彼はどうやって新たな身体を手に入れたのか
顔が見えないくらいにまで深々と被った漆黒のローブに身を包み、スラッとした170cmくらいの女としては高い身体つきとそれに似合う長い手足の、幻想的な雰囲気の女。
ぷかぷかと浮かびながらこちらに迫って来る、キツネの仮面を付けた女は手に大きな銀色の鎌を持ってこちらを見ていた。
(お前は……死神、か?)
「えぇ、女死神と申します。どうぞ、よろしく」
伝説にて語り継がれる"死神"。この世の生き物ではなく、ただ生き物が死ぬ際に現れる死を司る神であり、死者をメイカイなどという別の世界に連れて行く神だとされているが、詳しい事は分かっていない。
なぜならば死神は死者の前にしか現れないし、多くの生者には見えないので、どういうやつなのかはよく分かっていない。
ともあれ、死神が現れたということが示すのは、たったひとつ。
「ジェラルド・カレッジさんですね。魂だけではありますが、少しお話をお聞きしてよろしいでしょうか?」
(俺は本当に……死んだん、だな? そしてこれから連れて行かれるんだな)
俺には後悔している事がある。と言うか、後悔ばかりである。
マルティナ姫様が無事に大人になるのを見届ける義務を果たしていないし、王族を守る職務もある。仲間の無念を、隊長として仇を果たしたいし。そしてなにより……
(俺の身体を持って行ったあの化け物を、俺は止められなかった)
あの蒼炎の化け物がいったい何者で、なんの目的で我が部隊を襲ったのか?
理由は知らないが、王家の皆に危機が迫っているのは確かだ。それなのに、俺は……俺は……。
「……らず、優しいんですな」
(……何か言ったか?)
「べ、べべ、別に! な、なにも言ってまちぇぬ!
ごほん。……それよりも何か勘違いしてるから言っておきますが、私はあなたをメイカイに連れて行ったりはしません」
(ち、違うのか? なら、何故……)
何故なんだ、と問うと、女死神はゆっくりと地面に降り立つと「捕まえるため」と答えた。
(捕まえる……? 何を?)
「それはあなたが知っているはずですよ。なにせ――――」
――――――あなたを殺した、男だから。
(……!? ど、どう言う事だ?)
俺がそう聞くと、女死神は事情を説明していた。
あの蒼炎をまとった奴、通称《蒼炎》は、元々は何百年も前に既に死んでいる死者であるのだが、ある時とある死神のミスにより、魂だけの状態で逃げ出したんだそうである。
それから色々な身体を転々としていたのだが、女死神は遂に《蒼炎》を追い詰める事に成功したのだが、
(《蒼炎》は俺の身体を乗っ取ってしまっていた後、だったのか)
「えぇ。死神の本来の役目は死んだ魂をメイカイへと送り、そして生者と死者の安寧を守る事。そんな私達が逃がした魂によって生者が死に、あまつさえ……さらに恐ろしい事をしようと企んでいる。
しかも、私1人ではどうする事も出来ない。なので協力者としてあなたに、協力を願いたいのです」
どうも、死神は死者の魂を刈り取る事にしかその能力を使ってはいけないという制約があるらしく、さらに今《蒼炎》が逃げ出した場所には死神は入れないみたいである。
人体を苦も無く浮かばせるという芸当をやっておきながらも、やはり出来ない事はあるようだ。
「それに、あなただってこのままでは終われないのではないですか?」
(それは……そうだな。確かに、俺はこのままはい や だ)
もし機会があれば、俺はやり直したいと思っていた。だから俺は……
(しかし、どうすれば良い? 俺は……魂だけだ。身体だってない)
正確に言えば俺の身体は、《蒼炎》によって奪われてしまった、が正しい表現ではあるのだが。
「生死のバランスを司る死神は魂と、その魂を入れる器さえあれば定着させる事が出来ます。
それに身体ならあるじゃないですか、そこに」
(そこにある身体って……まさか!? 俺の部隊の身体か! そんな身体、俺は使わんぞ!)
《蒼炎》によって殺され、この世を去ったとは言っても俺の部隊の面々は俺の大切な仲間である。
おじゃべりなポップス、マイペースなロック、心配性なファンクに皮肉屋のホップ。
その他の連中も、奴らの全てを許せるほどの仲ではなかったが、それでも同じ目的を持って、同じ釜の飯を食べて過ごして来た仲間である。
そんな仲間の奴らの身体を使うなんて言うのは、俺の気持ちが許せない。
俺がそんな強い意思を伝えると、女死神は「違いますよ」とそう答えていた。
「確かに人間の身体を使えればマシになるとは思いますが、今ここで死んでいる人間の身体は既にもう使えません。腐敗の泡が出来てしまっています。
この身体は完全に脆くなっているから使い物にはなりませんねぇ」
と、女死神は比較的マシな死体の1つを手に取って、それでもあまりに脆すぎてダメみたいである。
しかし、騎士達の身体が使えないとなるとどうするべきか……。
「死神として……無意味な殺生は出来ません。しかし、このままですと、あなたの魂は消滅してしまいます。なので、妥協案と致しまして……これはいかがですか?」
そう言って女死神が差し出したのは、
(ラスティードール……?)
