妖精は騎士団長になにを問い詰めるのか
次の日の朝、俺は朝日を迎える前に馬車へと戻るとそのままフードを被って座っていた。アケディアは相変わらず俯いてぶつくさと何かを言っているばかりで役に立ちそうになく、ラースは既に定位置である荷物箱の中に戻ってしまっているようだ。
(まぁ、アケディアとラースの2人が魔力を扱う術を教えてくれるとは思えないんだけれども……)
ラースはともかく、アケディアが知っているとは思えないんだけれども。
――――けれども、魔力を動かす方法はだいたい分かり始めたぞ。まだ魔力を動かして、それを実践で使えるほどではないが、実戦でいきなり魔力を動かしていくよりかは良いだろう。
「すいませんね~、今から出る準備始めさせてもらいますね」
太陽が昇って、皆がわいわい騒ぎだした頃になって、馬車の持ち主である商人が宿屋から戻って来た。
馬車の荷台に居る俺達を見て「良く眠れましたか?」と聞いて来る商人に対して、「問題ない」とこごもった声で答えて置く。
実際はなにか考え事をしていたから夜通し魔力の訓練をしていたのだが、魔物の身体となって眠る必要がなくなった以上はもう良いんだけれども。
「では、早速出発させていただきますね」
そう言って、商人は馬を引いて次の村であるツバイト村へと向かって行った。
ガタガタと馬車の揺れを感じながら、俺は魔力を流す練習を始める。
何日も鍛錬をこなす事によって剣の上達が進むように、苦手な事やまだやりていない事は積極的にやるべきであろうという信念の元、俺は魔力を身体の中に流していく。
ただ魔力の流れを絶えず、身体の中に通すというだけの単調な修練を自分に課して、俺は自分の目を閉じて瞑想へと入る。
(よし、魔力を流していくぞ……)
応用や発展系は夜の誰も見ていないうちにやっておいて、日中の人目があるうちは昨日までのおさらいにしておくべきだろう。
そう思いながら俺は心臓の辺りにある魔力の塊を身体中に流し込んで行く。
まず魔力を身体の下の、右脚の辺りに通して行く。右腕を通って頭の辺りへと向かって行くと共に、今度は左側を通りながら心臓へとまた魔力を戻して行った。
心臓、右脚、右腕、頭、左腕、左脚、心臓という道筋を通る事を感じながら動かす訓練を目を瞑って続けて行って、魔力を水のように流していって身体に魔力を馴染ませていく。
慣れ始める前に今度は心臓、左脚、左腕、頭、右腕、右脚、心臓という逆回転に魔力を流すようにしていきながら、身体に変な癖を覚えさせないようにしていく。
(ふむ、魔力の修行に関してはこんな感じで良いだろう。このまま修練を続けよう)
俺はそう思いながら今度は魔力を上半分――――心臓、左腕、頭、右腕、右脚、左脚、心臓という順番になるように流そうとした所で、「あの……」と声をかけられる。
なんだろう、と俺は魔力を流すのを一旦止める。慣れていない以上、片手間でやると大変な事になると思いながら俺は魔力を止めたのである。
そして目を開けて、声をかけてきた人物の方を見る。
「えっと、確か寝なければならないんじゃなかったんですか? ……ラースさん」
――――俺に話しかけて来たのは、親友であるはずのインヴィディアを助けるために力を蓄えて眠ろうとしていた、ダークエルフのラースであった。
俺を見つめるその瞳は真剣さそのものであり、そして彼女の手には紅蓮の炎を思わせる弓を昨日と同じように俺に突きつけていた。
しかし、昨日と違うのは"その弓に弓矢があてがわれていたこと"である。その上弓矢の矢尻には毒が塗り付けられていて、本気で相手を殺す事を目的としていた。
昨日のはただの脅しではあったが、今日はそこに相手を倒すという明確な意思も入っていた。
「おい、何の真似だ?」
「静かにしてください。この毒は人間が喰らうと麻痺してしばらく動けなくなりますよ」
――――今、ラースは俺を怪しんでいて、場合によっては殺そうと思っている。
完全に敵対の意思を見せたラースに対して、俺は懐の剣に手を伸ばしていた。
