夜中に彼はなにを訓練するのか
前回から1週間後に投稿で申し訳ございません。本来の4日後である火曜日は用事があってストックがなかったのです。楽しみにされていた方には悪い事をしました。
"眠れないからなにかをする"と言うのは、俺が人間の頃から良くしていた事だ。
重要な会議や作戦の前日などで俺は緊張……と言うよりかは、興奮のあまり眠れない事が多くて、夜中に起きている事が多かった。だから、時々夜中に起きて雑念を振り払うために剣の修練をした物である。
死んで錆びた人形と変わった後でも、その事はあまり変わらなかったみたいである。
(……っと、ここら辺で良いか)
ちょっと歩いて、俺は月明かりが良く輝く草原を見つけた。
この辺りは木々の枝や葉が少ないみたいで良く光が輝いて、剣の修練には丁度良いだろう。今日はここで修練とさせていただこう。
真っ暗な中で剣を振っての修練も精神面を鍛えられ、さらに目が効かない場所での戦闘に役立つのかもしれない。
けれども今やりたいのは、ただ剣を振るっておのれの精神に焼き付いてしまったアクを拭うと言う事である。暗闇でやる意味はないため、こう言った光が当たる場所でやれる事は嬉しい。
(最悪、見つからなかったら適当に暗闇で振ろうと思っていたからありがたい。馬車で休んでいたんだ、全力で修練させて貰おう)
俺はそう言って鞘から剣を抜いて、小指・薬指・中指の3本の指を定位置において構える。
足は左右並行で握りこぶし一個分ほど空かせ、左足のつま先が右足のかかとに来るようにする。両足ともかかとをすこし上げて、左足は爪先立ちにする。
仮想上の敵を思い浮かべ、そしてその敵の身体の中段に当たる事を意識してもう片方の右手でも強く握りしめ、そのまま剣を振るう。
「はぁっ!!」
俺が剣を振り降ろすと共に、剣を握りしめていた右手で捻りという横回転を加える事によって生まれた回転エネルギー。
そのエネルギーが剣先を通して、渦を持ったカマイタチとなって前方へと放たれる。放たれた渦は木々に大きな穴をあけて、やがて消えていく。
「う~ん、まだまだ改良の余地があるな。せめてカマイタチを後もう少し大きくして、木々をなぎ倒すくらいの強さじゃないといけないな」
これはまだ完成形ではない。
確かに剣を振るうだけで木に穴を開ける事は普通の剣士や騎士だったら凄い事かもしれないが、王国騎士団――――その親衛隊長レベルともなるとこの程度で満足してはいけないのだ。
魔法が使えない以上、俺は剣のみで。魔法を使う猛者達を相手にしなければならないのだから、こんなものではまず彼らと対等に渡り合えない!
「……いや、待てよ」
そうだ。俺が魔法が使えなかったのは人間の、あの身体が原因なのかもしれない。
それならばこの魔物の人形の身体ならば、魔法だって……いや、せめて身体教化系の魔法くらいならば使えるかもしれない。
「試してみるか。確かこの前、火炎を使うウルフヘズナルの身体の一部を持って来たんだよな。腕として付け替えてみようか」
錆人形に布として被せられた《蒼炎》の魔力は既に失っているだろうが、それでも魔法を使える回路は残っているだろう。
俺はそう思いながら右手の腕を取り外して、今度は《蒼炎》の力が宿った黒く焦げてしまっている錆人形の右手を取り付ける。
「回路は……腕の方はしっかりと繋がってると分かるが、魔法はどうなのか分からないな」
肉体的な繋がりは指が一本一本動くかどうかという見た目で判別が出来るけれども、魔法を使った事がない俺は魔法が使えるかどうかなど判別が出来ないのである。
「と、とりあえず、確か魔力はこ、こうすれば活性化するんだっけか?」
魔力が使えないと言われた俺は、早々に魔力を扱う事に見切りを付けて剣を振るう事ばかりしてきたから、どうやって魔法を使えば良いか分からないのだ。
魔力を使う事だってあまりに昔すぎて、さらに使えない興味がない話題だからと勉強してないからな……。
「確か……イメージが大切だったか? 魔力が全身に行き渡る感じをイメージするのが大切だと……こ、こういう感じだろうか?
