怪人はどのように生まれたのか
癒しの泉ヘイロンにてラスティードールの身体に付いた錆をあらかた落とした後、俺と女死神は共にアケディアが居る馬車へと戻って来ていた。
俺と女死神が倒していたはずの魔物達の死体はアケディアの手によってなのか、山となって重なるようにして集められていた。
広場の真ん中では燃えた焚火を囲むようにしてアケディアが自分の身体を抱え込むようにして体育座りをしながら待っていた。アケディアは茫然とした目つきでじーっと火を見つめていたが、こちらに気付くとまた緊張のためかガタガタと震え出していた。
「うぅ……さっ、寒い。寒いです。も、もっと焚き木を足さないと……」
そう言いながら既にまだ距離があるのに熱気が伝わるくらいに燃えているのにも関わらず、さらに緊張のためだけにぶるぶると震えていって、木を足して炎を強くしようとするアケディア。
寒そうに震えているアケディアは一本、また一本と薪を足していくのだが、薪を足していく度に炎が大きくなっていき、大きくなった炎から飛び散った火花はアケディアの身体に付いて、彼女の身体を燃やし始めていた。
「まだ寒い……寒い……」
「お、おい⁉ や、やめろ! 燃えてるぞ!」
自分の身体に燃えているのに気付かないアケディアがさらに薪を足そうとしていたため、俺は水をかけて慌てて彼女の炎を消す。
水をかけられたアケディアはハクションとくしゃみをして、こちらを上目遣いで見つめていた。
「な、なんで水を……かけてるの? 人形さん?」
「えぇい! 自分の身体くらい、気付けよな! 全く!」
俺はアケディアに対して自分の身体が燃えていた事を告げたのだが、彼女はキョトンとしているばかりで一切その実感がないようだった。
体表が硬いから傷を受けなかったというのは助け出した時には分かっていたのだが、まさか自分が燃えていても気付かないくらいにまで熱に対しても耐性が強いとは……。
(こいつ、意外に才能的には優秀なのかもしれないな)
高すぎるほどの防御能力。それは戦いにおいては大きな意味を持つ。
防御力が高いという事は仲間の代わりに攻撃を受ける役目が出来るし、なによりダメージを気にせずに戦えると言うのは大きな利点であると言えよう。
とは言っても、この気弱すぎる小心者の彼女には無用の長物と言えるが。
「にしても、いきなり焚き火を焚いたりして、どうしたんだ? さっきまで馬車の中に居たと思うはずだが?」
「え、えっと……ちょっと一人で居たら、寂しくなってしまって……な、なので火を燃やしてました。
ほ、ほほ、本当にごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――」
またしても謝りまくる、謝罪するループ状態に戻ってしまった。
……こうなると、こちらが何を言っても聞かなくなってしまうんだよな。うん。
「とりあえず錆を落としてあるから、後は《蒼炎》のところに向かえば……ってあれはなんだ?」
「紙飛行機、でしょうか? でもあの、紙飛行機は――――」
俺と女死神は空を飛んでいる謎の紙飛行機を見る。その灰色の紙飛行機は今にも落ちそうなくらいにフラフラと飛んでいるのだが、それでも落ちはせずに何かを目指してフラフラと飛び続けている。
それだけならば、少しだけ不自然な紙飛行機と言う事で話は落ち着くのだがそうではなかった。その紙飛行機は禍々しい気配と蒼い炎と共にこちらに向かって来ていたからだ。
そして蒼炎をまとったその不穏な気配を漂わせるその紙飛行機は、ゆっくりと下方向に落ちていって、途中で紙飛行機は元の紙の形へと戻っていきながらゆーらゆらと揺れながらラスティードールの死体に向かって紙飛行機が向かって降りて来る。
降りて来た紙はラスティードールの死体に触れると青い炎の付いた紙はいきなり大きく広がって、死体を包むようにして紙がくるまれていた。
紙に包まれると錆びた鉄の人形の死体はバキバキッと身体が折れるような音が聞こえて来る。身体から何本にも渡る黒い触手が飛び出ており、うねうねとうねりを上げながら現れていた。
