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どう見ても堅気じゃないって?

 私とジャックの寝泊りする宿では昨日の騒動が駆け巡っているらしい。耳につく小声、怯えて逃げ去る宿泊客。重苦しい朝食タイムだったわ。アーサーに今日の仕事はどうするつもりなのか訊ねるついでに鬱陶しい宿屋を脱出。辿り着くなり何も言わずに家屋に招き入れられた。

「二人とも昨日は眠れたか? 俺は駄目だった」

「異世界生活で常に非日常の私に死角は無いので、いつもより多めに寝た」

「その設定まだ引きずってたのか……」

「実は私女だったんだ、アーサー」

「分かった分かった、和んだよ」

 テーブルにつくなり突っ伏すアーサー。ジャックも椅子へ座ってテーブルの模様を指でなぞり沈黙。仕事に行くって感じじゃないな、これ。


 そんなもんで、これからどうするか決まらないまま宿屋に帰るはめになった。横を見上げれば首が痛くなるような高身長のっぺらぼう。いつも喋らない男の心境なんて分からない。

「貯金無いのに仕事も無いとか困るしバイト転がってないかなあ。眼鏡無くてもなんとかなるやつ」

「分からない」

「宿屋のおっさんに洗い物でも言い出してみるかなあ。顔を近づければなんとかなるだろうし」

「なるほど」

 その狙いはすぐに潰えた。


 もう程なく宿に近づく頃には違和感が出ていた。何か焦げ臭い。ざわつく宿屋周辺にトラブルの気配はありありと有った。

「あ」

 宿屋の主人が玄関でこちらを見た。ジャックは怖がられているのを自覚しているので自分からはけして話しかけないし、宿の住人がジャックに話しかけることもない。そのお決まりをあえて破った宿屋の主人がビクビクしながら頭を下げてきた。

 厄介ごと決定。

「……お、お帰りなさいプイさん。その、お出かけになっている間に、ちょっと、問題がありまして、その……その」

「……はい」

「はあ。おじさん、火事だよね? 煙が充満してるし焦げ臭いしさ。外観は問題無いみたいだけど消火出来たわけ? 部屋燃えてないよね、私の全財産残してたんだけど。ちなみに私達が朝から一緒に出掛けてたの知ってるよね? 火の元は確実に私達の責任じゃないから、念のため」

 いつまでもどもっている宿屋の主人に先回りで切り出すとガクガクと頷いて肯定する。

「もちろんです、もちろんです、が、原因は放火、かと。すぐに消火は出来たのですが、ただ、ただ……火を放り込まれたのは」

「俺の部屋の窓、真っ黒」

 抑揚の無い声でジャックが顎を上げる。つられて見上げれば確かに煙が漏れている一室。あの辺りが部屋だ。

 宿屋の主人は俯いて早口でまくしたてた。

「気づいて消火した時には部屋中が駄目になっていたのです。お荷物は分かりませんがお泊りいただけなくなってしまったのです。実は他の部屋は全て埋まっており代わりの部屋が用意出来ませんのです。もちろんお代は今月分まったくいりません。警察には通報しましたが私共では犯人を見つけて責任をとらせることもできず」

 黙って窓を見上げるジャック。

 少なくとも罪を着せられることが無かっただけマシか、というのが正直な感想だった。

「とりあえず荷物確認しに行こう、ジャック」

「どうかです、どうか命だけは」

 宿屋の主人が膝をついて拝み倒しながら謝ってくる。容疑者はこのおっさんも含めてジャックを疎んでいる誰かだろう。殺人罪の疑いがかかったジャックを遂に追い出しにかかってきたわけだ。


 部屋を覗くと見事に焼け焦げていた。炭を踏む音をさせながら踏み入ると狭い部屋はまだまだ熱いし焦げ臭い。荷物はほとんど焦げているが使える物があるのか拾い集めていた。

「大事な物は無事だった?」

 部屋の入口から声をかける。

 しゃがんで荷物を手探っていたジャックが顔を向けてくる。

「そういうものは、携帯しているから」

 慣れた様子が不思議と癪に障った。

 たいして残っている物が無くて、ジャックが手に収まる程度の物を持って部屋から出てくる。廊下で立ち止まって、私を黙って見下ろしてくる。この男の顔がどれだけ怖いのか知りやしないけど性格なら知ってる。これからどうすれば良いのか分からず途方にくれている。これがジャックじゃなくたってそうでしょうとも。

