彼が見つけたものはなんだったのか
『グルルル……このままやらせ貰おうゥゥゥン!』
女死神が発動させて放たれた魔法の攻撃を、ウルフヘズナルは回避しようとせずにただ突っ込んで行った。
ウルフヘズナルの身体は防ぎもせずに魔法にぶつかるので、彼の錆びた鉄の身体がポロポロと壊れて地面へと落ちて行くが、すぐさま火炎の身体で補修して動けるようにして女死神へと向かって行く。
「不退転の覚悟……いえ、壊れても構わないと言う事ですか」
ウルフヘズナルは錆人形の身体を媒介とした一種の魔術のようなもの。
その欠片が一つでもあれば完全に消滅させる事は出来ない、それがウルフヘズナルの恐ろしい点である。
《蒼炎》の魔力が残っている箇所があるならばあとは魔力が許す限り、炎の身体に変える事が出来るのだから。
鉄の顔の一部分以外全てが壊れてしまったウルフヘズナルは全身真っ青な火炎の巨躯の狼男へと姿を変えており、仮面サイズにまで縮んでしまったその顔から見える瑠璃色の瞳のような蒼い炎は仮面の中でゆらゆらと揺れていた。
『ガルルル……喰らえぇォォォォン!』
ウルフヘズナルの口が大きく開くと共に赤く光る真っ赤な炎が球体となって形となっていき、それに大きく息を吸い込んでさらに大きな物へと成長させてそれを女死神へと撃ち出す。
「……!? 水の盾!」
女死神の言葉に呼応するように薄い水色の盾が空中に現れると、ウルフヘズナルの撃ち出した火炎を防ぐ。
『アォン! アォ、アォ――――ン!』
ウルフヘズナルは炎の球をさらに複数作り出すと、それを女死神の水の盾に叩きつけるように放つ。
一発、二発、三発と防がれているのが分かっているのにも関わらず、何度も撃ち続ける。
「うぅ……ま、魔力が……」
ウルフヘズナルの火炎の球の攻撃によって水の壁が破壊されるたびに女死神が魔力を供給して形を一定に保っている、なので攻撃される度に魔力が消耗されていくために女死神が魔力を減らしてつらそうな顔になっていく。
「こ、このままでは……」
『グルルル! いいかげんに壊れろォォォン! 破壊されろォォォン! 守ってる戦いは趣味に合わないんだガル!』
ウルフヘズナルが怒ると共に火炎の魔力もどんどんと勢いを増していき、灼熱の激しさは増幅されていく。
「……!?」
そして遂に炎の球によって完全に破壊されてしまった水の盾、盾が壊れた余波によってその場に倒されてしまった女死神。
(ま、まずい!)
『ガルルル……! 止めだ、無謀で無鉄砲で愚かでちんけなゴミ共よ!』
火炎の手の爪をさらに尖らせ、さらにどう猛な存在となったウルフヘズナルはその狂暴な爪を振るう。
「くっ……!」
狂暴な爪によって引き裂かれた女死神の身体。そして彼女は地面を転がる。
『無様だなぁォォォン! なぁ、カスどもよ! ガルルルル!