うねうねとうねりを上げていた触手は何本かが、1本の何もかも引き裂くような腕となって形成される。身体の反対側からもう1本の腕が触手を折り重ねるようにして生まれ出でると共に、身体を支えるように2本の長い脚が形作られていた。
身体の上から狼の頭が構成されていると、そのまま尻尾が作り出されて――――完成されたのは、狼を思わせる頭と尻尾を生やした巨大な、3mほどの巨躯の狼人形である。
『グウォォォォォォン!』
狼の気質を備えた巨大な鉄人形は大きな雄叫びがわめきたて、雄叫びを止めると鉄人形の身体に青い炎が巻きつけられて行く。
「――――こいつはまさか、ウルフヘズナル?」
「ウルフ……ヘズナル?」
「狼の毛皮を着た、異能戦士の一種ですよ」
ウルフヘズナル。それは魔術師や魔法使いなどが生み出される、従属によって生み出された兵士。
生死問わず生物に魔力を帯びた毛皮や紙など何かを包み隠され、そして生物に魔力が注ぎ込まれる事によって作られた戦士であって、女死神が言うには今回の場合は死体に狼男の性質が追加されたという事なのだそうである。
「このウルフヘズナルは……《蒼炎》の配下という事なのだろうか」
「えぇ。はっきりとした確証はありませんが、あの強烈な魔力は《蒼炎》であると思います。
なにより濃すぎるくらいに青色に染まっていて、それから猛烈たる勢いで燃え上がっているあの蒼い炎は、《蒼炎》の魔力の炎ですね」
確かにあの強烈な激しい炎は、《蒼炎》の炎と良く似ている。魔力はたとえ同じ火炎だとしても必ずしも同じ火炎であるという事でもないらしい。前に2人の魔術師の雷鳴を見せて貰ったのだが、似ているようであって少しだけ違ったように見えたのである。
狼の鉄人形が持っている蒼炎の激しさや熱の温度、さらには揺らめき方まで似ているとなると同一人物の火炎であると思う。それにこのタイミングからしても、《蒼炎》のものと考えるのが自然である。
『ガォッ! ハハッ、ギャオオオオォン!』
狼の鉄人形が激しい咆哮をあげると、ただ腐食されてしまっていた拳や足から蒼い炎の鋭い爪が生まれていた。
『ウーッ、オォン! まだ生者が居たのか? し か も、戦う気合が良さそうだぁォォォン!
てっきり数える程度の人数しか居ないと思っていたのだけれどもォォォン! ヒャッハー! 楽しめそうだゥオオオン!』
狼の鉄人形は高らかに大きな喚き声と敵意むき出しの言葉を放っており、一歩、また一歩と歩く度に青い炎の跡を地面に刻み付けていた。
「(こいつ、喋り出した? まさか、《蒼炎》が喋っているのだろうか?)」
「(いえ……ただ人格が付けられているだけで、《蒼炎》と意識は繋がっていないと思いますよ?)」
俺と女死神がこそこそと喋っている中でも、こちらに気付いていない様子で鉄人形は騒ぎ立てるようにして喚き立てていた。
『おっ! 俺の会話に対して反応が来るとは思ってなかったウォォォン!
どうせぇ、この会話なんてただの知能でアオォォォォン! とにかく生者をぶちのめしてやるゥゥゥゥン! アー、オォォォォン!』
そう言いながら地面に刺さっていた大樹を狼の鉄人形が無理矢理引き抜いて、その大木をぶんぶんと振り回しながらこちらに向かっていた。
『ここからは俺様の時代だぜ、アッオォォォォン! 俺は俺として、《蒼炎》様の目的を果たさせていただくアッ、ウォォォォォン!』
《蒼炎》の名を告げていた鉄人形は自身の手に持った大木に、青い炎を包み込ませてこちらに向かってきはじめていたのであった。
「《蒼炎》の手の者……であるとはっきりと告げたな」
「えぇ、ちゃんと倒しませんとね」
俺と女死神はそうやって、青い炎を身に纏う鉄人形を睨み付けていた。
「すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません――――あ、あれ? な、なに、この状況は?」
アケディアは自分の中で謝罪し終わって顔を上げると、目の前の状況について行けずにまた別の形にておろおろしていた。
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#9月3日。
ウルフヘズナルの容姿描写を少し補足させていただきました。




