彼女とどれだけ近付けたのか
アケディアを使って、蒼い炎を纏った巨大狼を雪崩と共に倒した俺とラース。
雪崩の中から助け出したアケディアは文句たらたらと言った表情であり、作戦を考えた俺と実行したラースに対して文句を垂れてきた。雪崩を引き起こした原因がそもそも彼女自身が原因なのだが、言い訳無用でまったなしと言った様子でただただ俺達は2人揃って彼女の、ちょっとずれたお小言を聞く羽目になった。
まぁ、アケディアの怒りもそう長くは続かず、最後には雪崩に巻き込まれたせいでひいたのであろう風邪で大きなくしゃみをして、その場はお開きになった。まぁ、ラースの方も雪の上で座らされて、寒さで風邪をひきそうだったのだが。
アケディアに怒られた事はまぁ良いし、そのおかげでラースから「まぁ……仲間くらいだったら認めてやろうなの」と言うありがたい言葉を貰ったので、全体的に見ればプラスと言えよう。
俺はと言うと、風邪をひいたのであろうアケディアとラースと違って、鉄の人形という魔物の身体のためなのかは分からないが寒さを感じなかった。まぁ、ラースに指摘されるまで自分が蒼い炎を使っていた事に気付かなかったという点から見ても、俺には感覚がないみたいである。
正確に言えば剣を握っているという感覚はあるから、痛みを感じる痛覚と温度を感じる温度覚の2つがないと言えるのだが、これを利点といえるかどうかは微妙だ。
痛覚が無いという事はこれから先、多少身体の無理をしても戦えるという利点があるが、それと同時に自分自身ではどれだけ痛々しい状況になっているのか分からないという難点もある。温度感覚も同じように、自分が気付かないうちに焼かれたり、凍らされたりするのを考えると良いとは言えない。
(……感覚が無いって言うのは、あまり喜んでばかりもいられないな)
とある話によると、王国の暗部では拷問の際に五感−−−−視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚といった人間の感覚を魔法などで少しずつ奪っていくんだそうだ。感覚を奪うことで精神的に不安定な状態を作り出して、精神狂乱の状態にさせて必要な情報を聞き出す手段があると言うのだが、五感を失った人間はどんどん人間離れした怪物のような精神になるんだとか。
(とすると、俺の精神もそのうち魔物のようになってしまうのだろうか?)
出来れば、そうなる前にマルティナ姫様やヴォルテックシア王国の者達の顔を見たいものだ。
「……どうかしたなのか、人形騎士」
「いや、なんでもない――――って言うか、人形騎士って俺の事か?」
「何を可笑しな事を言ってるなの。変な人形の騎士気取りの魔物、略して人形騎士なの。良いニックネームだと思いますなの」
「そう……だな。略す前と比べるならば、そっちの方が良いあだ名だと言えるかもしれないな」
なんだよ、変な人形の騎士気取りの魔物って。
俺はそんな風に見られているのか? 騎士気取りなんかではなく親衛隊長まで登り詰めた、本当にその騎士様なのだが今彼女に言っても信じて貰えないだろうなと思える。
(騎士気取りってのは、本当に勘弁して貰いたいがな)
まぁ、ともかく俺としてはラースと軽口を叩けるくらいの仲になれたのが収穫であると言えなくもないが、それと同時に俺達はあるものを失った。それは馬車だ。
商人は俺達を捨てて、そのまま次のツバイト村か、別の場所へと向かって行ってしまった。
あんな巨大狼と出くわしてしまったら、その場から逃げ出したいという気持ちも分からなくはないのだが、貴族だと思い込んでいる俺とアケディアを捨ておいて逃げて欲しくはなかった。
おかげで、ツバイト村まで歩いていかなくてはならなくなってしまった。
「……うぅっ、これからは歩きしかないみたいですね。雪崩に巻き込まれて、さらに次の町まで歩かされるだなんて思っても見ませんでした」
「喋っていなくても良いなのから、早く歩いて欲しいなの。ただ喋っていても、目的地までの距離は変わりはしないなの。ほら、さっさと歩くなの」
アケディアは文句垂れ垂れだが、ラースが諌めてくれるので問題はない。
「……とりあえず、次はツバイト村の研究施設に向かえば良いんだよな」
「そうなの。まぁ、研究材料として向かう事は出来なくなったなのが、その分相手にダメージを与える事は出来たなの」
頼んでいたはずの研究材料が届かない、それもまた相手の気持ちを削ぐには十分な事である。
特に相手が研究者気質の人ならばなおさらである。
「うぅ……騎士気取り人形さん、歩きすぎて足が棒のようになってしまいました。どうせ人形なんだから、おぶってくださいよ~……」
「おい、なんだか色々と雑になってるぞ。最初の頃はジェラルドさんみたいに呼んでいたのに、どうしてそこまで距離を詰められるのかが俺には理解出来ないよ」
「あぅ……! そ、そうですよね、馴れ馴れしすぎましたよね。
ごめんなさいごめんなさい痛くしないでください反省していますのでもう勘弁してくださいつい出来心だっただけなのですごめんなさいごめんなさいジェラルドさんすいませんでしたすいませんでした」
「……もう良いから。ただ騎士気取り人形だけは止めて欲しい」
そう言うと、しきりに何度も頭を振って頷くアケディアさん。
……俺をあだ名で呼べるくらい気軽に、それだけ積極的に戦闘にも出て欲しいものだが多分彼女にとってはそれは出来ないだろうな。
いや、本音を言えばただ壁になるだけでも十分良いのだがな。
「そう言えば、騎士人形」
「どうかしたか、ラース?」
「彼女は――――戦闘に使えそうですか?」
アケディアを見ながら、そんな事を聞いて来るラース。
確かな肉体的な才能こそあるけれどもそれを満足に使いこなしてるとは断じて言えないであろう、アケディアを見ながら「無理でしょうけれど」と付け加えていた。
「まぁ、無理でも今はそれで良い」
どうせ次の村に行けば別れる事になるだろう。
彼女が着いて来たのは自分を守る物が必要だったから、ただそれだけなのだから。
まぁ、これ以上一緒に着いて来るのならば考えるけれども、それは彼女自身の問題であって彼女が分かれるのならばそれで良い、けれども彼女が着いて来るのならばそれはそれで良いと思う。
その際は少しばかり力になって欲しいとは思うのだが。
(はてさて、どうなる事やら……)
そんな事を考えながら、俺達は次の村へと歩みを続けた。
そして3日後、遂に俺達はツバイト村へと辿り着く。
ラースの親友とも言うべき妖精、インヴィディアを連れ去ったユーリ・フェンリーが居る村へ、俺達はようやくたどり着いた。
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