これで止めだゥゥォォォォン!』
――――その時は一瞬だった。
ウルフヘズナルが爪を振るって切り裂こうとして、女死神が怖さのあまり目を閉じたその瞬間。
ガチンと、大きな音と共にウルフヘズナルの爪を、"真っ赤に燃え盛る巨大な炎の大剣"が防いでいた。
「な、なに!?」
『グルル! な、なにやつなんだォォォォン!』
その大剣の先には、身体には似つかわしくない大きな腕で真っ赤に燃える巨大な大剣を持った、胸元に開いた鉄の人形の背格好の姿があった。
☆
右腕を失った俺、ジェラルド・カレッジが見つめる先にはウルフヘズナルの右腕――――女死神の水の剣によって取り外された右腕があった。
俺の身体と同じくらい、いやあちらの方が大きいくらいのその1mを優に超えているその腕は、とても元が同じ錆人形のものだと思えないくらいである。
人間だった頃はそんな腕を見ても「ただの腕」にしか見えなかっただろう。しかし今はあの時は違うのだ、そう俺の状況が。
女死神が教えてくれた、錆人形の特徴。
【魔物には1つ1つ個性がある。強力な火炎に耐えたり、空を飛んだり、身体自体が武器だったりと様々あるが、人形型魔物の一部はそんな魔物の身体を部品パーツに変える事ができ、さらに自身の肉体の一部として使う事が出来る】
今こそ、それを試すべきだろう。
「お、おい。アケディア!」
「ひぃ……!? すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません――――そ、それでなにか用でしょうか?」
「そこの腕を取って貰えるか? そこの錆びた、大きな腕だ」
「わ、分かりました。だ、だから怒らないでくださいすいませんごめんなさい」
何度も謝りつつ、アケディアは大きな錆びた右腕を取ってこちらに向かって来る。
「こ、ここ、こちらで良いでしょうか? え、えっと……ジョ、ジョラルドさん?」
「ジェラルドだが……まぁ、良い。とりあえずその腕を付けろ! 俺の右腕の付け根に!」
「で、でも……大きさ的に合ってないようですけれども……」
俺の身体の付け根と、持って来た錆びた右腕の2つを見比べて、どう見ても合っていないのを感じているアケディアだったが、俺の言葉に反論する勇気もなかったようである。
いそいそとアケディアはそのまま大きな右腕を付け根に取り付けていた。
「あっ……取り付けられますね。と言うか、なんで入るんでしょう……」
「そんな疑問は持たないで良いから、とにかくこの右腕を取り付けてくれ! 早くしないと女死神の水の盾が壊れてしまう!」
今の所見る限りは、ウルフヘズナルが放つ炎の球を防ぐ女死神の水の盾は壊れてはいないようである。
けれどもそれがいつ壊れるのかは分からない。
彼女の魔力がどの程度であり、そしてどのくらい持つのかといった基本的な事さえ俺は知らないのだから。
「よっ……こ、これで良いですか? ジェラルドさん?」
アケディアが俺の右腕に、ウルフヘズナルの右腕を取り付けると共に神経が繋がり、右腕から意識が流れ込んでくる。
【炎。真っ赤に燃え上がる炎。
それは■☆を倒すために用いられる◎▲×の炎。
その炎の使い道は、〇☆を倒すために用いられる!
さぁ、舞え! 全ては●★◆の名のもとに!】
(なんだ、この意識……。人の意識……にしては所々不鮮明だ。それに元の錆人形の意識にしたらしっかりし過ぎている。まさか、これは……いや、そのはずはない!)
俺はそう言って考えを打ち払うようにして、その身体の大きさに合わない右腕を地面へと叩きつける。
「ひぃ!」
ドン、と腕が地面を叩いた事によって大きく地面が揺れ、アケディアは怒られたと勘違いしてぶるぶると震えていた。
「……お、おい。まぁ、良い。とにかく腕は手に入った。これで戦える。
後は剣さえあれば――――」
良いなと、そう思ったその時、
ボゥ、と俺の右腕に大きな剣が生まれる。
その剣は真っ赤にめらめらと燃えており、《蒼炎》の禍々しさを感じる青い炎と違ってどことなく気持ちを奮い立たせて皆を安心させる、そんな魅力を持った勢いよく燃え上がる炎を宿した赤い剣。
「……きれい、だ」
俺が一言、そう呟いていた。
あまりの美しさに対して、俺は賞賛する事しか出来なかった。
見ていると勇気が湧いてきて、同時に自分が何をすべきなのかという事さえ俺の人形と言う渇ききった心の中に燃え上がるようにして熱い魂が宿っていた。
『これで止めだゥゥォォォォン!』
ハッ、と剣に宿る炎の美しさに魅了されていた俺だったが、そんなウルフヘズナルの高い声によって意識を取り戻す。
そこには既に水の盾を失って怖くて目を瞑っている女死神、そしてそんな女死神に襲い掛かろうとしている青い炎のバケモノ。
「やめろぉぉぉぉ!」
俺は咄嗟に、右腕を振るう。そして俺の魂に乗るようにして、剣の炎はまたいっそう赤くメラメラと燃え上がっていた。
ガチン、とウルフヘズナルの炎で出来た爪とぶつかり合う。
『グルル! な、なにやつなんだォォォォン!』
焦ったようなウルフヘズナルの言葉に対して俺は、
「……なるほど、炎で出来た物だったら戦えるようだな」
ようやく突破口を見つけて、小さく笑みを浮かべていた。
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