え、えいっ! ど、どうだ!」
剣を振るうのとまったく違う。
まるで見えているけれども一切触れることが出来ない霧を相手にしているような気分である。
「霧、か……。確か剣術で霧を斬る時は回転を加えて、霧を巻きこむようにして……」
《ドクン!》
「んっ……? 今、身体の中で血液以外のなにかが動く感覚が……も、もしや今のが魔力の動きと言う奴か!?」
なっ、なるほどだな。身体の中で血液を動かすように、魔力を渦として動かすのがコツなのだろうか。
これが本当に正しい魔力を扱う方法なのかは分からないのだが、とりあえず教えを請うべき教官が居ない以上、我流でやるしかないだろう。
「では、魔力を回転させて……いや、いちいち身体を動かすのも変だな。身体の動きと魔力の活性化を連動させてしまうと、身体が動かない状態になった時に魔力を使いたくなると不便だ。連動させて覚えてしまうとややこしいから、この方法は避けるべきだろう」
となると、身体を動かさずにやるから、これは精神の修行と分類すべきだろう。
「なら、ちょっと座禅でも組むか」
騎士など、剣を学ぶ者にとって座禅は大切な物。
精神を、自身を律する為に一番良い方法は座禅以外あり得ない。
俺は草原の真ん中で座禅を組み、その瞳を閉じていた。
目を閉じるのは視覚情報に頼らず、ただ自分の身体に語りかける事には目で見ると言う視覚は今は必要ではないので閉じたのである。
「……さて、まずどうするべきか。とりあえず魔力を動かすのには渦として巻くのが一番速いと言うのは確かなのだが、さっきは身体を動かすのと合わせていたから今度は身体の動きなしでやってみよう」
目標としては身体を動かさずに、的確に自分が思うように魔力を動かせるのが一番だが、いきなりそれは難しいだろう。
まずは魔力を動かすのを重点的にやらせて貰おうじゃないか。
「渦を巻くイメージ……身体全体に力を行き渡らせて、その力を渦巻くようにして向かうのをイメージしよう。これならば……心臓を思い浮かべれば良いのだろう」
心臓とは身体にある器官の一つである。心臓には体内の血液を循環させて、絶えず体内の全ての器官を動かすと言う役目がある。
それと同じように自分の身体を動かしながら、魔力を身体に循環させて自身が心臓の役割を果たせば良いのではないのだろうか?
「よし、それを意識させてやってみるか」
俺はそうイメージして魔力を流して身体に循環させながら動かすイメージを……おっ、なんだか身体が熱くなってきた。
(身体を直接激しく動かしている訳でもないのに身体が熱くなる……これはつまり、魔力が循環していると見て間違いないな! やった、遂に魔力という物を使えるようになった!)
まだ操れているというイメージはないが、身体を循環させていると言う確信はある。
これならば馬車に乗っている間も魔力を活性化させると言う練習が出来る。剣が振れない以上、別の修練としてこれは良いだろう。
(よし、次はもっと激しく……そう、激流のように流してみよう)
《ドクンッ! ドクン、ドクンッ!》
意図して魔力の流れを速くしてみると、魔力が異常なまでに速く動いて身体が先程までの温かい良い発熱ではなく、燃える火炎のような激しい熱さが体内を駆け巡る。
(あ、あちぃ~! こ、これはダメだ! 早く動かし過ぎてダメになってしまっている。やり直して、元の流れに……)
どうやら魔力の流れを速くすると身体が燃えるように熱くなるが、これはどう考えても戦闘では役に立ちそうにない。この方法はしばらくお預けしておいた方が良いだろう。
(さて、次は身体の一部だけ流れを速くしよう。ちょっと難しいが……うっ、なかなか上手く出来ないな)
身体の一部だけ流れを速くすれば身体強化と同じ力になるのではないかと思ってやってみるも、狙った場所の流れだけを速くすると言うのは無理みたいだ。
右腕をやったはずが右肩、左腕をやっているはずが左足のように身体の左半分、右半分と同じならば多少の誤差はなんとかなるが、これが別の個所だと使えないな。右腕を強化したつもりが左足が強化されれば判断が動き辛くなるのも当然だろう。
(とりあえず、上半身と下半身で分けて身体強化とするか。今のまま、戦闘に使おうと思えば独学だとこれが限界だ)
身体強化系に優れた者は踏み込むタイミングでベストな個所だけ魔力強化を行えるらしいが、俺の独学では常に上半身か下半身を強化するのが精いっぱいと言う所だろう。
……よし、とりあえずこんな物か。
「よし、これで魔力が使えると言う事が分かったな。
……しかし、俺はなんで修練を始めたんだっけ?」
何か考え事がまとまらないから来たのだが……さて、果たしてなにをするつもりだったのだっけ?
全然思い出せない。まぁ、無理して思い出さなくても良いか。そのうちなんとかなるだろう。
この時の俺はまだ知らなかった。
実は魔力が身体から漏れ出していて、その漏れだした魔力が青い火炎の姿になっていたなんて。
「ま、まさかあいつもユーリの仲間だったかなの……。こ、これは寝てないであいつも用心して置くべきなの」
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