怪物はいつ襲い掛かって来たのか
それはラースがジェラルドを問い詰めていて、商人が青い炎をその身に纏った大狼を発見する少し前。
大きな狼となった素体、ハイエナウルフはぺこぺこになった腹を抑えながら、腹いっぱいになるために次の獲物を探していた。
ハイエナウルフという魔物は自分の力では戦わずに、自分の力だけでは決して獲物を取らない、他人が取った物を奪うと言う漁夫の利を狙う事を常としている魔物である。
どうして自分では獲物を取らないかと言う疑問は自分以上の魔物が生息圏に多く居た事とか、異常なまでの面倒臭がり屋だったのかとか、色々と解説はあるのだがとにかく言える事は一つだけ。ハイエナウルフは自分では獲物を取らない、臆病者であるという事である。
自分の手を汚さず、獲物を奪うと言うその姿勢から、「他人から利益を奪う者」という意味で「ハイエナ」という言葉が生まれたくらいなのだから。
とにかくそのお腹を空かしたハイエナウルフはと言うと、ハイエナウルフらしく自分で獲物を取ると言う事を考えずに、どこに獲物が居るのかを考えながらその辺をさまよっていた。
《ガゥガゥ~。ガゥ~。
(あぁ~、お腹空いたな~。どこかに美味しい獲物、落ちてないかな?)》
そうやって歩いていると、なんだか美味しそうな獲物のにおいが感じられた。しかもそれが獲物がほとんど生きていないにおいなのだから、ハイエナウルフにとって渡りに船という感じであった。
《ワォ~ン! ワォ、ワォ~ン!
(やった、久しぶりの獲物だ~!)》
大喜びで、ハイエナウルフが向かうとそこには狼の魔物の死骸があった。
一番美味しいお腹の部分はもう食べられてしまっていて、ちょっと腐りかけていたが、ハイエナウルフとしてはそんな事はどうだって良かった。
食べ物か、そうでないのか。ハイエナウルフにとって重要なのはその一点だけなのだから。
《ガゥガゥ~、アォ~ン!
(いっ、ただきま~す!)》
ガブガブ、ムシャムシャ。
数日振りのお肉を食べていると、いきなり自分の身体になにかがへばりつく感覚があった。振り返ると自分の身体に青い紙が貼りついているのが見えた。
《ガゥッ!?》
うざい! と引きはがそうとするも、全く取れる気配がない。そして頭の中に声が響いてくる。
【従エ】
《ガゥッ!?
(えっ、なに!?)》
慌てて辺りを警戒するも、誰も居ない。けれども言葉は頭に響いてくる。
【従エ】
【我ノタメニ働ケ】
【チカラヲ授ケヨウ】
頭の中に響いて来るのは、生きるための獲物を他者にゆだねるという戦い方をしているハイエナウルフには考えた事のないような、自分のために働けと言う強い意思を感じる作りであった。
【戦エ】
【ダークエルフヲ見ツケ出シ、我ニ捧ゲヨ】
【サァ、早ク行動セヨ】
【早ク】
【早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク】
最初こそ抵抗の意思を見せていたハイエナウルフだったが、段々と抵抗する意思が弱くなっていって、最終的にはその身を謎の声に任せていた。
【ヨロシイ】
【デハ、始メルゾ】
そんな声と共にハイエナウルフの身体が青い炎に包まれる。
磨かれず何も引っかけないようになっていた爪は鋭く磨かれた黒い爪に変わり、柔らかそうだった痩せ細った身体は硬い毛に覆われた巨大な身体へと変貌を遂げていた。
【ソシテ、我ガ配下トシテコレヲ授ケヨウ】
最後の仕上げとして、巨大な銀狼となったハイエナウルフに黒い蝶をモチーフとした、不気味さを放つ仮面が付けられる。
【サァ、イケ】
【我ガ配下トシテ任務ヲ果タセ】
《アォォォォーン!》
そして大きな雄叫びを、新たな姿となって生まれ変わったハイエナウルフは大きな産声を上げるのであった。
☆
「あれは……狼型の魔物か?」
俺は荷馬車から降りて、剣を取り出して目の前に現れた剣で俺は敵である魔物を睨み付けていた。
大型の灰色狼。そいつは硬そうな灰色の毛、敵を倒すための牙や爪を持っていた。
