その言葉は誰に届くのか
《蒼炎》の魔力を帯びた布によって狂暴な獣と化したウルフヘズナルを倒した俺達。
ウルフヘズナルを倒すと共に、ウルフヘズナルから取り外して付けた右腕がまるで風船のように空気が抜けてしぼんでいき、真っ黒に汚れた人形の腕になってしまっていた。どうやらウルフヘズナルを倒した事で右腕に残っていた魔力が消えて、元の錆人形の腕に戻った、というところであろう。
俺は右腕を動かしながら違和感なく動かせるのを確かめつつ、炎の剣を出せるかどうか試してみる。
すると、あの時ほど大きな剣ではなかったが赤い炎の剣が作り出せていた。どうやら腕は元の大きさに戻ったが剣が作れないと言う訳ではないようである。
「剣が作れると言う点だけは残された、という事だろうか……」
俺は炎の剣を握りしめて二、三度ほど斬る練習をすると、今度は炎の剣を消すように念じると共に剣は姿形も見えずにサーッと消えていった。
どうやら剣としても十分に使えるようである。
「あ、あのあの……ちょっと良いでしょうか?」
と、俺が剣を振っているとアケディアが声をかけてきた。
「どうかしたの、か?」
「ひ、ひぃ! すいません、すいませんすいません……で、でもでも、あの死神様が呼んでいらっしゃるので……どうか来てくれますか?」
「女死神が? なんだろう?」
俺はそう思いながらアケディアと共に女死神の方を見る。俺が女死神を見るために振り返るとアケディアはずっとこちらをビクビクとうかがいながら見ていた。
(少しは信用して貰いたいものだが……彼女の性格を考えればなにを言っても無駄か。全てのことに対して過剰なまでに怯えていて、こちらの事をまるで見ていない)
最初はこの防御力をなんとか活かそうかと思ったくらいだが、今となってはそれも無理なんだと実感してしまう。
例え本人にその意思がなくても――――例えば魔法に興味が無くても魔法使いにする事はこちらから強制して言えば出来るのかもしれない。だけれどもそれはあくまでも興味を示せればの話だ。
彼女のようにそもそも戦う事から逃げている奴に対して、戦陣の前で敵の攻撃を受け止める盾である事は出来ないだろう。
「あ、あの……ちょっと良いでしょうか?」
「おぉ、すまない」
アケディアについてちょっと考えすぎてしまったな。そう、今は女死神の事が重要だろうに。
「で、なんだ? 先の戦いでの怪我の事か?」
女死神はウルフヘズナルとの対戦で多くの魔法を使い、戦ってくれたのだがその分ダメージも大きい。
今だって樹にもたれかかるようにして、立っているのがやっとという状態みたいである。
「……えぇ、怪我の事ですね。ジョルジュさんは死神はどうやって回復していると思います?」
「回復……そりゃあ勿論、普通の人だったら回復する薬草や回復のための魔法を使ったりするのが主流だと思う。しかしそれがどうした? 回復の薬草だったら馬車にいくらか乗っていると思います」
旅に出る際に人は色々な物を準備する。その中でも一番気を付けるのが怪我をした時用の、薬草などである。
怪我をした際に適切な処置を行わないと助かる命も助からなくなってしまうために、多くの旅人は武器は持っていない場合もあるが、最低限薬草など治療するための物は持っているのだ。
だから治療用の薬草は数個ほどあったのだが……。
「いや、その薬草では私の怪我は治せません。なにせ私は……死神ですから。霊体である私の身体は薬草で治す事が出来ません。
……それにこれ以上はムリなんです」
「……ムリ?」
「はい、実は――――」
女死神が言うには、死神の責務としてこれ以上一緒に旅するのは難しいと言う話なのである。
そもそも死神とは、生者と死者との均衡を保つのが役目であり、死んだ事に気付いていない人間や死の世界から逃げ出した者達を実力行使でも良いので、連れ帰るのが役目なのだそうである。
そして女死神は逃げ出した《蒼炎》を捕まえるためにここまで来て、結局《蒼炎》は逃げられてしまったのである。
「傷も負っていますので……ここは一度、死神の地へ戻ろうと思っていたのですよ。《蒼炎》について死神の間に報告も必要だと思っていましたので、ここは良い機会と思っていました」
「そうか……。確かに報告は大切だよな。それにいつまでもここに居てはいけないか」
これまで、女死神には随分と世話になった。
