どれが彼の行動を決めたのか
森の中の道はとても歩き辛い、何故ならば人が手入れしていないからだ。
人の肌を傷める棘の生やした植物、葉っぱに隠れてしまっている足を引っ掛けそうな木の根、他にも魔物の死骸や生活跡などがあったりと、森の中は人が歩くよりかは獣などが生活するのに適する場所である。なので、中には森を歩く事に対して動き辛いと感じる者も多い。
しかし俺、ジェラルド・カレッジは森の中を歩くことはそれほど苦ではなかった。
森には森の歩き方があり、独特の呼吸法と歩き方さえ予め知って置けば、逆に森の方が歩きやすいとさえ言う者も居るくらいだから。
「この身体でも、それは変わらないなぁ」
と、ラスティードールの身体を手に入れてなんとなく実感がなかった俺だが、森を歩く中で、自然と木々の太さから根の張り具合を予想して歩いたり、植物の危険性から歩く道を自然と見極めたりと。
身体は相も変わらず不調でしかなかったが、これが本当に俺なんだと動きながら実感として感じられるのは俺としても非常に良かった。
「ま、待ってください……」
その声を聴いて「またか……」と俺は落胆しつつ、後ろを……遠くを見る。
そこでは俺が随分前に通ったはずの木の根元でゼーゼーと荒い息を吐いている女死神の姿があった。
「この道、整備されてなくて……歩き辛い……です……」
「これが伝説に『その者音もなく、息も切らさずに標的へと忍び寄る死の神』とかと思うと、泣けてくるわ……」
一応、歩きやすいように木の根にかかっていた葉っぱをどかしたり、飛び出ている枝や植物を斬ったりと、歩きやすいように多少の配慮はこちらとしてもしているのだが、それでも遅い。
どうもこの女死神は森の中を歩くと言う事に慣れていない、いや慣れていない以前に森を歩くこと自体が苦手という感じなのである。
「きゃぁ! む、虫!?」とか魔物ではない毛虫なんかにビビってるし、黒いローブの裾が枝に引っかかってしまってるし……というか、あの服装自体森とかで歩くのに向いてない気がする。
話に聞く所、どうやら俺が死ぬのに間に合わなかったり、俺が死んでから3日経ってからここに辿り着いたのだって、森で迷子になってしまったからだというのだ。
森の歩きに慣れてないとは聞いたのだが、それだったら森の歩きに慣れている死神を呼んで欲しいんだが……。
「いや……普通に歩けるだろ。ちょっと歩き辛いけど」
「それは痛みも、疲れもないからですよぉ、その身体は。鉄の人形の身体は感覚がないから、そんなに普通に歩けるんですよぉ~」
……いや、多分人形の身体云々の問題だと思うがな。身体が錆びてしまっているから、動きが遅くなってしまっているから痛みや疲れも感じていた人間の頃の方がまだ自由に動けた気がするんだけれども。
「石も靴に入って痛いんだけど……」
……死神も普通に靴に履いているの、か。それよか、
「普通に飛べば……? さっきまで浮いていた気がするが。浮けば少なくとも小石が靴に入ったりしないだろうが」
「……!? そ、そうでしたね。ま、まま、まぁ、そんなのは簡単に出来る話でしたからちょっと忘れていただけですよ。普通に、そう普通に出来るしね」
ゆっくりと浮かびながら、こちらに汗をたらたらと流しながらこちらに迫って来るそのさまは本当に素の表情で、さっきまで飛ぶと言う事を忘れていたように思えるんだけれども。
「た、たしかに飛ぶと根や小石に気を付けなくて、枝にだけ気を付けていれば済む話ですからね。まぁ、知っていたんですけれどもちょっと試しただけです! さぁ、こっち! こっちですよ~」
「あ、ああっ。分かったから急がないで欲しい。歩きなれてるとは言え、俺は身体が動き辛いんだからなぁ」
女死神が嬉しそうな様子で泉へと俺を案内している様子を見ながら、俺は彼女の後を追うのであった。
と言うよりも、本当に身体が重いし、関節の節々が痛いから早めにして欲しいのだが。
「……あれ?」
と、様子を見て来ると言って空を飛んでいた女死神がきょとんとしたそんな声を出す。
「どうかしたのか?」
「……いえ、どうも行こうとしている泉の前に黒い煙が立ち昇っているように見えるので。それも死の香りと共に奴、《蒼炎》と良く似た臭いもしてるんです」
女死神がそう言ったのを聞いた俺は、自然とその手に力がこもっていた。