そいつの雄叫びと共に森から現れた灰色の狼型魔物――本来は自分では狩りを一切しないハイエナウルフ達がその巨大灰色狼の声に釣られるようにして付き従っていた。
《ガルルゥ……》
巨大灰色狼は俺達には一切見向きもせずに、商人の馬車をじーっと睨み付けていた。
「ひ、ひぃっ! い、命あっての物種だぁ~!」
「あっ、こらっ!」
馬車の持ち主である商人はと言うと、襲ってこない事を良い事に森の中へと逃げ出して行った。
こいつらは襲わないかも知れないが、逃げ出した際に別の魔物に襲われる可能性も高いと言うのに……まぁ、正常な判断が出来ていないとも言えるが。
「逃げ出したならばちょうど良いか……」
俺はそう言いながらわずらわしかったフードを取る。
「……ま、魔物!?」
フードを取り、人形の身体の姿を見せると荷馬車からこちらの様子をこっそり見ていたラースが声を上げて驚いていた。
「そうだ、俺は魔物だ。だが、人間の意思を持っている」
「……??」
困惑するラース。いきなり言っても信じて貰えない、か。
今の今まで怪しすぎたから、しょうがない。
《ガウッ! ワォ~ン!》
と、そんな事を思っているとラースを見た巨大灰色狼に異変。
いきなり大きな声をあげて叫んだと思えば、付き従っていたハイエナウルフ達のうちの2匹がラースの元へと向かって来る。
「ラース! 狙いはお前だ! 逃げろ!」
「魔物の言う事なんか、誰も聞きませんなの!」
べぇ~、とむかむかした怒り顔で反論して来るラース。だが自分の危機なのは分かっている様子であの赤い炎の弓矢を向かって来たハイエナウルフへと放っていた。
《キャイン!》
ザクッと、弓矢は見事にハイエナウルフに命中。そしてフラフラと歩いていたが、やがて糸が切れたようにその場で倒れる。
「もう一発」
そう言ってラースは向かって来ていたもう一匹のハイエナウルフに当たり、これまた同じように悲鳴を上げて倒れる。
「ほら! 魔物ならば、魔物同士で戦い合いなさいなの! あおいほのお同士で、実はグルなんでしょうなの!」
「……違うんだが」
今の怒って、我を忘れている彼女に何を言っても無駄だろう。焼け石に水、いや油を注いで引火させるような物だ。
(……ならば行動で示すしかあるまい。最初に描いていた危機を乗り切って、ラースの信頼を得ると言う状況になってしまって、なんだか複雑な気分だ)
最も相手は青い炎をまとった巨大な狼。そしてこちらは青い炎を使うから、敵方の仲間であると疑われている状況。
最初に想定したよりも、こちらの印象は最悪に近いだろう。
「さて、やりますか」
俺はそう言って剣を構える。
左手の3本の指を使って剣を掴み、右手は剣のつばの下を掴む。そして脇をしめて、そのまま剣を大きく上へと振り上げる。
「――――!」
《ガルッ!?》
すり足で一気に距離を詰めて、いきなり来た相手にビビっているハイエナウルフに対して、回避行動を取らせずにそのまま一撃。
「やぁっ!」
《キャイン!》
脳天目掛けて放たれた剣の一撃は、魔物の頭から一刀両断し、そのまま大量の血が飛び散っていた。
「次は――――そっちだ!」
俺は次の獲物を見つけると、今度はすり足で動きながら剣を上へと構える。
そしてハイエナウルフの前に立った瞬間、剣を落下させてエネルギーを武器に変える。
《キャイン!》
《キャイン!》
同じように3匹目のハイエナウルフも同時に倒すと、俺の姿を見て他のハイエナウルフ達はおずおずと森の中へと戻って行く。
本来、誰かが食べていた残りを食べて生きている魔物なのだ。戦闘経験や意欲がない事は分かりきった事で、こうやって実力を見せつければ、魔物としての本能から逃走を図るだろうとは思っていた。
問題は――それでも、ラースの事を睨み付けて逃げる気のない巨大灰色狼を、どうやって倒すかである。
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