俺の身体は錆びた人形と言う毒が効かない魔物ではあるのだが、それをラースは俺が人間だと思って毒を使って殺そうとしているのだから相手の敵対意思は強い。
いつでも相手する事が出来るように構えつつ、俺はラースを警戒させないように言葉をかける。
「昨日、俺達はお互いに自身の目的を話し合ったはずだ。俺は《蒼炎》という青い炎を操る相手から王国を守るために旅をしていて、貴方は助けたい友人が居るからこうやって馬車の荷物として紛れ込んだと言う話をしたじゃないですか。それがなんで、今こうして弓矢を突きつけられると言う状況になるんですか?」
「……それは、あなたが嘘をついているからなの」
「嘘? 嘘とは一体、何の事だか見当がつきませんね」
確かに、《蒼炎》が俺の身体を奪った事や俺が魔物である事は彼女には秘密にしているので、嘘と言えるかもしれない。
けれども『俺が魔物である』と知っているなら、こうやって弓矢を突きつけている事自体おかしい。
相手が魔物だと分かった時点で斬りかかっても可笑しくはないし、なにより魔物相手に効く毒を用意するはずである。人間相手に麻痺程度に済む毒で済んでいる事自体、不自然だ。
結論として、ラースは別の事を怪しんでいる。
だが、それは一体なんだ? 俺は昨日、その2点だけは嘘や誤魔化しと言われても可笑しくはないと思うが、それ以外はきちんと事実に基づいて話していた。
なのに、どうしてそんな事を聞くのだろうか? 全く意味が分からない。
「……白を切るなら仕方がありませんなの。
では、単刀直入に――――あなたは"あおいほのお"をどうして使えるかなの?」
「――――!?」
「どうしたなの? 早く答えろなの」
「いや……それは……」
俺は言葉に詰まる。
何故ならそれは、身に覚えのない事だからだ。
俺が青い炎を使える? なんだ、それは? 俺自身知らないぞ。
俺自身が知らないのだから答えようがない。
「私はあなたがあおいほのおを使っているのを目撃しているなの」
「……?! い、いつ!?」
「時間を聞いてどうするつもりなの? まさかその時間はその場所に居なかった……なんて、ちゃっちい事を言い出すのは分かりきった事なの。その質問に答える義務はないなの」
俺は彼女に問い詰められながら、自分が青い炎を使ったのがいつなのか。
自分の昨日の記憶を思い返していたのだが、何度自分の記憶を思い返しても自分が青い炎を使った場面が思い返せず、そして俺の答えが出ないまま考え込むごとに彼女の弓が放つためにどんどん引かれて行く。
「言い訳はしませんか……なの?」
「そ、そう言う事では……」
「怪しい……。もしや《蒼炎》という者を狙っている事自体が嘘なのかもしれないなの。《蒼炎》という人物はこの世に存在しない、もしくはその者と手を組んで私を嵌めようとしているかもしれないなの!」
もう彼女にどんな美辞麗句を並び立てた所で、その弓が放たれるのを止める事は出来ないだろう。
(止むを得ない、か……)
そう思って全ての真実を明らかにしようと、フードに手をかけたその時だった。
《アォォォォーン!》
道の前方から、大きな狼の鳴き声が聞こえてきた。
魔物の襲撃かと思ったのだが、次に聞こえてきた商人の言葉でそれがただの魔物でない事を知る。
「あ、青い炎を纏った狼だー!」
「「青い炎!?」」
俺とラースは荷馬車から顔を出すと、道の前方には大きな狼が俺達の前に立っていた。
全ての敵を刈り取るための爪、相手の身体に深く突き立てるための牙。全身は硬そうな灰色の毛で覆われており、獲物が来るのを今か今かと待ち構えていた。
しかし、注目すべきはそこではない。
その灰色の巨大な狼の顔には不気味さを感じる黒い蝶の仮面が付けられており、その仮面からは大量の青い炎が放出されていた。
《アォォォォォォォーン!》
狼が高らかに吠えると共に、森の木々の間から小さな灰色の狼達がどこからともなく姿を現す。
完全に獲物として見られた俺達。
そして青い炎をまとった狼を中心とした、狩りが始まった。
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