彼女はどこに勇気を振り絞ったのか
奇形児と言うのは、誰しも自分に自信がないものだ。
そもそも望まれて生まれて来た訳ではなく、生まれた後も迫害、暴行、虐待、からかいと言った行為を受け続けていた。
全てに誇りを持つ事もなく、なにかを自負する事もない。
自慢になるところを持ち合わせていないと思っており、プライドというものが育つ事もなかった。
矜持も、自尊心もなく育っていく者達が、奇形児と言う人間扱いされない者の生き方というものだ。
特にアケディアはその中でも特に顕著な者であった。
他の亜人よりも人一倍硬い鱗を持っているからこそ、他の人間達に人一倍虐められて、他の者達よりも人一倍精神的に傷付いていた。
だからこそ彼女は人よりも痛ぶるようになった。人よりも泣き虫になって、人よりも臆病になってしまって、人よりも"なにかと戦う事に遠慮するようになってしまった"。
なにかと争うことを避けるようになり、なにかが向かって来ると泣きまくって。
簡単に言ってしまえば、戦いなど闘争に対して臆病になっていた。なにかと争う事もせずに、なにかと向き合う事もなくなったと言うことである。
なにかと向き合う事もしない人間は、全てに対して無気力になったのと同義である。
困難があれば自身の精神を無理矢理奥に引っ込めてまでなにもしなくなった彼女は、全てに対して諦め、自身の成長を望まない亜人であった。
そんな彼女には自身の名前の通り、『怠惰』という言葉が相応しいであろう。
☆
「う、ううっ……」
私が目を開けると真っ白な光が視界を覆っていた。
その明るさが段々と慣れていくと共に、私は自身の身になにがあったのかを気配や雰囲気からなんとなく理解していた。
(こ、これは……な、なにか、悪い事に巻き込まれてしまいました……)
人一倍戦いが嫌いな私は、人一倍戦いの気配に敏感である。私の周囲には私を殺すための殺意に満ち溢れた"なにか"に満ち溢れており、多分私の近くにあると思っていた。
《グルルルゥ~!》
(ひ、ひぃ~!?)
そして今の唸り声によってその相手が、あの時の巨大狼であると分かった。
ラースに憎しみを持って睨み付けていて、ジェラルド・カレッジが騎士として戦っていた、蝶の仮面を付けたあの化け物狼が何故、自分をさらったのかは理由がさっぱり分からなかった。
巨大狼と戦う気持ちは一切なかったはずなのに、どう言う事なのだろう?
《グルルゥ~!? ガゥガゥ!》
「え、えっとそんなに怒らないでください~」
恐らくこの狼は目的の人物を捕まえるつもりが、間違えたのか分からないけれども私を捕まえたらそれはあまり気分が良くないだろう。
どうしてこの巨大狼がラースさんに固執するのは分からないけれども、今の状況は非常にまずい。
(うぅ……なにか言いたいのは私の方ですよ……)
私はそう思いながら自身の身に落ちた、この状況をどう解決するかを迷っていた。
今この場には私を助けてくれたジェラルドさんは居ません。ラースさんも居ませんし、女死神さんはもう居ません……。私を助けてくれる人は、どこにも居ません。
「どうしよう……」
誰も助けてくれない。
誰もどうするか教えてくれない。
誰も……してくれない。
「……しかたない、か」
傍観者で居たかった。
被保護者で居たかった。
奴隷で居たかった。
守られる側で居たかった。
誰も傷つけたくなかったし、誰とも戦いたくはなかった。
奴隷として誰かに命令されて生きたかったし、一生なにもしないで生きていたかった。
誰かに守られる安心感、そして誰かと一緒に居たいと言う幸福感。
結局、私は怠惰で、アケディアで居たかったのかもしれない。
無力で居る事に慣れ切ってしまっていて、無気力にある事こそが自然な振る舞いであると染みついてしまっていた。
けれども、ダメなのだ。
いつまでも塞ぎ込んだってなにも状況は進展しないし、なによりこれ以上居ても状況に進展する事はないと思いました。
