ルイカツ!
「なんで今、涙活なんてしてるわけ?」
……。
開いた口が塞がらない。アンタがそんなこと云う?
私が、目前の男「アキラ」を睨みつけたまま黙っていると、
「お? ミキ――今、『何でオレが涙活なんて言葉を知ってるんだ?』って思っただろ? あ、答えなくていいわ。どうせオレの推理合ってるからさっ! これでもオレ、中学の頃からミステリ小説、かなり読み込んでるんだぜ」
と、その見たくもない顔を、馴れ馴れしく私に近づけて来た。
フン、残念でした――。ハズレ。アンタの「探偵」ぶりもたいしたことないわね。
それに、いくら幼稚園からずっと学校が同じの幼馴染みだからって、気安く私の名前を呼びつけにすんじゃないわよ!
それにしても、ナオコのやつ、よりによってコイツにそれを漏らすとは……。
つい、うっかり「今、涙活やってんだ」と一昨日の夜、あの子にしゃべっちゃった私も私だが……。ちなみに、ナオコはアキラと私の共通の友人なんだけど――。
「オレだって、涙活くらい知ってんだぜ! あれだろ? えーと、涙には緊張やストレスを解消する効果があって、わざと涙を流して心のデトックスを図るという――」
……今度は、要らぬゴタクを並べ始めやがった。デトックスだかデラックスだか知らないけど、私はこめかみがぶちぎれそうになるのを必死に我慢しながら、アキラを益々きつく、睨みつけてやった。
ぴくり、アイツの眼が一瞬、怯んだ気がする。
思えば、コイツとは今まで、いっつも同じ場所にいたわね。自宅も近所。部活も同じテニス部。
小学校と中学校の時は、私の方が背が高かった。けれど、高校になって、アイツの背がグングン伸び出して、私のはるか上の身長に……。細長くなって髪型もおしゃれになって、切れ長の眼が特徴のテニス部のエースとくれば、女の子たちがアイツを見逃す訳がない。アイツには、いつも複数の女子が取り巻いていた。
そして、今、大学二年生。同じ部活の仲間として、アイツが今、サークル談話室のテーブルを挟み、私の目の前にいる。
――そう、あれは三日前だった。場所は、今日と同じこの談話室。
「ミキ、今日の昼、学食の鍋焼きうどんだっただろ。あ、やっぱりな! 俺にはわかるのさ、なんたって付き合い長いしな――」
練習が終わり、ソファーで佇む私に、アキラが声を掛けてきた。相変わらず、呼び捨てだ。
「あ、合ってるわよ。だから何?」 冷たく突き放す、私。けれど、アイツはくじけない。
「ほう、やっぱりな! じゃあ、オレの推理を明かそうか。そうだね、まずは今日の天候! 今日は結構、寒かった。そして、キミの唇の色、ちょっと紫っぽいよね。そういう色の時のキミは、温かい食べ物を好む傾向がある。それから、何より今日のその爪の先の色、それは天ぷらの衣を指でつまんだからで……」
色々推理とかカッコつけてごちゃごちゃ言っていたけど、結局、今日が寒かったからそんなこと云ってみただけなんでしょ?
でも、もしかしてコイツ、ずっと今まで私のこと見ていて、それで――?
「あっそう。よかったわね」
けれど、出てきた言葉は、そんな気持ちとは別の、突き放した言葉だった。
そんな時だ。テニス部の一年の後輩の女子が、アキラに近づいてきたのは。
……くやしいけど、かわいい娘。私より、それは、ずいぶんと。
その娘はアキラの横に擦りつくように駆け寄り、
「アキラ先輩、はい、これ。昨日の喫茶店で忘れてましたよ」と、キラキラ眩しいほどの笑顔とともに、青いハンカチを彼に手渡した。
「ああ――ど、どうも」
「もう忘れちゃだめですよ。せ・ん・ぱ・い」
ばちん、と一発、派手なウインクする彼女。ちらっと恥ずかしそうにこちらを見たアキラだが、満更でもなさそうな顔をする。そうして、カワイイ「彼女」は、私の方に鋭い一瞥を与えると、さっさとどこかへ行ってしまった。
「あの、えーとですね、今のはどういうことかと申しますと――」
もぞもぞ、言葉を繰り出そうとする、アキラ。しかし、その先なんぞ、私は聞く気もない。
(ああ、そういうこと。ふーん、そういうことなのね)
私は、黙ってその場を立ち、くるっと向きを変えて、すたすたと歩き出した。
もちろん、一度も振り返らなかった。アイツの顔なんて、見たくもなかったから。
――そして、今。
「だからさ、ミキ――なんで今、涙活なんてしてるわけ?」
…………。コノヤロウ、また訊きやがった。
そりゃ、あんたのせいだよ。探偵なら、それくらいのこと推理してみなよ。
あの日の夜、私が自分の部屋で一人泣いていたら、ナオコが電話を掛けてきて、「ん? 今、泣いてるの?」って訊かれて、「涙活してるのよ」って云っちゃった訳で、それでそういうことになってんの!
あ、やばい――。そんなこと思い出してたら、また涙出て来た。
私は、バッグから目薬を引っ張り出して、目薬を左右の眼に一滴づつ、突っ込んだ。
「おいおい! そんなことして無理矢理泣いたって、ルイカツにはならないことぐらい、ミキもわかってんだろ?」
わかってるって。泣いてしまったのを、ただ誤魔化しただけでしょ!
最悪だよ、このヘッポコ探偵! そんなこともわかんないわけ? ホント、私の気持ちなんか、全然推理できてないじゃん!
「……帰るわ。そこどいて」
情けなさで満タンになった気持ちを胸に、すっくと立った私。私の前に立ちふさがるようにして立つ、アイツが云った。
「オレさ、これでも探偵だから……わかるよ。お前のルイカツの理由が……ゴメン」
アイツは、ジーンズのポケットから小さめの箱を取り出した。ぱかっと蓋を開けると、その中に入っていたのは、銀色の細い指輪。これを私に?
「これで、ミキのストレスもなくなるはずさ……。オレの推理が合ってるなら」
今まで見たこともないような、アキラの大人っぽくてやさしい笑顔。
わあ……。
やったよ、やっぱりあんたは、最高の名探偵だ!
あ、ありがとう……。
そんな気持ちが沸々と湧きあがったとき、だった。
パーン
私の近くで乾いた音がした。
(何? 何の音?)
それは、アイツの頬を思いっきりぶった音――私の右手が。
「って、あのときのあの娘への態度、何だったのよ! 信じらんない!」
「だ、だからさ、あのときオレの説明を聞かなかったのはオマエだろ? 別にオレ、あの娘とどうって訳じゃなくて――」
気持ちとは、裏腹の私。
私は、フン、と鼻を鳴らして、歩き出した。
「じゃあね、モテモテ男さん。今度気が向いたら、その指輪受け取ってあげるわ」
「あ、あれ? おっかしいな。オレの推理、間違ってたのかな……」
私の背中で、ブツブツうるさい、アキラ。
彼の頭脳は今、『理解不能』に陥っているに違いない。
ホント、世話が焼けるわね。私もアンタも。
私たちの関係、これから一体、どうなることやら――。
もっとも、その前に私のアマノジャクな性格、直さなきゃダメなようだけどね。
<End>
エッセイ村2014年冬祭り、台詞交換企画、参加作品です。
セリフは、白桔梗さんから、いただきました。
企画投稿ものなので、エッセイ村とともに封印しようかと思いましたが、くまくるのさんのお言葉もありましたので、再投稿しました。




