どうやって施設へ侵入しようとするか
ツバイト村に辿り着いた俺達。
緑が豊かな穏やかなただの村という感じではあるが、奥にそびえるようにして建っている建物――――古代文献研究施設の圧倒的な存在感であろう。
我が国ヴォルテックシアを象徴する風をイメージしたマークが刻み込まれた、風を思い浮かべるような薄緑色の巨大な建物。屋上に本を思わせるモニュメントが載ったその施設には、【古代文献研究施設】という赤い文字が刻まれていた。
「これが……ツバイト村。お前の目的地だと言う事だな」
「――――えぇ、そうなの。騎士人形」
話を振られたダークエルフ、ラースは古代文献研究施設を見ながらそう答えた。
ツバイト村古代文献研究施設。
二、三十年前に宙から飛来した謎の黒い書物を解読する為に生まれたその施設にはなんと書かれているのか分からない謎の資料の他に、危険すぎて読むと呪いによって命を縮めると言われる禁断の魔法が書かれた禁書や、他国のスパイが書いたとされる暗号書物など、多くの厳重な取扱いと高度な解析技術が含まれた本が多く貯蔵されている、王国主導で作られた施設。
それ故に厳重な警備が要求されるこの施設の入り口には、騎士団が警備についていた。
ここに、ラースの友人である精霊のインヴィディアと、インヴィディアを捕らえたとされるユーリ・フェンリーという青い炎を操る男が居る。
「あぅ~……怖そうです」
やる気のないネガティブ龍人、アケディアは施設の入り口前で守っている騎士団を見ていつものように怯えていた。
(施設の前を守っているのは――――フェフ騎士隊か)
フェフ騎士隊、それは騎士団の中で最も数が多い下級騎士の名前である。その多くは戦いや密偵などに向いていないと判断された騎士であり、その任務の多くはこう言った重要施設の防衛である。
なにかを倒したりする力はほとんどない代わりに、守る事にのみ特化した戦闘訓練をされており、特殊な技術や能力などがない代わりに相手を足止めしたり、なにかを守る事に関して育てられている。
戦場では特に頼りになり、撤退戦や防衛線などでは俺もありがたく重用させて貰った。
(敵に周ると厄介な事、この上ないがな)
負けはしない、だが勝つ事もない。
ただ体力と精神を持って行かれ、最終的に多人数によって制圧される。
それがヴォルテックシア騎士団のフェフ騎士隊である。
「フェフ隊が居るとなると、正面突破は難しいな」
「……? あの人達はそれほど強いと思えませんなの。一気に押し入れば、倒せそうなの」
ラースが古代文献研究施設を見ながら、その入り口を守護している2人の騎士を見てそう言った。
確かにアホみたいに緊張しきってない顔をしていて、欠伸までしているような連中を見て「正面突破が難しい」と考えるのはおかしな話だ。
「仕事中にも関わらずのん気に欠伸とはな。まぁ、元の姿だったら説教だな。
けれどもあいつらは気付かれないように眠らせるのが良い。一度戦いとなると、厄介だ。最も低い新米騎士であろうとも、フェフ隊所属ならば相手がどんなに強くても5分は相手の攻撃を抑える事が出来る」
「……それって、凄いのでしょうか?」
その凄さが分かっていないアケディアはキョトンとした顔をこちらに向けていた。
確かに戦闘に関わっていない人間からすれば、その凄さが分からなくても当然と言えるけどな。
「良いか? 戦闘力の高い人間と言うのは総じて体力が高い。戦闘力の高い人間の一撃は凄まじく、一撃で決着が着くのもあり得ない話ではない。そんな中、5分でも時間を稼いでくれるのはありがたい話である。例え勝てないにしても、相手の体力を徐々に削って行けば、相手を倒せる可能性が高くなる。
例え1人で勝てないにしても、皆で相手を削って倒す。それがフェフ騎士隊だ。つまり、相手の体力を削るのには長けている」
「無意味に行っても、体力を削られる……。そ、それは厄介ですね。
ひぃ、私なんかが厄介なんて言ってごめんなさい! おこがましいですねごめんなさいごめんなさい!」
いつも通りのネガティブ発言を披露するアケディアを、華麗にスルーしている俺とラース。
「……つまり、普通に言ってもダメという事なの?」
「まぁ、そうだな。正規で向かって行くとなると、かなり苦戦する相手だが」
俺はそう言ってその場にあった石を拾おうとして、ラースの方を見る。
(そうだな、ここはラースの方が適任だと言えるだろう。一応、得意武器が弓矢なんだから)
俺はそう思いながらラースに声をかける。
「ラース、ちょっと良いだろうか? 正面突破の方法がない事もない」