「分かってると思うけど私の部屋で相部屋なんて無理だから。冷たいとか言わないでよね、あんな狭い部屋にジャックみたいなデカい奴が寝るスペース確保出来ないんだから」

 ジャックが頷く。

「うんじゃなくてさ、どうするの」

 また頷く。だけ。

 イラッとする。

「わーかった。いいかジャック、新しい宿を探す間は社長を頼ろう。アーサーの家は六畳一間ぐらい、でもココより三倍は広いから玄関先に寝るくらい出来る。ここまで酷い状況ならあんたら付き合い長いんだし仮住まいくらいさせてくれるでしょ。お人好しだし」

 三度目の頷く動作、かと思えば掌に乗った焼け残りに視線を落としたようだった。視線どころか表情も分からないけど当然、悲しい顔をしているんだろう。意味も分からずに人生をひっくり返される不快感を私は最近味わっている。ジャックもいわばそういう状況だ。


 ほとんど身一つでアーサーの家に再び向かうことになった。

 焦げた木彫りの何かを擦りながら歩くので屑が地面に落ちてジャックの指先が黒く染まる。怒るなり嘆くなり何か表現してもらわないと、こっちは何を喋っていいか困るんですけど。

 ジャックと歩けば人が避けて歩くので道が開ける。いつも広々として有り難いことね、まったく。たかが顔一つで相手の暴力性が決まるかっての。せめてお喋り野郎なら少しは誤解も解けるでしょうに、なまじ無口なものだから考えが読めない。私は顔が見えないから分からないけど、この調子なら表情も読み辛い手合いなんだろうなぁ。

 こいつもこいつでさぁ、ちょっとは愛想を振りまく練習をすればいいわけよ。社会に出ればよ? 練習するでしょ、営業スマイルとか! 鏡の前でどれだけ私が修行したことか。理不尽なのは周囲だけど、それで泣き寝入りしたって事態はよくなんないじゃない。異世界に来たからって誰も保護してくれるわけじゃないわけさ!

 気落ちしてるジャックに捲し立てたい言葉を掌の上に思い浮かべて腹の内に収めるべしと飲み込む動作をする。よし、まだ喉に引っかかってるけど毒は吐くまい。


 ジャックの抑揚の無い小さな声がして足元に石が転がった。

 何事なのかジャックを見て確かめると、ジャックも何処かに顔を向けていた。後追いで私はそちらの方向を見る。でも視線を定める場所が分からなくて、その誰かを捜した。幸いなのかは怪しいが相手は名乗り出た。

「人殺しめ」

 少年だ。言葉と同時に振りかぶる動作に入り、またジャックが小さく呻く。こいつ、人に向かって石投げたな! 隣にいる友達らしき少年が慌てて止める。

「エベリン!?」

 意に介さず少年はまた石を拾う。

「悪人を町から追い出せ! なんで警察は捕まえないんだ。大人はみんな脅しに屈っする腰抜けか!」

 カチンとくる。

「なーにが悪人だってぇ、そこのお子様。証拠も無いのに人殺し扱いったあ、どういう了見さ!」

「証拠なんか無くたって皆知ってるっつの!」

 三度投げられた石を、今度はキャッチするジャック。

 石が別の方向からも飛んでくる。


 まずい。

 ここで集団心理にはまられるとジャックはここで石打の私刑にされるかもしれない。ジャックの手をつかんで私は逃走を図る。

「待て!」

 背中に石がぶつけられた。体の横を石が通り過ぎる。数が増える。一人や二人なんてものじゃない数の石が追ってきた。

「痛! 痛い!! 野郎……」

 立ち止まってぶちのめしてやりたくなって速度をつい落とした。その私の手をジャックが握り直して強く引っ張られる。

「アーサー」

 ジャックが呼ぶ。

「アーサー! アーサー!!」

 声を張り上げ石から頭を庇いながらジャックが呼ぶ。

 そうだ、後少しでアーサーの家に着く。だけどこの私刑を連れたままアーサーの家に逃げ込んだところで、ジャックの部屋みたいに火でもつけられるんじゃないのか。被害を広げるだけ。だからって、私じゃ、解決策なんて思いつかん! 警察が頼りないなら、一体どうすれば。


