《蒼炎》はいつを待っているのか
"復讐はなにも生まない"。
耳にタコが出来るくらいに良く聞く言葉ではあるが、俺はそうだとは思わない。
――――少なくとも、憎しみという想いは生むんだから。
想いってのは呪いであり、同時にバケモノをも生む栄養にもなりうる。
そいつが本当に力を込めていった言葉は言われたものに確かに影響を起こすし、人と人とがお互いに殺し合って生き残った奴に強力な力を与える想いの集大成のような呪いもある。
勿論、前向きに言った感情が人をより良い方向に~なんて絵空事もあるかもしれないが、人間ってのは基本的には悪い事しか考えねぇ。
良い事と悪い事の比率があるとしたら、絶対的に悪い事の方が大いに決まってる。それは世の常、って奴だ。
想いってのは人間が「こうしたい」「こうなりたい」っていう、そう言う願望であり、同時に欲求でもある。
それを上手く使えば人間をより良い方向に導ける事が出来て――――同時に悪い方向へと転がす事も出来る。
想いってのは厄介なものだ。
俺は常々そう思う、同時に使いこなせればこれ以上便利なものはない。
「た、隊長……!? こ、これはいったいどう言う!?」
俺の目の前で困惑の表情を浮かべながら、こちらを信じ切っている顔を向ける女騎士ルルゲイル。
その四肢には黒い鎖が巻き付いており、さらに足は青く淀んだ物体が並々と注がれた壺の中に入っているのだから心配でしょうがないだろう。
けれどもそれでも希望を捨てないのは俺が、ジェラルド・カレッジという人物をこいつは信じ切っているからだ。この女はジェラルド・カレッジという人物に対して全面的に信頼しきってるからなぁ……。しょうがないよなぁ……。
今ここで「冗談だよ」とでも言えば、それだけで信じてしまいそうなそいつに俺は詰め寄る。
「ルルゲイルよ、俺が冗談でこんな事すると思うか? お前に剣の訓練があると呼び出して、そしてこうやって四肢を鎖で絡めて、そして明らかにヤバそうな液体が入った壺の中にお前の足を入れてんだぞ?
お前が知っている、コーケツで、セイギカンに溢れていて、ブコツなナカマ想いの男ってのは果たしてこんな事をする人物なのかよ? おーい?」
「じぇ、ジェラルドさん……? そ、そんなのジェラルドさんっぽくは……」
「おーい、俺っぽいってなんだよ? お前がこの俺、ジェラルド・カレッジという人物のなにを知っているって言うんだよ~? どーせ、上辺だけの安っぽい奴に違いねぇわ。そーんな、生半可な奴にこの俺様という人物を語って欲しくはないな~。……まっ、俺はその心配している本人ではないんだけどな」
グヘヘ、と俺は下卑た顔をルルゲイルへと向ける。
その言葉を聞いてルルゲイルはと言うと、ようやく自分の状況ってのを正しく理解できたみたいである。
「ほ、本物のジェラルド隊長をどこにやった!」
「さぁ~な? この通りって言っちゃあなんだけれども俺の身体は無事だけれども、精神の方の安全は保障したりは出来ないだろうな。なにせ、生きてるかどうかも怪しいくらいだからな~。まっ、ひょっこり生きている可能性もあるにはあるだろうけれど、それをお前に言う必要はまーったくないよなぁ~?」
――――なにせ、これから死ぬのだから。
「……死ッ!?」
「まっ、安心しろよな~。身体の方は無事だからよぉ~。そう、身体だけは、な。
――――《蒼炎》式我流道、魔物変化」
俺がそう唱えると共に、ルルゲイルの足が入った壺の液体が青い光と共に燃え上がり、ルルゲイルの身体を青い炎が覆っていた。
「き、キャアアアアアア! な、なにこれ!? ど、どうなってんの!?」
悲鳴を上げる彼女に、俺は椅子を取ってその場に座りながら彼女を見る。
「お前が足を付けているその壺の中身は、人の恨みだとか悩みだとか、葛藤だとか苦悩とかがいっしょくたに混ざり合った、いわゆる人間の負の感情を溜めこんで濃縮したものだ。俺はこのエキスを、モンスターズエキスって呼んでるんだがな。
この液体を魔法によって操り、相手に入れる事でそのものの身体を変革する事が出来るんだ」
「……へ、んかく?」
そう、"変革"だ。
人間ではなくして別の存在へと生まれ変わらせる行為を変革と呼ばずして、なんと呼べば良いのか?