《蒼炎》に倒されてしまって身体を失った俺は、女死神の力によって錆人形の身体を手に入れる事が出来て、こうやって動けるようになった。
《蒼炎》の作り出したウルフヘズナルと戦う時だって、魔法を使って協力してくれた本当に優しい人だったのである。
「……けれどもこれ以上は一緒に戦えない、という事か」
「えぇ、そう言う話です。でも、きっとジョルジュさんならばきっと《蒼炎》を倒せると信じていますよ。
私は絶対に信じていますから。それから――――私の事を忘れないでくださいね。太陽の帰還」
「では、幸運を祈っています」とそう言って女死神はその場から消えていった。どうやら死神の地へと戻っていたみたいである。
(ありがとう……女死神。
お前の事は忘れないよ)
きっと俺は、《蒼炎》を倒して見せる。
なにせ、それが王国のためなのだから。
☆
【忘れるよ、人間は】
彼に女死神と――――そう呼ばれていた私が死者の国へと帰還する魔法言語を唱えて、死者の国へと帰ろうとするとそんな声が聞こえて来た。
おぞましく、それでいてどこか寂しさも感じるような、そんな声。
心の底に身体の芯から焼き尽くすほどの高温の熱と共に、底冷えするくらいの極寒の寒さをも兼ね備えた――――とても悲しい声。
「だ、誰!?」
【気にするな、若く暗愚な死神よ。
我は心配になったから声をかけただけじゃ。我と同じ運命を辿るとね】
「同じ運命……?」
私はきょろきょろと辺りを見渡すが、そこには誰も居なかった。いや、居るはずもないのである。
地上の国から死者の国への行き帰りのための魔法であり、隔絶されてしまった暗黒空間なのであり、誰も居ないはずなのだから。
しかし声だけは依然として身体に、いや魂に響いてくる。
【希望は幻、夢は虚構、約束は嘘。所詮、この世にあるのは残酷なまでの悲しい事実だけ。
この世は作られた時から間違ってしまっていて、間違った者から作られし我々は間違いを起こすのは当然である】
「一体、何を――――」
【《蒼炎》を逃がした死神の失態は、もしかしたらくだらない誰かへの嫉妬だったのかもしれない。あるいは疲れていたからこそ犯してしまったものか、誰かにそそのかされてしまったのか。
――――それに女死神。あなたが《蒼炎》のところまで時間がかかったのと同じように、偶然なのでしょうか?】
得体の知れない言葉が放つ、核心を突いたようなその言葉に私は何も言い返す事は出来なかった。
【君の行動には色々と謎が多いんだよね。
いくら森の中で動くのに慣れていないからと言っても、何日も目当ての罪人を捕まえる者にかかるのでしょうか?
いくら協力者が必要だからと言っても森で死んでいる人間の魂に話しかけたりしますか?
いくら追っているからと言ってあそこまで献身的に助けます?
疑問をあげればキリがないよ? 君はそこになんの意思も介入できなかったと証明出来るかな?】
――――もしかしたら遅く着けば良い。
「止めて……」
――――そうすれば彼は死ぬかもしれないけれども、私なら蘇らせる事が出来る。
「もう……止めて……」
――――だって、彼は私の……
「ヤメテェェェェェェ!」
私が持っていた鎌を思いっきり振るうと、空間が引き裂かれる。
乱雑に私が鎌を振るうと、空間に無数の傷が生まれ、空間が徐々に乱雑に、安定しなくなっていく。
【おっと、少し言い過ぎたかもしれないかな。こういう者に少しアドバイスと称して、お節介をかけて壊してしまうのが我の悪い癖だ】
「……関係ないですよね、あなたには」
【あぁ、言っただろう。"お節介"って】
私はキリッと眉を睨ませると、どこかで見ているその声の主は【怖い、怖い】と言うが、それもどこまでが本当の事なのか分からない。
【でも本当に言っておくことがあるから、言っておくよ。
君の想いは"偽物"であると】
「――――黙れ!」
私が声の聞こえる方向に鎌を振るうと共に、ザンッと何かが斬られるような音が聞こえて、あの嫌味な声は聞こえなくなった。
私は気持ちを落ち着かせるために、大きく深呼吸をする。そして気持ちを安定させると共に、死者の国へ帰るために空間の修復作業に入る。
「――――偽物だなんて、そんなの私自身が良く知っている事ですよ」
その言葉は、誰にも届いていなかった。
ただ言った本人のみがその虚しい事実を聞いていた。
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