(逃げよう……そう、一人で)
だから私は行動に移しました。そう、これこそ私の、今まですべてに頼り切っていた私が見せた初めての、"勇気"だったのかもしれません。
その勇気の内容が、敵から逃げ出すと言う勇気にしては物凄く後ろ向きな事だったけれども、それでも私にとってそれは勇気を奮い立てねば出来ない事だったのだから。
(ま、まずはどうにかして、巨大狼の隙を見つけないと……。それから逃げるための場所を見つけないと……)
私はそう思いながらゆっくりと顔を上げていた。
顔を上げると、蝶の仮面を付けたあの巨大狼が巣に陣取っていた。どうやら目を傷つけられたらしく、周りをきちんと把握出来ないみたいでこれは私にとってチャンス。
それからどうやら、今居るのはあの狼の巣であって、巣ではないみたい。側にはこの巣の本来の持ち主である鳥達の死骸が落ちている。
(うぅ……は、吐きそうです……で、でもバレちゃいけない)
あの巨大狼は鼻はさほど利くわけではないみたい。だから気付かれないようにしなければならない。
声を消して、臭いも消して、気配も消す。気配を消して、自分の存在感を消すのはいつもやっている事なのでさして問題はなかった。
ゆっくり、焦らず、私は逃げる場所を探して行く。どうやら狼は派手に暴れたみたいで、巣の多くの部分が壊されて穴がいくつも開いていた。巣に開けられた穴の一つが大きく外に向かって開けられていて、外に繋がっているようであった。
(あの穴から脱出、出来るかな……?)
そう思いながら私は、巣に落ちていた小石を取ってゆっくりと穴に向かって歩いていた。巨大狼は巣に座り込みながらも、《アォ~ン! アォ~ン!》と大きな唸り声をあげていた。
(どうしてあんなに唸り声をあげているんだか……って、なに、あれ!?)
巨大狼が大きな声をあげると共に、蝶の仮面が怪しく光って青い火炎が燃え上がっていた。
そしてかの狼を包み込んでいる青い火炎が顔全体を包み込むようにして燃えて、そして目元の傷が火炎と共にどんどん塞がれていった。
(あっ、青い火炎が傷を治して行くだなんて!? は、はやくに、逃げませんと!?)
狼の顔面が燃え上がって傷が治っていく事に対して驚いて焦ったのが、問題だったみたいである。
パキッという、足元で踏んでしまった枝が折れる音が巣の中に響いていた。その瞬間、「しまった!」と言う顔を私はしていた。
《ガウッ?!》
「ひ、ひぃっ!」
巨大狼が音に気付いてこちらを見る。その顔は青い炎で再生途中なのか、顔の右半分がただれたようにして再生されていて、左半分は青い炎と共に焼け焦げるようにしてうねうねと再生していってる。およそこの世の者とは思えないその姿に、私は「ひぃっ!」と小さく声を上げる。
「やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい……」
やばいよ! 私、あんな化け物……いえ、あなた様と戦うつもりはないんです!
わ、わたしはただ逃げ出すために勇気を振り絞っただけでありまして、あなた様と戦いたいと思っている訳ではございませんからね!
だから、出来るならばそんな厳しい視線で見つめてみないで貰えませんか?
《ガウッ! ガウガウッ!》
そう言って巨大狼の全身が青い炎と共に覆われていて、青い火炎が身体に触れるようにして狂暴な化け物の姿となって燃え上がっていた。そしてそのまま、私の方に飛びあがって襲い掛かって来ていた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! や、やめてくださぁぁぁぁい!」
そう言って私は脇目も振らずに、穴から逃げ出していた。
「だ、だれか助けて下さぁぁぁぁい!」
私の事を助けてくださいませ~!
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