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見えぬ目が見えたとて

 どこに敵がいるか分からないあの宿を引き上げてアーサー宅の一角を占拠した。壁から出た杭にシーツを引っかけてプライベートスペースを作り上げたら、さすがのアーサーも物凄く迷惑がっていたけど全力でスルー。

 狭い家で男二人と共同生活。致し方ない。収入が無いのに新たな宿に泊まると微々たる残高が消失するんだもん。それもいつまで保つのか。

「ねえ、いつまで仕事を休むつもりなのさ。大変なのは分かるけど金持ちじゃないんだから稼がないと食べていけないんだけど。このまま養ってくれるなら別だけど。別の仕事を斡旋してくれてもいいんだけど」

「無理だから。いや、そうだよなぁ」

 アーサーがパンをもそもそ食べているジャックに目をやって、私の方に目を戻す。多分私に言われるまでもなく考えてはいたんだろう。少し不安をないまぜにしながらアーサーは手を打つ。

「そうだな、明日からは俺とロッカだけでも稼ぎに出るか」

「は? 私と社長だけ?」

「ジャックを出歩かせるのはまだ先にする。こういう時は刺激しなければ緊張が長続きせずに飽きられるんだ、経験則」

「いや、だからどうして二人と言いたい」

 アーサーが黙る。

 しばらく見つめ合った。

 何処に目があるのか分からないが言いたいことは分かってるはずだ。ジャックのことじゃないのは分かってるはずだ。なにせ私より付き合いの長い仲間なんだから忘れるわけないでしょ。

 だがアーサーは両手を上げて肩をすくめて明るく言い放った。

「だってショックで引き篭もっちゃってるんだもん」

 ……あの野郎、いつまで傷つきやすいデリケートなお年頃やってるつもりだ。

 私は少ないお出かけグッズを添えて家を出る。

「あー、ロッカくーん?」

 不安そうなアーサーの声が追ってくる。

「ちょっと野暮用」

 更に不安さを増した声になる。

「殴るのは無しね!?」

 つまり蹴りは有りね。




 固く閉ざされた扉の前で腕を組んで考えた。

 実はここに来たのは二度目、風景がハッキリしないから目印は無い。壁を這う様に目を近づけて手探りで表札が無いか確かめればそれっぽいものは見つけられた。

「しかし読めないのであった」

 なにせこの国の文字なんてまったく分からないのだから。

 ふむ。


 拳を固めた。

「ユアン! 開けてよ、万年反抗期! 暴徒に追いつかれる! 見つかったらもうお終いだ!!」

 何か派手に倒れる音がして扉からユアンが転がり出てきた。

「な、な、な、な、何事!?」

 扉が開けばユアンを通過して生臭い部屋へ踏み入る。

「お邪魔しまーす」

 玄関先で四つん這いになりながら無言で振り返った仮面の……ではない! どうして紙袋を頭に被ってるんだ、こいつ。

「あんた何してんのさ」

「それは僕のセリフなんだが」

「いや、元から仮面にローブの変質者。今更それが袋に変わったところで変態度合に差異は無いはず」

「トドメを刺しに来たのか、このドエス」


 覇気の無い言い返しっぷりじゃ口論を続けても仕方ないと判断して、本題へ移るべく私は倒れた椅子を戻して座ると肘をつきながら紙袋を見下ろした。

「私がここに来た理由はただ一つ。働け引き篭もり」

 ユアンは埃をはたきながら立ち上がると、開いた扉の外を指した。

「帰れ。僕はしばらく外に出たくないんだ。無神経な君には分からないかもしれないが」

「仕事の利益が下がるんだよ。ジャックは出歩けない。私とアーサーだけじゃ仕留めた小型の獣を一匹二匹持って帰ってくるのが関の山になるじゃないさ。効率が悪い。そして町の解体屋に渡すと中抜きで更に収入が減る」

「そんなの知らないよ」

「社会人が知らないで済むか!」

「僕はそんな場合じゃないんだ!!」

 壁が叩かれる。

「汚物を見るような目! 誰もが僕を見て嘔吐し、引きつった顔で悲鳴を上げ、忌避する。この町で顔を見られた。化け物だとばれたんだ。もうここでは生きていけない。収入とかそういう場合じゃないんだ」

 頭を抱えてすすり泣く二十九歳。

「まあ私には想像出来っこないね。どんな目で見られたって関係無いし、私には表情なんか確かめようがないしさ」

「出てけ! 僕にはもう森で暮らしていく他ないんだ。噂がまわれば面白半分にガキが仮面を剥ぎに来るに決まってる。そして石を投げられる日々がまたくるんだ!」

「ジャックだって逃げてないのに良い年した大人が何を甘ったれたこと」

「目が見えないから僕がどれだけ恐ろしくおぞましい顔をしているか分からないんだ! 君にも見せてやろうか!? 怖くなって二度と僕に口だってきけやしなくなる!! 出て行けって言ってるだろ! 君は目だけじゃなく耳も悪いらしいな!! 出てけ! 出てけ! 出てけえええええ!!!」

 私は椅子を蹴り飛ばして外に出る。そして乱暴に扉を閉じて怒鳴った。

「言われるまでもなく二度と来るか!! 馬鹿ユアン!!!」

 頭にきた!!




