その刺青は彼らをどこへ誘うのか
ツバイトの村までという約束で、俺とアケディアの2人はとある旅商人の荷馬車に乗せて貰えたのであった。
しかしその荷馬車に積まれていた『研究用資料』と書かれていた箱、偶然その中身を俺達は見てしまったのだが……そこに入っていたのが――――まさかのダークエルフ。それも肩には持ち主を示すかのように青色に燃える炎の刺青がデザインされていた。
「……うぅ。一難去ってまた一難……いえ、もう私には幸運なんて来ないのかもしれないし、いや生まれた事自体間違いだったのかも……」
肩に描かれた青い炎の刺青を見てアケディアはいつものように、泣き喚きつつも頭を抱えていた。まぁ、これはいつも通りの事なので放って置く事にしよう。
最近、アケディアの事についてちょっと分かって来たがする。こうやって落ち込む事によって、彼女なりの精神的な休息を取っている……のだと思って、スルーしておこう。と言うよりもこれ以上、突っ込んでも先が進みそうにないからな。
そうだな、まずはこの箱に入ってあるダークエルフの少女の確認をしておくか。
「呼吸は……ちゃんとあるようだな。それから、どうやら眠らされているだけみたいだ。魔法ではなく、薬だから自然に目覚めるだろう」
腕に針の跡があるので、ここから眠らせるための薬が入れられたみたいである。
魔法で眠らされるのと、薬で眠らされるのとではまた話が全然違ってくる。
薬の場合はその薬が効いている間だけ効果を発揮しているだけの話で済むのだが、魔法の場合はまた話が変わって来る。一瞬だけ魔法で眠らされているという場合もあるが、下手したら魔法を解くまでずーっと眠り続けてしまっているのかもしれないので。
――――と言う訳で、ダークエルフはいつかは分からないが、自然に眠りから覚める可能性が高い。
(もしこれが《蒼炎》の差し金だとしたら、眠るよりも起きている方が良いのかもしれない。ウルフヘズナルを使っての、亜人奴隷を抹殺する上で立てられたであろう作戦についても、どちらかと言うと生存者を殺す事を目的としていたからな。
どうやら生きている人を殺す方が、彼の目的に沿っているのかもしれないし)
ともあれ、いつ起きるかはあの商人が――――いや商人も、なにか分からずに運んでいるのかどうかも分からないから商人に聞くのも変だろう。
あるいは商人に相談したとしても、こちらを罠にはめるのかも知れないし、迂闊な判断をしない方が良いだろう。
「にしても、ダークエルフか。これをなんの研究に使うのだか……」
「え、えっと……これ、本当に研究用の素材……なんですか? ただ単に、箱の中に入れられていただけなんじゃ……」
「いや、本当に研究用の素材みたいだな。衝撃を和らげるための緩衝剤を入れられているし、中にはチェックシートもあるので本当に研究用に使われているようであるな。カモフラージュにしては、ちょっとばかり手が込みすぎているし」
もしもこれがただのカモフラージュだとするならば、箱だけでカモフラージュとしての目的は果たしている。なにより、開けたらすぐに隠したいダークエルフの少女が見えるようになっているのも、カモフラージュとしてはなっていない。
恐らく本当にカモフラージュとして用意されていて、そのために衝撃に備えるための緩衝剤や細かい確認のためのチェックシートも入っているのだろう。
「で、でも、これが本当に、あの《蒼炎》のだとしたら細かすぎ……ませんか?」
「アケディアの言う事も一理あるな。細かすぎるし、同じ《蒼炎》の作戦だとは考えられん」
片や、生存者が生きているかどうかも分からずにウルフヘズナルを用いて排除しようとした作戦。
一方で、完全に研究用の素材として緩衝剤やチェックシートまで事細かく用意された作戦。
同じ者が考えた作戦にしては、慎重さが大きく欠けている。本当に同じ者の作戦かと疑いたくなるくらいには。