 風が吹いた。


 腕を引いていたジャックの手が離れて体が浮く。石をぶつけられる衝撃がなくなって周りに飛んでいた石も浮いた。

「わ」

「ひや」

 後ろからも声がして、目に入る全ての人が吹っ飛んだ。クルクル空中に舞って、私は空の向こうに見える町と地面と、一人だけ立って構えているアーサーを見た。落下しながら、あーそういえば仕事中に散々見てるのに忘れてたけど、アーサーは風使いという戦闘要員だったなんてことを思い出したところで地面にべちゃりとへしゃげて着地した。超痛いんですけど。

 そこら中に落ちた人達が唸って起き上がると首を振った。何が起きたのか把握出来ていないみたいね。

 仁王立ちをしたアーサーの怒鳴り声が響く。

「いい加減にしろ、毎度毎度うちの従業員になんとなくで冤罪をかけられるのは迷惑だ! しかも今回は真犯人が分かってるってのに無関係者が暴漢として訴えられたいか!?」

 周囲が動きを止めてアーサーの言葉に耳を傾け沈黙する。

 腕を突っ張って見上げると思ったより近づいていたアーサーに二の腕をつかまれて引きずり上げられた。

 ジャックは何処かと思えば、アーサー宅の壁にぶつかったまま座り込んでいる。当たり所が悪かったのか、疲れたのか、動かない。馬鹿住民共は攻撃する様子が無いし、アーサーの言葉が効いたのか、睨みをきかせているからか、石を投げてもこない。

 人殺しの冤罪をかけられて、部屋も荷物も焼き払われて、石を投げつけられる。散々だ。そんな男がどんな表情をしているか見えない。喋らないから気持ちだって見えない。眼鏡が無いんだもの。


 見えない。


 私は壁を背に座り込んだままのジャックに近寄る。いつも高い位置にあるジャックの顔が近づいて、のっぺらぼうのパーツがハッキリしてくる。俯いていた男が近寄る人影に顔を上げた。その顔面に、私は勢いよく掌をバチンと叩き付けた。目元に。

「!?」

 強張ったジャックの顔の横に反対の手をついて、マジマジと観察してやる。

「ふーん。なんだ、そこそこイケメンじゃん。やっぱ目付きかな」

 本当に眼鏡があればマイルドになって、お悩み解決かもしれないわね。


 手を離して顔を直視しないままアーサー宅の扉へ向かい、さっさと開ける。壁にもたれたままのジャックがこちらに顔を向けてくる。

「何してるのさ、ジャック。走って疲れたんだから休むよ」

 促すとジャックは黙ってフラフラと従った。

 アーサーも警告を放ってから最後に家屋に逃げ込んで扉を閉めると、ズルズルと床に座り込んで膝に顔を埋めた。

「聞きたくないけど、事情を聞こうか」

「ひとまず一服してからじゃないと胃に穴があくかもよ」

 落ち着いて聞いても状況は変わらないんだけどね。




 一人で宿に戻るのは危ないからもっと近くに引越すことを考慮しようということになって、私もそのままアーサー宅に泊まることになった。ラフな格好になるわけにもいかないから着の身着のまま寝苦しく眠りにつくと、元の世界の夢をみた。

 懐かしくて、でも白い光が広がって、あ、夢が覚めると思った瞬間に霧散して思い出せなくなってしまった。

「ロッカ」

 重い気分でボンヤリと目を見開いた視界に、いやに近い位置だ、目隠しをした男が映った。

「は?」

 うん、近い近い近い、誰だお前。

「おはよう、ロッカ」

 少し離れてのっぺらぼうになる位置で相手が目隠しをはずせば、シルエットでやっとジャックだと分かった。

「なんなのさ、一体……」

 安定の無言の頷きで答えは返ってこない。


 いや、だからなんなのさ。

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