その空間を手に入れるのはだれか
相手をコピーしてその姿を得るために相手を殺そうとするスライム、ドン・ジュールとなにもしたくないし戦う事すら嫌だと言う龍人、アケディアとの戦いは続いていた。
しかし、先程までと大きく違うのは余裕綽々で戦っていたドン・ジュールが少し動揺していると言う事だろう。
(ふむ……あのアケディア、なにかしようとしているな。しかもそれは内部的なスキル的な物だな)
ドン・ジュールは相手の状態を探る能力を用いて、アケディアの変化に気付く。
この相手の状態を探るスキルはドン・ジュールが、相手がどれだけ弱り、そしてどんな身体なのかと言う事を知るために、相手の身体を模倣するミミックスライムとして以前から持ち合わせていたスキルである。
とは言え、あくまでも相手がどの程度変わったかと言う状態を見るスキルなため、相手がどのような力を手に入れたのかまでは分からない。
ただはっきりしているのは、アケディアが変わりつつあると言う事である。
(いや、彼女のスペックはそもそも知っていたか)
と、彼女の姿を真似たはずにも関わらず、彼女の姿とはそぐわない自身の背中に強く自己主張をする巨大な翼によってそれは理解していた。
"そう、この翼がある状態こそ、彼女の真の姿なのだ"と、それは理解していた。
でもそんなのは関係無かった。彼女は戦おうとせず、防御に集中しているのだから、この身体が持つ強力な耐性をも溶かす空間の猛毒を使ってじわじわと追い詰めようとしたのに……。
「なんだよ、あれは……」
そんな呆れるような声で言うドン・ジュールの前には、ドン・ジュールの背中にある赤い翼とは違う、黄金に光り輝く翼を持ったアケディアが震えながら立ち上がる姿があった。
「翼を出して勝ったとか思わないで欲しいな! こっちにはさっきから翼があるんだから。今の状況でようやく五分と五分……いや、毒を受けている分そちらが状況が悪いと思うがね?」
ドン・ジュールは悠然とそう語るも、自身の相手の状況を探るスキルがそうではないと言う警告を鳴らしていた。
(……毒が消えてる? いや、毒は効いているがそれを上回る速度で再生してる……だと!?
バカな、どんな者にも効果を発揮するこの空間から生まれた毒よりも速く再生しているだと……!?)
この空間、アスネビサルで生まれた毒は全てを溶かす猛毒である。
例えどんな耐性を持とうとも、極端な話をすれば不老不死などの化け物であろうとも、付いた時点で相手の身体を分析して相手に効く毒を、相手が滅びるまで自動で発動する。
相手が毒を治そうとしても、毒を排除しようと身体を変えようが、どんな手段を使おうが相手が滅びるまでどんな手段を用いてでも殺す毒。
絶対に相手を殺す毒が、どうして相手を殺しきれない……。
分析がなにか相手が変わった事を告げている、だがドン・ジュールはそれが本当であると認めたくなかった。
「たかが、龍の血筋が入っただけの弱虫がこの俺に勝てると思うなよ! まだまだ毒はあるんだから!」
そう言いながらドン・ジュールは毒を付けたクナイをさらに量産して自分の手に持つ。
はたから見ればそれは、必死になって相手から身を守ろうとしている臆病者の行動に見えた。
「……もう良いです」
と、そうやって自分が必死になって武装する中で先程までとは打って変わって、冷静に言い切るアケディア。
「……私は今まで恐怖してきました。あらゆる事に怯えながら、びくびくして震えながら生きてきました。自分でもどうしてここまで怯えるのか、自分でも不思議でした。
……けれども、今日ようやくその理由が分かりました」
そう言って彼女は強く拳を握りしめていた。
以前の彼女からは想像も付かない、
「何を言ってんのか分かんないんだよ! 翼が生えたから、そんなに生き生きとしてんのか? 新しい能力を得たからって負け犬はどうしたって負けるんだよ! 負け癖って言うのが付いているから、どうしたって変わる事はねぇんだよ!
良いから俺に負けて、向こうの現実世界での命をこの俺に差し出しやがれ! 現実で生きているのがつらいから、死にたいとか言ってんだろうが! だったら、現実に生きたいと願っている者にその命を差し出しやがれ!
――――この臆病な、負け犬トカゲもどきが!」
ドン・ジュールは大きな口調でそう断言しながら、猛毒付きのクナイを投げる。
(さぁ、どうせ大剣だろう? 残念、大剣が出た時点で少しの間、それによって視界が塞がれる。その時にこのもう1本の、持つ柄以外の全てに猛毒を絡め与えた、この猛毒ナイフで止めを刺す。どんな能力を持っていようが、猛毒の量を増やせばこちらは勝てるに決まってる!)
