、傷を負わせる攻撃は有効であるとは言えないだろう。
ならば直接精神に対して効果を及ぼすインヴィディアの魔法こそが、今回の相手には相応しいと言えるだろう。
「指をパチパチ鳴らしてなにをしているのかな~? あぁ、考えるだけでゾクゾクするわぁ♪ さぁ、『2人の愛の攻撃』とか、『くんずほぐれずな友情を越えた何か』でも私は構わないわよ~。さぁ、どんなメロメロなものが来るのか楽しみ、楽しみ♪」
そうこうしている間に、インヴィディアの詠唱が終わる。
終わると同時にこちらに終わったよと言う合図、またの名をウインクが来る。
ウインクが来ると同時に私は指を鳴らすのを止めて、弓矢で相手に狙いを定める。その弓矢を抑える手にインヴィディアの手が添えられる。
ケルヴィンの方はと言うと、自分が望んでいる姿であったためなのかは知らないが心底嬉しそうな顔をこちらに向けていた。
「行くわよ、インヴィディア!」
「えぇ、ラースちゃん♪ あなたの力を見せてあげて♪」
本当はラースではなく、インヴィディアが頑張るのだがその辺りは説明しなくても良いだろう。
重要なのはこう言った姿を見せつける事でケルヴィンの気を逸らして、本当の目的であるインヴィディアの攻撃に気が付かないようにさせるのが今回の攻撃目的なのだから。
「「奥儀、アイユリサンカ!」」
そうして2人の手から放たれた弓矢は藍色の、どこか悲しげな雰囲気と認められないにしても愛を貫こうとする意思が感じられるそんな物を纏っていた。
インヴィディアがケルヴィンの言葉から好きな物を考えてそう思わせるようにした、と言うだけの話なのだが。
「あぁ~、良いわぁ~♪ 早速来るわぁ~、メロメロの愛しさとエロエロな百合百合しい攻撃が来るぅ~!」
そしてそのままケルヴィンは自ら、ラースとインヴィディアが放った弓矢に当たっていた。
「あわわぁ~、い、いったぁ~い! でもこれが2人の女の友情を越えたなにかだと思うと、ドキドキと嬉しい限りだわぁ~♪
……あ、あれ? なんだか眠く――――」
ふらふらと揺れ動きながら、ケルヴィンはその場で眠りこけて倒れていた。
「……とりあえず彼女の精神に訴えかけて喰らいたくなる感情を誘発させちゃったわ♪ 相手に心地好い夢と幻想を見せる所も重視したから、しばらくは大丈夫だとは思いますわ♡」
「そうなの、しばらくは本当に大丈夫そうなの。
――――けれどもこいつは何者、なんだったなの?」
その質問に対して、2人は答えを渋った。
なにか癖があるキャラではあったが、特に何をする事もなく、ただ騒いだだけ……。
「……まぁ、このまま囮役を続けようかなの」
「えぇ♪ そうね、ラース♪」
そしてラースとインヴィディアの2人はケルヴィンと言う闖入者の存在を忘れて、そのまま与えられた仕事をするために待機場所に戻っていた。
「――――あぁぁぁぁ……良い夢心地でしたわぁ~。お肌がツヤッツヤになりそうなくらいに、テキパキとした雰囲気を持った、とーっても良い夢をくれてありがとうございましたぁ♪」
――――くねくねと動きながら眠らせたはずのケルヴィンが起き上がるまでは、2人ともそうしようと考えていた。
「……お、おかしいなの。インヴィディアの強制睡眠能力がこんなに早く、解かれるなんて……もしかして効いてなかった――――」
「……いえ、効いていたはずよ。だってちゃんと眠っていて――――」
インヴィディアの相手を眠らせる魔法は、確かに作用した。
そして相手が目覚めないように幾重にも夢を見せるようにかけ、簡単には目覚めないように慎重に慎重を重ねた物であり、下手をすれば一生目覚めないかもしれないと思ってかけた物である。それがこんなに早く解けるだなんて思いもしなかった。
「――――さぁ、次はこちらの番かしらぁ? あなた達がズッキュンズッキュンとするような女同士と言う友達を越えた関係を強調するなら、こっちはそれをも超えるようなラブラブでズッキュゥゥゥゥンな禁断の愛の力を見せつけるわぁ♡」
ケルヴィンが嬉しそうに両手を挙げると、その上に青い火炎の球を複数個作り上げていた。
――――ケルヴィンの頭上に輝く13個の青い火炎の球は、兵士の姿となってケルヴィンの周りを囲んでいた。
「――――さぁ、私の騎士団達よ! バッキュゥゥゥゥンと、相手と一緒に女の園を作り上げましょうじゃないですか~?」
うふふ~、とケルヴィンはこちらに向かって不気味に笑いかけていた。
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