「……なんですかなの、騎士人形。さっきの話ですと、あの入り口を守る騎士達に弱点がなにもないような言い方だったと思うなのが? もしかしてさっき言ったのは口から出まかせであり、私達をなにかに嵌めようという魂胆なの?」
まぁ、さっきまでの話を聞いているとフェフ騎士隊の連中が優秀すぎるという評価を与えてしまうのも分からなくもない。
確かに防御に関して、物凄く強い騎士達として説明し過ぎてしまっていた。
「確かに相手は強い。それにフェフ隊は真正面からやりあったら面倒な相手だ。だが、それでもフェフ隊の多くは下級騎士。上級騎士とは違うのは、やはりあいつらに弱点が多すぎるからと言う事だ。
――――あいつらには分かりやすい弱点がある」
俺はそう言って地面に落ちている石を取って、ラースに渡す。
「これをあいつらに見えないようにして当ててくれ。フェフ隊の対処ならそれで十分だ」
「なんで騎士人形がそんなに事細やかにあの騎士の情報を知っているか本当に謎なの。それにそれが本当なのかどうかも判断出来ないなの。……怪しい事だらけなの」
「けれども……」とラースはそう言葉を付け加えて俺が渡した石を捨てて、弓矢を構えていた。
「……あなたの言葉で雪崩から助かったのも事実なの。それならばあなたの言葉を聞く事も真実かも知れないなの。だから試してみるなの」
そう言ってラースは弓を構えて、研究施設を守る騎士へと弓を構えていた。
その瞳からはまだ人を撃つ事に対して戸惑いなり慣れない事もあるようであり、いくら雪崩でアケディアを目を開けて撃てたと言ってもまだ完全にトラウマ解消という訳にはいかないようである。
――――だけれども、俺の瞳にはちゃんと映っていた。
"ラースはちゃんと瞳を開けて、相手を見て撃とうとしているという事を"。
「――――放てば良いなのね? 相手に気付かれない内に」
そう言ってラースは弓を放つ。
放たれた弓は山なりの軌道を取って、そのまま門番の2人の騎士の1人に当たっていた。
『がはっ!?』
『お、おい! どうしたー!? ま、まさか撃たれた!? て、敵襲! てきしゅーう! ……がはっ』
騒いでいるもう1人の騎士に、俺は石をぶつけてもう1人の騎士を倒して昏倒させていた。
そしてそのまま倒れさせて、俺は「よしっ」と言う。そしてアケディアが驚いた顔で倒れた2人の騎士を見ていた。
「え、えっと……ジェラルドさんの話ですと……あの人達ってどんなに強い相手でも5分は持たせる守りの騎士、なんですよね? い、一撃でやられていますけれども……」
「あぁ、確かにどんなに強い相手であろうとも、5分は持たせるように訓練されているよ。剣道基準で」
そう、あくまでも剣道基準。
相手が目の前に居て、相手が普通に剣を振って攻撃してくるという前提の元に成り立つ、非実戦向きの剣道基準において、どんなに格上の相手であろうともフェフ隊の騎士達は5分以上持たせる。
しかし、実戦ではその全てが成り立つとは限らない。
今回のように死角から不意打ち的に遠距離で攻撃される場合もあれば、斬撃を飛ばして相手にぶつけるという場合まで存在する。
あらゆる状況に対応するように努力し、鍛錬を重ねる。それが真の剣術だ。
「あいつらは守り、それも剣道という相手がきちんと相手してくれるという前提の元において、その真価を発揮する下級騎士。だからこそ、こう言った弱点もあり、それを直そうとはしているんだが……」
なににせよ、その辺りがあったからこそ、今回は簡単に侵入できる訳だが。
(騎士団隊長として、やっぱり情けないな。我が隊の下級騎士は)
俺は溜め息を吐く。もっとも錆びた人形は息など吐けないが。
「……さて、面倒な見張りも倒したなの。早く侵入しましょうなの」
「……!? も、もも、もう侵入するんですか! ま、まま、まだ心の準備が出来ておりませんが!? すいませんすいません、だけれども後3年待って欲しいです!」
「長すぎて待てないなの。それにここを逃せば、相手側に警戒されてさらに侵入が難しくなるだけなの。
……それにあなたは戦力として数えておりませんなの?」
的確すぎる、アケディアを要らない子扱いした彼女の言葉を受けて、アケディアは体育座りで分かりやすく落ち込んでいた。
だが、実際に俺もその通りだと思うからなにも言えないがな!
「さて、入ろうか」
こうして、俺達はユーリ・フェンリーの住処へと足を運んだのであった。
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