「だ、だれか……」
「ムダムダ~。正義のヒーローは遅れてやって来るとか、悪は必ず倒されるだとかさ、そーんな夢物語が信じてんじゃねーんだよねぇ~? ま・さ・かのまさかだけれどもな、万が一にでもそう言った物語を信じていたとしてもそう言った物語の"お約束"って奴は知ってんだろ?
"ヒーローが来るまでは、悪は行為を行う"って言うね。つまりヒーローが来ねぇかぎりは、悪は人を害す行為をし放題ってこと、なんだよ。それに人が来ない工作ってのは、既に行ってるからよ。どんなに泣き喚いたりしたって、だーれも助けたりはしないからよ?」
「ひ、ひぃっ……!?」
そうやって彼女が怯える中、彼女の身体はどんどんその姿が変わっていく。
彼女の細腕が凶悪な獣を思わせる巨大なバケモノの腕へと変わり、その足は真っ黒に薄汚れたケダモノの足へとなっていた。そして見目麗しい女性らしい顔立ちもカイブツを思わせるものへと変わる。
だらだらと口から垂れている唾は上から下へと落ちて行き、その四肢は血によって真っ赤に染まり上がっていた。そして全身を覆っているざらざらとした質感と刺々しい毛皮がごわごわとした感触と共にその化け物がブルルと唸りをあげる。
「俺様の調べだと、カイブツへの変革は元となった人物が強ければ強いほど、狂暴なバケモノになるという法則もあるみたいだからね~。まっ、ルルゲイルくらい上級騎士なら、ものすごーいバケモノになるとは思っては見たんだけれども、結構面白いのになったね~。
マルティナ姫様は魔物を払う力があるみたいだし、この身体になってもどう言う力なのかは詳細を教えてはもらえないんだけれども~、王城の外にバケモノを追い払うのに使われてるその力は王城の中にまでその効力が及ぶかどうかはまだやって見ない事なんだよね~。果たしてど~ういった事になるのか、楽しみで楽しみでしょーがないかね~」
準備はやってる時はほーんとうにつまんないしね、けれどもこう言った作戦が上手くいった時のことを想像すると笑みがこぼれて溜まんないね~。
「ぐへ、ぐへ、ぐへへへ……! た、たまんねぇな~。なぁ、ルルガイル?」
『ガウゥゥゥゥゥゥゥゥ……』
俺の言葉に対して、苦悩の声をあげるルルガイル。いや、これはただの唸り声か。
「はぁ~、もう完璧に意識は無くなっちゃったか。まっ、人間の時の意識なんてバケモノには要らないけどさ~。バケモノは人間じゃないからこそ、人間の意識がないからこそ、理性がないからこそその真価を発揮出来るんだからよ~」
さぁ~て、後はこれをいつやるか、だよ。
出来れば邪魔しない人間がだーれもいない、いや一番邪魔なジェラルド隊長はこの前倒したから邪魔な人間はもう居ないか。
だったら逆に邪魔する、そうこの国にはもう邪魔な人間は居ないが他国なら邪魔する人間が居るだろう。そう言った人物が居る時が良い。
邪魔されるのは本当に嫌で嫌でしょうがないんだけれどもな~、邪魔しない人間が居ない人間が居ないってのも味気がなくってしょうがないっていう感じである。
まっ、この辺はその人の匙加減が大事になってくるんだけどよぉ。
「さぁて、舞台の準備は整いつつあるな。
早く見たいぜ、国家の滅亡の瞬間って奴をよ~」
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