どうすれば彼女が納得してくれるのか
夜中、俺はフードを深く被って正体がバレないようにして馬車の中で眠っていた。とは言っても、ただ単に横になっただけで、眠りにはついていない。
(と言うよりも、睡眠が要らなくなったと言うのが正しい表現だよな……)
段々と、錆人形の身体を使っている内に身体が人間離れしているのが分かる。
人間の状態であった時は任務を妨げるとして邪魔くさかった眠気も、いくら待てども訪れない今を思い浮かべればあれは必要なんだと思えてくる。
少なくとも今は、俺は欲しいと感じていた。
(ただ純粋に助けたいという想いが、人によってはうっとうしいと感じてしまうか……)
騎士団に居た時はそうは思わなかった。
人を助ける――――それは王家と国、国民を守るために存在する騎士団にとって、人を助ける事は何も可笑しいと思ったことはなかった。
騎士団の皆が人を助ける事に対して非常に積極的であったり、逆に消極的だったりもするのだが、それでも人を助ける事に対して、疑問を持った者は居なかった。
だから俺もまた、人を助ける事に対して疑問を持ったりはしなかった。
見知らぬ相手であろうとも助ける事に対して、なんの疑問も持ったことはこれまでの人生でたった一度たりともなかった。
しかし、その事に疑問を問いかける者が――――ラースというダークエルフが問いかけて、俺は初めて人助けをする意味について考え始めていた。
(人助け……ね。そんな当たり前の事、考えた事もなかった)
剣士が剣を振るように、魔法使いが魔法を使うように、狩人が狩りを行うように。
生き物が息を吸うかのように、まったく普段は考えてない事だから――――常識として、本能的に考えていない事であった。
しかし今、それを考える時間は有り余るほどあった。
もし仮に俺が人間だったとしたら、考えもせずにただ眠って、起きたら気持ちを切り替える事が出来た。いや、前まではそうしていた。
難しい問題にぶち当たったとしても考える時間がなく、眠っている内に時間が解決していた。それは他の人によって解決した事もあれば、寝ている間に開き直った事もあった。
しかしこれまでの人生の中で問題に当たった時に、俺はその問題を解決するための策を本気で考えた事がなかった。
勿論、剣を振るう際はその剣で使う技をどうやって良くするかを考えたりしていたのだが、どうにもこう言った問題に対しては俺は一度たりとも本気で考えた事はなかった気がする。
(今がその時……ってか。折角だ、ちょっと考えてみるか)
眠気が起きない中、俺は「人助け」について考える事にしていた。
人を助ける。
誰かが困っていたり、助けを必要としているのならば、今まではそれを行う事は自然な事であると思っていた。
しかし、見もしない、名前しか知らない相手を助け出す事は他からしたらどう思うのだろう?
もし仮にその助け出したい相手が知り合いだったり、重要な人物だったりすれば話はまた変わって来るのかもしれないのだけれども、なにもないってのが問題なのだろうか?
(目的がないと、なにもしてはいけないのだろうか?)
そこに確かな目的がないといけないのだろうか?
