神官はどういう魔法を唱えるのか
ユーリ・フェンリーは本棚から一冊の本を取り出してゆっくりと立ち上がると共に、彼の身体が宙へと浮かび上がっていた。そして彼は本を読みあげる。
「とりあえずまずは序幕とさせていただきましょう。
禁術的灼熱による毒棘――――禁書目録『灼熱式死国』の第一章第四節より抜粋」
彼がそう言うと共に、ユーリの背後より毒の茨がうねるようにして現れていて、その棘は真っ赤な灼熱の火炎を纏っていた。
「いけ、灼熱の火炎の茨!」
そう言ってユーリの号令と共に、その炎の棘が俺達の方へと向かって来る。
その燃え盛る炎の茨の元へと、俺は剣を持って跳んで行った。
「喰らえ!」
俺はそれに対して剣を持って斬りかかる。身体に茨の棘と火炎の熱さが俺の身体を襲っていたが、俺の痛覚を感じない人形の身体には関係なく、関係なく俺は茨を剣にて切り裂いていた。
「……茨の棘さえなければ、狙いやすいあなたなんてすぐに倒せるなの!」
そう言ってラースが弓を一直線に放っており、ユーリ・フェンリーの身体へと向かっていた。その弓矢を見て、ユーリ・フェンリーは笑いながら開けた本を閉じて受け止めていた。
「そんな劇的でもない無粋な矢なぞ受けても、シナリオ的にも盛り上がりに欠けるね。そんな演出、このボクが認めると思っていたのかい? どうせやるなら、血反吐を吐きながらやるような、決死の一撃くらいやって貰わないとね。目指すは、発行部数1000万部越えの書物級の感動を望むよ!
けれども、もっと盛り上げるためにはこの『灼熱式死国』という禁書では不相応みたいですね。もう少し良い禁書でも使っても良いかもしれませんね」
そう言ってユーリが身体を動かすと共に、本棚から本が飛び出して新しい、緑色の本が彼の所に飛んで来ていた。
「次はこの曲で、劇を面白くさせていただきましょうかね。
禁術的台風による霧雨光――――禁書目録『神同士の熱き戦い』の第八章第十節参照」
ユーリが本を読みあげると、その後ろから大量の風がとぐろを巻いて発生していた。そして生まれた風は金色の光を放っており、俺達の元へと向かっていた。
「きゃあぁ!」
「インヴィディア! くっ……! 風が強すぎて狙いが付けられませんなの!」
暴風に煽られてインヴィディアさんが可愛らしい悲鳴を上げ、それを心配するラースは突風の影響を受けてそのまま弓矢をしまってしっかりとした足取りで突風から逃げる。
弓矢と言うのは風の影響を受けやすい武器ではあるのだが、まさか室内でその突風が発生するとは……。
(と言うより、さっきからユーリが読んでいるのは"禁書"だよな)
禁書。
その本に書かれている魔法は強力な魔法である代わりに、その一文字一文字に呪いがかけられていて読んだ人間に対して厄災を与えると言う、普通の方が読めないように厳重管理されて封印されし書物。
1冊でも読めれば奇跡とさえ言われているその本を、平気な顔をしてさらさらと読み上げるユーリ・フェンリー。
(……《蒼炎》は他人の身体を乗っ取る能力を持っていたが、こいつの場合は禁書を読む能力の持ち主って事か。禁書は燃やす事も、濡らす事も、はたまた切断する事も出来ない厄介な代物ではあるが、その絶対数は対して多くはないし、保管も厳重だ。
そう、ここがその保管場所でなければ、だがな)
禁書の保管、それはジョーカーを引かされるのかが誰かという話でもある。
読むだけで人に災いや呪いをもたらす禁書は、その存在自体が既に呪物となっており、あるだけでそこに存在するだけで、ある時は住人同士の殺し合いを引き起こし、ある時は国一つを壊滅に陥れるほどの病魔を周囲に蔓延らせ、そうやって人々に混乱と災いをもたらす。
読むだけでも厄介な代物であり、読まなくてもその存在感だけで人々に対して悪の限りを引き起こす。それが禁書なのである。
そんな燃やす事も、濡らす事も、切断する事も、どうやっても処分する事が出来ずに、その上なおかつ周囲に災いをもたらす禁書はどこの国だってその対処の仕方が問題になってくる。
だがしかし、そんな禁書を容易く読んで、その副作用が一切ない人間が居たらどうだ?
