悪の神官はなにを決めるのか
「《埃神官》は確かにあなたの言う、《蒼炎》という男の情報を持っているわよ。彼はうんちく好きな男だから、もし上手くやれば情報も手に入るでしょうしね」
――――けれども。
と、《氷姫》はそう前置きをして会話を行っていた。
「私だって、《埃神官》とは比べる事も出来ないとしても、確かに《蒼炎》の情報を知っているわよ? 私でも、あなたが望む情報を引き出せるわよ?」
そう言いながら、《氷姫》は立てかけてあった氷で出来た槍を手に取っていた。
「あなたは結構、やる方だと思うし、もし良ければ手合せを願えないかしら? さっきは戦わなくて良いと思ったのだけど、あなたの技には……いえ、あなたの中身には興味深いと思うわ」
「中身……だと?」
「えぇ、あなたの身体に施された魔術には少なからず見覚えがある。
あなたの身体に施されているのは、身体に魂を無理矢理刻み込むという魔術よね」
「……いや、これは知り合いにやって貰った魔術だから、良くはしらないのだ」
知り合いと言うか、偶然出会った女死神によってと言うのが正しい表現だが。
それを聞いた彼女はと言うと、氷の槍から手を放して再び立てかけていた。
「――――あら、そうなの。なら、その魔術の真髄を知らないと言う訳なのかしら?」
「魔術の真髄……?」
「いえ、気にしなくて良いわよ。そう、気にしなくて良いわよ」
そう言って、彼女は一息吐いていた。
「――――あの魔術について知らないのならば、気分が逸れてしまったわ。アンティークを愛でるのも十分堪能いたしましたし、もう帰るわね。
それじゃあ、またね。人形の騎士さん」
《氷姫》は全身から吹雪を吹きすさぶようにして放ってその身に纏わせると共に、そのまま吹雪が窓を突き破って消え去ると《氷姫》の姿は消えていた。
《氷姫》が消え去っていくと、途端に周囲の冷気が消え去って行く。
冷気が消え去ると同時に化石やアンティーク品を凍らせていた冷気が消えてしまっていて、そして全身が凍り付いていたラースの身体の氷も徐々に溶けていった。
「うぅ……本当に寒かった、なの……。と言うよりも、あの女は一体なんだと言うなの……いきなり人を氷漬けて……」
身体の氷が少しずつ解けて、唇を震わせながらラースは喋っていた。
「……って、あれ? あの女は一体どこに居るなの?」
「――――お前が言っている女は《氷姫》と自分の名前を語って、そのまま帰ってしまったよ。
まぁ、俺が戦う相手が居るとしたら、この先の《埃神官》という相手だったはずだと思っていたのだが?」
俺がそう語ると共に、ラースは思い出したかのように顔を見せていた。
「――――そうでした、なの。私は《埃神官》を倒して、インヴィディアを取り戻すのが使命でしたなの。こんな所で氷漬けになってる場合じゃありませんでしたなの」
そう言うと彼女は布を取って身体に付いていた水分を拭い去っており、体勢を再び整えていた。
「さぁ、さっさと行きましょうかなの」
トボトボと歩きながら、ラースはなにごともなかったかを装っていた。
それに対して俺はやれやれだぜと思いつつ、そのままラースの後をついて言った。
「……うぅ、怖かったですよ~。いつ、戦いが始まっても可笑しくなくて、本当に不気味なくらいでしたよ……」
「あぁ、そうだったな。お前もいたんだったな」
服を引いて自分の存在を示していたアケディア。
そんな彼女に対して、「あぁ、そうだな」と雑な対応を見せる俺。
「むぅ~……」
「あの《氷姫》が怖かったんだろ?」
「……!? コクコク……」
そう言いながら物凄い勢いで、手を引かれているこちらが地震だと勘違いしてしまいそうになるほどの勢いで震えはじめるアケディア。
……どれだけ怖かったんだよ。
そうして奥へと歩いて行くと、そこには薄汚れた焦げ茶色の扉の前にラースが立っていた。その扉の上部には『書庫 ユーリ・フェンリー自室』という言葉が刻み込まれていた。
「……ようやく来てくれましたなの。騎士人形が居てくれないと、困っていた所なの」
「先に行ったみたいだが、どうやら一人で特攻する勇気はなかったみたいだな」
……まぁ、行かれても困るが。
「ふっ……これでも私は学びましたなの。いきなり突っ込んでしまうと凍らされてしまったりしまうみたいなので、これ以上向かう必要はなかったと思いましたなの。であるために、仕方なくこちらで待っていたと言う訳なの。それでは開けて貰えますかなの?」
何故に、"仕方なく"という言葉を強調するのだろうか?