ここで「実はそのルークは俺達の標的である男と関連がある」と言えば話はそれで終わりだが、その事は既にラースとは話し合った事である。ラースも知っている事だ。
しかし、完全に《蒼炎》とユーリの関係性が説明できない以上、何を言っても無意味である。
仮に説明出来たとしても、相手からしてみればこちらが裏切る可能性も視野に入れるだろう。
"いきなり現れたフードを被った男が、怪しげな話と共に自分の復讐を手伝いたいと言っている。
しかし、もしかしたらこちらが不利になると裏切る可能性もあるし、なにより信用に値するかどうかも分かっていない"
彼女からしてみれば今の状況はこう言う事である。
だからこそ、変に思えているのかもしれない。
(そうか……一番、大切なのは"信用"か)
俺の事をラースに、信用して貰えるかどうか。
本当に重要な事はその事なのかもしれない。
(なんだ、一番重要なのはそこか)
信用、信頼。
それさえあれば、こちらがどんなに荒唐無稽な言葉を喋り、どれだけ納得されない言葉で、どれだけ理解出来ない言葉でしゃべろうが、受け入れられてもらえる。
信用、信頼の2つをラースから勝ち取る事。
それが出来れば、もう彼女も俺達の言う事に悪い気を見せないだろう。
とりあえず方向性は決まったな。
「人助けをするための理由」、そんなのは最初からどうだって良いのだ。大切なのは俺の意思をきちんと相手に信じて貰えるかどうか重要なのはそこなのだから。
だけれども問題は……
「どうやってこの短時間で、信頼を勝ち得る事が出来るのか。と言う事だな」
まず、話で相手に信頼を勝ち得ると言う方法は使えない。
俺はそんなに頭が良いと言う訳ではないから、話で信用して貰えるのは難しいだろう。また、俺なりの言葉を持って信頼して貰うと言う方も考えられるが、それでは時間がかかり過ぎてしまう。
それに彼女はユーリから、インヴィディアを助けるために体力を温存したいと言っていたから、話をするために何度も起こしていると逆に信用を損ねてしまい、信頼が築けない危険性もある。
結論として、話で相手を説得するのは俺には無理だ。
(焦るな……他に方法がないか、考えるんだ。時間は有限にある)
まだ夜になったばかりで、夜明けにはまだまだ時間がある。
例え一つの方法がダメだとしても色々なアプローチの方法があるはずだ。
剣を振るう時だって縦がダメだったら横、それもダメだったら斜めや遠距離攻撃など方法はいくつもある。
(そうだ、剣だ)
俺には誰かを説得するという話術には長けていない事は確かである。だから話をして説得する事など、頭を使う事に俺は向いていない。
今までの生きて来た人生、俺が深く考えた事がない事は確かな事だ。話術などがあまり得意ではないのも、そう言った事に縁がなかったからだと思われる。
けれども剣は、剣術は違う。
魔法が使えなかった俺が打ちこんで、のめり込んで、人生をかけていたのが俺にとっての"剣術"。
だからこそ俺は剣だったら、誰にも負けないと言う自信を持っているくらい得意である。
ならば、その得意としている剣術を使えばラースに俺の事を信用して貰えるかもしれない。
(だけれども、剣を使って信用するってどうすれば良いんだ?)
剣の技を披露するのは……その前に、ラースを起こさないといけないからあまりしない方が良いな。
重要なのはラースを起こしても変に思われずに、なおかつ相手に俺の剣を魅せる事。ただ見せるだけではなく、虜にする方で魅せないと意味がない。
(となると、やっぱり一番簡単な方法としては……襲撃だよな)
魔物でも、山賊でも、なんでも良い。
なにかが馬車を襲えば俺が戦っても不審ではないし、ラースを起こすのにも可笑しくない。
誰でも考えるような、普通の方法である。
しかし、それを狙ってやるとなると難しい。
このエアスト村からツバイト村にかけての道の中で商人が馬車に襲われるという確率を待っているのはどうなのだろう?
「誰かが襲われるのを待っていた男が、見知らぬ誰かを助けたい」というのは矛盾してしまっているのではないだろうか?
(そう問われると……答えが出せないよなぁ)
俺は馬車に寝転がってそう思う。
結局、魔物や山賊に襲われるのを待つと言う方法は、今の俺にやる事はなくて待っているだけという結論だった。
「……あぁー、止めだ。止めだ。やっぱり考えていても仕方がない」
やっぱり俺に、何かを考えるという方法は向いていないようである。
仕方がない、眠気が襲ってこない以上、ただ寝転がっているよりも――――外で剣でも振っていた方が、よっぽど俺らしい。
俺はそう思って起き上がると邪魔だからとフードを取り払い、商人や村人に見られないように森の中を通っていく。
さて、どこか剣を振るうのに適した場所が見つかると良いのだが。
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