対処に困る国々はそんな人間が居る場所に禁書を持ち込もうとするのではないのだろうか?
「――――さぁ、まだまだ禁書はあるよ。
このボク、禁書を容易く何冊も読みあげる事が出来るユーリ・フェンリーの力を今すぐ見せて差し上げましょう」
そう言うと共にユーリの元に先程とは違う、ぶ厚い紫色の本が彼の元へと飛びあがっていた。
「炎も、茨も効かない相手に対して、ボクはこの本で対処しよう。
禁術的治療による怪物の毒水――――禁書目録『異常性癖治療』第二章第三節参照」
ユーリが左手の指先をだらしなく伸ばしながらそう呪文を唱えると、伸ばした指先からぽたりぽたりと黒い水滴が茶色い木の床へと落ちていく。
(……今度は何をする気だ?)
警戒を行いつつ、俺は次に何が起こるのかを待つ。
不用意に跳び込んでしまえばそれがもし設置型、もしくは時間差的行動であった場合に際して対処が出来ないからだ。ここは慎重になるべき……。
そうこうしているうちに、ユーリの手から流れ出た黒い水は床に落ちて小さな水たまりを作っていた。
黒い水たまりは酷くよどんでおり、それと同時にその黒い水たまりの中から"なにか"が飛び出していた。
それは狼のような姿をしており、全身をそこから這い出たと分かるように黒い水たまりと同じく純黒の淀んだ雰囲気を纏っていた。
一足歩くごとにぺたり、またぺたりと泥かなにかをその身に纏わせてるかのようにして一歩、また一歩と近付いて来る"なにか"はユーリの前に立つ。
「いけ、【〇$!%$#】」
《ワォーン!》
ユーリが言葉にならない声で名前を呼ぶと共に"なにか"は俺の元へと跳びかかってくる。
そこにはなんの戦略性も無く、ただ本能に任せて、主の言う事だけを信じて敵へと無防備に特攻する獣のようであった。
「これなら、いける!」
俺はそう言って剣を持ってその"なにか"に対して斬りかかる。
「もらった!」
《ガゥッ!》
「なにっ!?」
完全に斬れたと実感したその瞬間、"なにか"の身体は2つに分かれ、頭だけが生き生きと俺の方へと向かって来る。そしてそのまま、
《ガブリッ!》
"なにか"は大きく口を開けて、俺の左腕に噛みつく。
(――――ッ!?)
その瞬間、俺の身体に痛みが襲う。それも尋常じゃない痛みだ。
巨大な龍のような怪物に全身を噛み砕かれるような、この世を燃やし尽くすほどの劫火の火炎の中に放り込まれたかのような、そんな言いようもない痛みが俺の身体を襲っていた。
「くそっ!」
《キャイン!?》
俺は左腕を分離して、そのまま片手だけで剣を横に大きく薙ぎ払うようにして"なにか"を斬る。斬り上げると共に、"なにか"は床を数回跳ねるとそのまま水となって溶けて行った。
「良いね、その表情! 良い激痛に満ちた、苦痛の表情だったよ」
パチパチッ、と俺の顔を見て心底嬉しい顔を見せるユーリ。
「今の禁術は一体なんだ!」
「そうそう、人形とは言え"騎士役"なんだから、そうやって真に迫る演技をして貰わないと困る。
炎の熱気も、茨の棘も毒も効かなかった君に対して、ボクは先程の魔法で《リアリティ》を与えた」
「リアリティ?」
「そう! 現実感!
この禁書、『異常性癖治療』は素晴らしい本だ。呪いをかけようとも、全ての病の根絶を願った医師の歪んだ精神がこの本には詰まっている。病気を失くすために呪いを生み出したこの医師を人は悪魔だの呼んでいたが、ボクからしてみればこの本は素晴らしいの一点に限るよ。
なにせ、どんな相手であろうとも魂に作用するほどの強い痛みを、痛覚を与える事が出来るのだから」
……そうか、あの魔法は直接相手に痛みを与える禁術魔法か。
俺の身体自体は痛覚を感じない、だが魂に直接作用するあの魔法は厄介だ。
「まさかこの身体になって、痛みを感じる日が来ようとはな」
痛みが感じない身体に慣れつつあったのに、これは厄介としか言いようがない。
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