そう、俺達がここに来た目的の相手、俺達が倒した鉄錆の人形の魔物である。
身体全体は良く出来た大量生産のように個性のない人形に似た形、全身が濃い茶色の鉄錆に覆われている。さらに今は掃討作戦によって多くの身体が壊れ、その場で転がっている。
魔物、それは世界の、人類にとって共通の悪魔。ある者は見るだけで殺意や憎悪といった感情を覚え、魔物被害によって滅びた国は多く存在する。
何も悪い事はしていない、そうしていなくても殺す。居るだけで迷惑な存在悪。それが魔物という存在である。
「……勿論、魔物に人間が良い感情を得ていないのは知っていますし、魔物の身体を使うのは抵抗があるかもしれません。この方法は決して良好な手段とは言えません。しかし、今は――――」
(……なるほど、魔物の身体か)
「……はい?」
魔物の身体とは考えなかった。
そうか、ただ単に魂を身体に入れるだけならば、そこに人間の身体か、魔物の身体なのかは関係ないのだろう。
魔物の身体、それも人形系の魔物ならば腐りもしないだろうし。
それならば、出来る限りマシな身体を選ばなくてはなるまい。そうでなければ王国に辿り着いたとしても、《蒼炎》から身体を取り戻せない。
俺達はラスティードールを倒したが、それでもまともなのも残っているはずだ。全員が全員、剣の達人だったと言う事もないのであり、中には五体満足の身体も……。
(おおっ、これなんか良いんじゃないか?)
俺がそう言って見つけたのは、唯一五体満足で残っていたラスティードールの身体。
腹に大きな穴が開いていし、他の個体よりも付いている錆がひどい気がするが、それでも両手両足が無事ならば、十分に戦えるだろう。
大きさも普通の個体は170cmくらいなのだが、これは他よりも5cm程度高く、俺の元の身体とほぼ同じ大きさである。これならば、元の感覚で動かせるだろう。
今必要なのは、動けるかどうかなのだ。
(なぁ、女死神、これなんか……って、どうした?)
「いえ、魔物の身体に入れられると聞いて、てっきり落ち込むか、受け入れられないかなって思ってたので。なんだか、楽しそうな様子なので、意外です」
楽しそう? それは違う。
王国と、姫様を救うための手段が他にあるのだとしたら、迷わずその方法を俺は取る。
例え自らの消滅と引き換えに《蒼炎》を倒す方法だとしても俺は迷わずその方法を選択していただろう。人間の身体があり、それに入れるならばその方法を。
しかし、今現状としては、ラスティードールの身体に入るという方法しかない以上、その方法を取るのが妥当だというものであろう。
(ともかく、出来るのならばさっさとやって欲しい。今、こうしている間にでも、俺の身体を奪った《蒼炎》はなにをしているか分からない。だから、今行かねば――――って、おい!)
クスクスと、女死神は笑っていた。
俺は至極真っ当にまじめに言っているのに対して、どうして女死神はこうものん気に笑っていられるのだろうか?
「いえ、あなたは……こうと決めたら一直線なんですね。では、早速やらせていただきましょうか」
そう言って女死神は俺が選んだラスティードールに奇妙な紋様を、ラスティードールの胸元の穴の近くに刻んでいる。
6枚の花びらが付いた、真ん中に炎の鳥が描かれた紋様であり、女死神が力を加えると共に紋様は赤い炎と共に燃えたぎる。
「赤い炎……輪廻転生のために、心機一転のための炎。
さぁ、この炎の中に跳び込んでください! さすればこのラスティードールの身体はあなたのものです!」
女死神の言葉に対して、俺はコクリと頷いていた。
(俺の身体を奪った相手が使っていたのが蒼い炎、そして俺が今から入るのは赤い炎の中か。
ふっ、どうやら俺には炎に余程縁があるらしいな)
だが、俺はやってみせる。
このラスティードールの身体と共に、必ずや己の身体と、王国の安全を取り戻す事を!
俺はそう言って、新たな身体に入るために、炎の中に身を投じるのであった。
活動報告にも書いていますが、次は4日後お届けいたします。
ご意見やリクエストなどがございましたら、感想にてお願い致します。
#9月3日。
ご指摘により、女死神とラスティードールの容姿描写をちょっとだけ追加致しました。