そして俺に開けさせるように言うって事は、完全にビビッているじゃないか。
「あ、開けて。こ、怖いからさ、さっそく開けてください……」
「はいはい、分かったよ」
俺はそう言ってゆっくりと、見掛けと同じようにその重厚さを感じるその扉を開ける。
扉を開けると中から書物の古臭さを感じるようなすーっと感じるような、それを何十倍にも濃縮したような臭いが扉を開けると共に伝わって来ていた。
そして部屋の中央には、大きな黒い鳥籠が吊り下がってあり、その中には白い肌の女性が捕まっていた。
白い肌の女性は、頭の髪が緑色の艶やかな髪と右腕が花のついた枝で巻かれているのが特徴の、とてもきれいな顔立ちと漂う大人の魅力を持つ美女。
その女性はこちらを、いやラースを見て嬉しそうな顔を浮かべていた。
「ら、ラース! 助けに来てくれたのね~」
「インヴィディア、今助けるなの!」
そんな中で部屋の中央の椅子に腰かけている、丸い縁の黒眼鏡と赤い神官服を着た男はこちらを見てタンタンッと手を叩いていた。
「あぁ、麗しき友愛と言うべきでしょうか? エルフと精霊の友好の話と聞くと『契約友愛』という言葉が思い浮かぶけれども、これはどちらかと言うと人外同士の女同士の恋愛を描いた『不秩序な人外愛』という作品のシーンを思い浮かべるよ。あれは吸血鬼であるが故に、ボクもまた新たな書物の世界が広がりそうで嬉しい限りだよ。
ボクが望むは知識と書物。より良い知識と、より良い書物のためならば、ボクはなんでもしましょう」
まるで物語のようだ、とまるで演目を楽しむ傍観者のようにして彼は語っていた。
知恵と書物と言う、それだけのためになんでもするという、そんな目をしていた。
そして後ろに居た俺とアケディアの姿を見て、さらに微笑む。
「おやおや、さらには人形の魔物に龍人の少女という2人の演者も加わった! 素晴らしい、今日この日こそ、このユーリ・フェンリーの一番の一日だと言っても過言ではないだろう。
さぁ、君達。ボクにその姿を見せてくれたまえ! それをボクが好む書物という形にて書き残してあげるよ」
その眼には全ての出来事が物語の一部にしか見えていないような、そんな一種の異常者のような感覚を漂わせていた。
一瞬で、そう直感的に本能に訴えかけるようにして分かった。
"こいつは普通の奴ではない"と、俺の魂に語りかけていた。
アケディアは震えており、ラースは睨み付けつつも腕が緊張で震えていた。
「来ないなら、こちらからやらせてもらいましょうかね。このボクから始めさせてもらおうじゃないか。
このボクの執筆ライフを劇的に演出する為に、書物のためにやってくれないかい?
そう、新たな物語を作るためにボクは君を呼び寄せたのだ。本当はダークエルフと精霊の2人の物語を演出しようかと思いきや、騎士の人形に龍人という新たな演者も来てくれたのでまた配役を決めないとね」
――――自分の目的は"劇的な物語"。
――――そして"新たな知恵"を得るために。
ユーリはそう語りながら、俺達に好き勝手に配役を決めていく。
インヴィディアを囚われの姫、アケディアをその従者。
ラースを救いに来た友人、そして自分の事を悪役として――――。
「――――そして君は、騎士にでもしようかな? 折角、剣を持ってるんだからさ」
騎士だった俺はまさかの騎士役を押し付けられて、戦いの闘争に巻き込まれるのであった。
あけましておめでとうございます。
今年初の更新です。
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