どうして毒が効かないのか。
普通に考えれば量が足りないからだ。
そう、それさえ分かっていれば良い。
この猛毒ナイフさえ当たれば勝てる、それが今のドン・ジュールが考えている事であった。
「……ッ!」
アケディアは目の前に飛んで来た複数本の猛毒クナイを見て、先程と同じように大剣を出してクナイを防ぐために前に構えていた。
(ア~ホ、いくら変わろうとお前はお前。そんな簡単に戦法は変えられんよなぁ?)
そう思いながら狙い通りに言っている事に対してドン・ジュールは軽く笑みを浮かべながら、止めを刺すための猛毒ナイフを投げていた。
ゆっくりと、猛毒クナイを受け止めきったアケディアが大剣から顔を出した瞬間、その顔の前にはドン・ジュールの狙い通りに猛毒ナイフが姿を現す。
(――――よし、決まったな)
そう思ったその瞬間、
――――アケディアの全身が黄金色に光り輝く。
「な、なんだ!?」
あまりの眩しさに目を開けられなくなりつつも、眩しさをこらえてドン・ジュールはアケディアの様子を見ていた。
そしてドン・ジュールが見たのは、自分が放った毒がアケディアの黄金の翼に飲み込まれている様子だった。いや、むしろ毒の方から翼の方に向かっているようにも見える。
「私が怯えていた理由……それは単純に自分がその身に持つ力に怯えていたのです……。自分が持つ力の大きさを感じて、自分で怯えて、その上に奴隷としての教育を受け過ぎてしまっていたために、怯えまくってしまった……。
けれども……戦うしかない状況なら、戦うしかありません……よね」
アケディアが背中の黄金の翼を羽ばたかせると、そこから大量の毒がこちらに、ドン・ジュールの元へと向かって来る。
ドン・ジュールが放った時よりもさらに濃度が濃くなった、全てを滅ぼす毒の強化された物が、跳ね返されるようにしてこちらに向かって来ていた。
「お……おいおいおいおいっ! う、嘘だろう!」
そう言ってドン・ジュールはすぐさま擬態を解く。
擬態を解くと身体がスライム状の小さな身体へとなり、そして背中の翼を失った事によってそのまま下の地面へと急速に落ちていく事によって毒を回避するドン・ジュール。
そして再び、アケディアの姿を模倣して体勢を整えて反撃しようとしたその時。
「――――戦うって決めたんです……自分の意思で。だから、ちゃんと相手を倒します!」
自身の黄金の翼を豪快に羽ばたかせて、ドン・ジュールへと肉薄した彼女はそのまま拳を握りしめてその身体へと叩き込んでいた。
「ぐふぅ……!」
アケディアは異常とも言えるくらい硬いのが特徴的である。
威力の大きさはぶつかってきた物の速度と硬さに比例してその大きさが大きくなる。
つまり異常なほどに硬い身体を持つアケディアが、速度を上げて叩き込む一撃。
――――その威力と言う物は計り知れないほど大きい。
「ま、まだ……」
一撃で足りなかったらもう一撃。
二回で足りなかったら三回。
そうやってアケディアはドン・ジュールに対して何度も殴って、攻撃を加える。
「ぐふっ……ま、まだ……まだ……」
既にドン・ジュールはフラフラである。
いくらアケディアと同じ身体をコピーしたからと言って、それでも気持ちの差と言う物が現れているのだろうか? 明らかにドン・ジュールのスペックは先程の余裕であった時よりも落ちているように思えた。
「これで……最後、です!」
そう言ってアケディアは抉るように拳を開店させながら、ドン・ジュールの身体に強烈な一撃を叩き込む。
それが決め手となり、ドン・ジュールはその場に倒れる。
そしてゆっくりと負けたドン・ジュールの姿が霧のようにうっすらと薄れながら消えていく。
【おめでとう、アスネビサルは君の物だ】
そんなアナウンスと共にアケディアの前に1つの扉が生まれていた。
アスネビサルからの脱出とその所有権を巡った戦いに勝利したアケディア。
……それは臆病で弱虫な彼女に流れる誇り高き龍の血が、その戦いの本能から覚醒したのだとこの事件を知る者は語る。
「うぅ……が、がんばったから、しばらくは良いよね……うん。
もう戦わなくて良いよね……う、うん。わ、わたしはもうこれ以上ないくらい頑張った! と、とっても頑張ったよね……? や、休んで良い……よね?」
そうやってすぐに休みたがる、怠惰と言う名前通りの性格は変わらなかったのだが。
【龍の血】
…アケディアに流れる誇り高き生物の血。龍とは全ての生態系の頂点にて君臨する、知恵深く力強い種族であるが、アケディアは今回の戦いでその血筋の一端に目覚め、毒を吸収してより強い毒に変える黄金の翼と、それに負けない異常な再生能力を手に入れた。
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