 帰り道、目の前に目元しか出ない頭巾を被った大男が現れた。しばし見上げて私はすぐに決断した。よし、逃げようと。

 しかし、大男はよりによって知り合いの声で名を呼んできた。

「ロッカ」

 クラウチングスタートの姿勢を解除して信じられないという気持ちを込めて答えた。

「ジャック、あんた何考えてるの。出てきちゃ駄目でしょうが、あんたは」

 引き篭もりは出ずに、隠れるべき奴が出てきちゃうなよ。

「迷子になってるかもと思い至った」

「いや確かに私も途中でその心配はしたけども」

「後でアーサーにはちゃんと怒られる」

 この男、ユアンと違って怒りにくい。

「はあ。仕方ないや。確かにちょっと帰り道が不安だったんだ。ねえ、どうせなら人通りの無い道を案内してよ。前にジャックといるところを見られているから私と頭巾男を結び付けて正体ばれるかもしれないし」

 素直に頷き、ジャックが「こっち」と誘導した。


「ユアン、会えた?」

 ジャックが聞いてくる。

 まだ腹にきていたし、その名はあんまり聞きたくないわけだが、この天然ボンヤリ君に空気を読めというのは無理な話だ。

「会ったからムカついた表情してるの」

「そう、ロッカとユアンすぐに喧嘩する。今日はロッカの負け?」

「負っ!?」

 聞き捨てならない暴言に私は大きな声を上げた。それは、その会話は続けられなかった。


 狭い路地の壁に立てかけられていた角材が突然倒れてくる。凄い量の角材だ。近くで家でも建てる予定だったのか。それが、全て私に向かって。

「あ」

 その隙間から人影を見た。手を突き出す体勢でその角材が私を潰すために人為的に倒されたのだと分かった。そういう思考回路は働くのに足は絡まって上手く避けられない。

 目を強く閉じる。

 強い力で押し潰され、あっという間に地面に叩き付けられた。痛い! と感じて目を開くと、確かにいた人影が走って逃げていく後姿だけとらえた。

「ロッカ!」

 ジャックが角材を避けようとするが複雑に折り重なっているせいで動かすと激痛が走った。

「うああ!」

「!?」

 ジャックは分かりやすくオロオロする。

「誰か」

 ここは人気の無い路地だ。わざわざそういう所を選んで歩いていたのだから!

「誰か、呼んでくる」

「あ、ちょっと」

 脱兎走り出すジャック。あんたが話しかけても人は逃げていくし、今の恰好で顔が分からなくても逃げていくだろう。助けを呼びに行くって……。

 溜息が出る。脂汗も。

 動揺したジャックがアーサーを呼びに行くしか手は無いって早めに気づいてくれればいいけど。なにせ痛くてたまらない。


 けれどジャックはすぐに戻ってきた。

「来てくれた」

 怪しい見てくれのジャックの後ろから、更に危ない恰好の袋を被った男が現れた。私は苦虫を噛み潰した顔にならざるを得なかった。

「ジャック、なぜこんなのを連れてきた。いや真面目に答えなくていい。出来るだけ急いでアーサーを呼びに行って欲しい。今すぐ急いで」

「君は助けてもらう時にまで何故横柄なんだ。まったく、ジャック行かなくていい、僕が指示するから角材を取り除くぞ」

「ジャック!」

 双方から逆の指示を出されてキョロキョロと顔を彷徨わせるジャック。私の声を上回る声でユアンが声を張り上げる。

「馬鹿ロッカめ! 君はいつも小煩いその口を閉じていろ! アーサーを呼ぶ必要も時間も無い。角材が下手に崩れれば君の小さい頭はペチャンコだろうね。だが僕の技能があればなんとかなる」

 ユアンの技能?