だとしたら……
「偶然の一致――――あるいは組織だって同じマークを使っている場合だな」
「そ、そそ、組織!? あ、あんなのが組織としているんですか!? こ、怖いですー!」
「いや、今の段階では偶然の一致だとする場合が……他人の空似だと考える場合の可能性も高い」
そもそも青い炎の刺青が、《蒼炎》のマークだと考えるのも俺が青い炎を操る《蒼炎》という存在を知っている身体。ちなみにアケディアの場合は間接的に、《蒼炎》の配下のウルフヘズナルと戦っただけなのだが。
この青い炎の刺青で、《蒼炎》と断定するには情報があまりにも少なすぎている。
「そ、そうだ! チェックシートがあるじゃないですか! そ、そこに書いてないんですか?!」
アケディアに言われて、チェックシートの署名欄の所にはこの研究素材を取り寄せたと思われる人物の名前が書かれていた。
ここに書かれている名前がジェラルド・カレッジと書かれているのだったら、このダークエルフを取り入れたのが俺達の知る《蒼炎》である事が分かったのだが……そこに書かれていたのはジェラルドではなくて――――。
「――――ツバイト村古代文献研究施設施設長、ユーリ・フェンリー?」
……まるで聞いた事がない名前である。そもそも古代研究施設について、本当に覚えがないのである。
「ユーリ……」
と、それまで言葉も話さなかったダークエルフの少女が言葉を発し始めていた。
「な、なな、何が言いたいんでしょうか?」
「多分、ユーリ・フェンリーの名前を聞いて、なにかを思い出したのだろう」
――――しかし寝ている人間が、その側で話している人間の言葉に対して反応するとは。
それだけ印象的だったとか、人間の記憶に刻み込まれていないと反応出来ないのはないのだろうか? それだけこのダークエルフの精神に強く、刻み込まれている言葉だったりするのだろうか?
そうやって思っていると、そんなダークエルフの口から出て来た言葉とは……
「あおい……ほのお……」
「「…………!?」」
どう言う事なのか、問いただしたい俺達ではあったが、
「はい、着きましたよ~。最初の村、エアストに突きましたよ」
商人のそんな言葉で、ダークエルフの少女に追及する事が出来なくなった。
何故ならば村に着いたと言う事で、商人がこちらに来るからである。
俺は慌ててフードをさらに強く被って正体がばれないようにし、さらにチェックシートを中に放り込んで蓋を閉める。
「少し時間がかかりましたが、最初の村に着きましたね」
荷馬車の方に顔を出して来る商人に対して、「そうだな」と俺は短く返答する。
既に日は落ちており、辺りは真っ暗。月は綺麗に輝いているが、草木の方は真っ暗で何があるのかさっぱり分からないほど黒く染まっている。
道が見えない以上、これ以上の進軍は危ないから危険だと思われるし、その前にこの村に着けたのは良い事なのだろう。
ここで俺の率いていた騎士団だったら闇夜に紛れつつ目的地へと急いだのだが、相手は商人。こんな所で無意味に体力を使うのは違うと言う事だろう。
「では、私はこの近くの村に宿を取らせて貰いますが、あなた達はどうしますか?」
「俺は追手に追われている。そのために、高価な奇形児の奴隷を持って逃げているのだ。脚が着く宿には泊まらない」
「さようですか」
俺の、いかにも旅に出た貴族が言いそうな言葉を信じた商人は、そのまま村の中へと入って行った。
さて、俺達は……このダークエルフの少女が起きるまで待つとするか。
(あおい、ほのお)
確かに彼女はそう言った。そして彼女の身体には青い炎の刺青が彫られてあり、なおかつ呟いた「あおいほのお」という言葉。
彼女の納品先であるツバイト村古代文献研究施設。そこの施設長、ユーリ・フェンリー。
――――そいつとは、いったい何者なんだろう?
よろしければご意見、ご感想をくれると嬉しいです。