「俺の身体を奪った《蒼炎》の臭いって事はどういう意味だ? 奴の痕跡があるということか?」
「……正確に言えばその煙からは多くの死の臭いがする、という事です。死神としてその場所からどういう犯罪者が関わっているのかはだいたいですが、分かるんです。
そして《蒼炎》はとにかくその全身から漂わせている闇の臭いを覚えていますので、あの煙から分かるんです。あの騒動の原因は……《蒼炎》だと」
つまりは……あれも俺の身体を奪った奴の仕業、という事か。
「あいつ、一体どんな悪事を……」
「流石に死神とは言え、そこまでは……。たた、多くの生物が死のうとしているのは確かです」
多くの生物が死のうとしているのか。騎士として……いや、元騎士としても見過ごせない案件だよな。
「その死の煙は泉の所にいるんだろう? ならばまず泉の前に行く前に、その死の煙をなんとかすべきではないんだろうか?」
そもそも俺が身体を奪わなければ、そいつらは死なないで済んだのかもしれないのだから。
しかし、どうも女死神の反応が薄い気がするんだが。
「……いえ、あなたの立場からしますと今は一刻も早く、王国で《蒼炎》を倒すために錆落としをするのが適切かと思いまして。それなのに迷う事もなく、すぐさま人を助けると言う事を即決されたのでどうされたのかと思いまして」
「何を言っているんだ? 人間は助け合いが基本だろう」
騎士として、困っている人間を見過ごすのは恥ずべき行いである。確かに《蒼炎》退治も大切な事でもあるし、王国の危機と比べてみればこの事件は優先度は低いのかも知れない。
けれども目の前で困っている人や、目の前で起こっている犯罪に対して、それを見過ごすのは人を助けて悪事を正す騎士として許してはいけないのだ。
「誰かが困っているのを見過ごして王様達の元にはせ参じても、王様達は俺の事を感謝しないでしょう。それに『自分が守れる範囲を精一杯守護する』のが俺の騎士としての第一信条だからな」
人間はなんでも出来る訳ではない。
剣しか振る事しか能がない奴も居れば、魔法が得意な貧弱な奴も居る。一発一発集中して狙い撃つのも得意な者も居れば、たくさん放つ方が得意な者も居る。
人それぞれ個性と特性、そして性格的な問題もあるのだからそれを全て同じ人間として扱う事は出来ない。
それに1人で助けられる範囲だって限界が存在する。1人で世界中の人々が守れるのだったら、この世に人を守るための騎士と言う職業は存在しないだろう。
「今出来る事をやる! 出来ない事はやらない! 優先順位順にテキパキこなす! それが俺のモットーであり、俺が今やるべきだと思うのは……煙の中に行って状況確認をし、事態解決に努める事だ!」
ふん、と気合を入れるために右腕を大きく回すとゴキッと関節が外れた音がする。
「……やばっ」
見ると、ラスティードールの右腕はいきなり激しく回したことに耐え切れずに、そのまま取れていた。
人形の腕が取れるのを見てもすぐに直せるからとなにも思わなかったのだが、こうして自らがその立場に立ってみるとそういう次元の話ではない。
自分の腕が取れる、それはとっても驚きと言うか、自分がそんな立場に立っても脳では驚いているのに身体が一切実感が湧かない。
(多分、人間だったら大参事なんだろうけれども……人形の身体だしな)
俺が取れてしまった右腕を左腕で取ろうとして、女死神は慌てて降りて来たかと思うと俺の右腕を取って腕の付け根に取りつけ直していた。
「……気を付けてくださいよ。ラスティードールは本来ただ迫るだけの魔物ですので、足はともかく、腕は取り外しやすいので」
「あぁ、それは大切な事だからな。良く覚えて置くよ」
剣を振るっている最中に腕が取れた、なんて事になってしまったら洒落にならない。これは十分、注意すべきだろう。
「……ともかくその事件を解決するので構わないんですね?」
「あぁ、その通りだ。決まったんだからさっさと急ごうじゃないか」
「……やは……のと……」
「……ん? なにか言ったか?」
女死神の言葉を聞き取れなかった俺は、彼女の言葉を聞き返そうとしたのだが返事はと言うと「行きますよ」と語る彼女の言葉だけであった。
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