 山のような角材の下の方で挟まれた私の腕を見下ろす。

「肩から腕をさばく気!?」

 仕事道具を目の前に出してユアンは鋭い刃を目前に構える。

「僕の技能は解体。何も獣だけをさばくわけじゃない。本当にちょっとは憎まれ口を閉じていてくれないか」

 そう言って土を掘り始める。私を押し潰そうとしている材木の下を機械でも使っているような速度で掘り進め、道具を変えてそこから材木を上に切り始める。

 途中、振動で崩れそうな材木をジャックが一人で持ち上げて横へ避けながら、まずは一番深く挟まれていた腕を、続いて一部埋まっていた体を外に脱出させられた。


「はあ、はあ、はあ」

 何度か痛くて上げた悲鳴で息を切らせた私の腕をユアンが覗き込む。

「腕、折れてるんじゃないか?」

「指は動くけど分からない」

「ジャック」

 横を向くと顔が見えそうな位置にかがんで私の腕を覗き込んでいたジャックにユアンが指示を出す。

「アーサーにこのことを伝えて医者を呼んでもらえ。ひとまず僕の家に連れて行くから」

「分かった」

 すぐさまジャックは走り出す。


 その後姿を見ながら、私は言い損ねていた重大事項を思い出してユアンに目を向ける。

「材木が倒れたのは私のせいじゃない」

「君の間抜けは自己責任という意味において十分に君のせいだと言えるわけだが」

「ち・が・う。狙われたの。私を殺そうとした奴を見た。もしくは警告かもだ」

 ユアンは黙って辺りをうかがう。

「……それに関しては治療してから三人そろって聞こう。移動するぞ」

 人気が無いとはいえ犯人が戻ってこないとも限らない。冷静になればジャックが人を呼びに行っていた時が地味に一番危なかったのかもしれない。

 今日二度目になる生臭い解体屋の家にひとまず身を落ち着けることになった。二度と来ないはずだったのに。




 静かだった。

 アーサー宅はそこまで離れていないが長い沈黙に置かされている気がした。さっさと私を殺そうとした奴のことを言ってしまいたい。けどアーサーが来れば同じ話をすることになる。衝動に任せて喋ったりして、ユアンに慰めて欲しがっていると思われるのは癪だった。それだけはとにかく癪だった。

 でも黙っていることも限界だった。

「さっきの腹いせにさばかれるかと思ったよ」

 それで浮かんでくるのが憎まれ口なのは仕方ない。だって、相手はユアンだし。

「そんな残虐なことをするように見えるのか、僕が」

「馬鹿じゃない。私が外見で判断出来るような視力を持ってないんだから見える見えないじゃない。こんな短い付き合いで他人なんて信用しかねるんだよ。特にユアンみたいな袋を被って町中を歩くような鬱屈した変人はね」

「僕だって君みたいな嘘つきは信用しかねるね。アーサーの人が良いことを利用して寄生してるくせに」

「就職はコネでも労働してるんだから寄生なんて侮辱もいいところだね。大体私は別に嘘なんてついてない。言いがかりじゃん」

 比較的静かだけどいつもの醜い言い争いの型になってくる。空元気でも沈黙よりはマシだと思っていたら、ユアンが爆弾を落としやがった。

「いい大人が子供のフリしてるのが嘘に入らずなんだと?」

「は?」

 薄暗いし、相変わらず顔の部品も見えない袋男なのにドヤ顔しているのが分かった。とっておきの秘密兵器だとでも言うように指摘は続いた。

「解体屋っていうのは細かい観察力がいるんだ。なんで誤魔化してるのかは知らないけど、女だし本当は子供じゃないだろ。人間の骨格の違いくらい分かる。僕からすれば少年を装うなんて無理な設定だね。大体君の陰湿な口のききかたはとうがたった女そのもの」

 ユアンの袋を鷲掴みにして破り捨ててやった。

「ぎゃああああああ!!!」

 断末魔の悲鳴を至近距離で上げられて両耳を指で塞ぐ。袋の下から仮面まで出てきたが勢いで一緒に落下。ユアンは慌てて仮面を拾い上げてその焼け爛れて肉や歯が露出したゾンビ的な顔に蓋をする。

「恩を仇で返したな!」

 震えた声で怒り狂うユアン。

 よりによって気づいたのがユアン。

 正直、そんなに長く騙せるとは思っていなかった。けど気づくならなんとなくアーサーが最初だろうと思っていた。もしくは近づくことに遠慮がなくなったジャックが不意に下手を打って。

「どうして気が付いた時に言わなかったの。辞めろ辞めろって煩かったくせに」

「まったく君って、これだから嫌いなんだ!! どうして? ジャックとアーサーは女が苦手なんだ! 良い仲間だと思ってるのに理想を壊すなんて可哀想じゃないか!! ジャックなんて信じられないことに君に懐いてる!」

 再び仮面を叩き落とされるのを警戒したのかゴキブリの速さで壁まで後退し距離をとられる。


 仲間。


 私は手を見下ろす。破いた袋を握った手を開くと紙が床にヒラヒラと舞って落ちた。

 違う世界の人間なのに?

 ここに来て何日が経ったのか思い出せない。

 その間に家族や友達のことを考えない日はなかった。帰りたい、好きでいるわけじゃない。だから嘘もついていた。気付かれないならこのままでいようと思った。

 ユアンを見れば身持ちの堅い女が無体な男に押し入られたかのように体を震わせてキーキーと喚きたてていた。ちょっと前まで森で世捨て人になるとか喚いていたくせに。

 出てけって言ったくせに。

「何よ。ホラー映画のゾンビの方がグロテスクじゃない。この程度で恐れ慄くなんて、この世界の連中は全員メンタルがユアンレベルなんじゃないの」

 私はアーサー達が辿り着くまで出来の悪いゾンビ野郎に口で応戦するべく息を吸った。

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