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メリットとデメリットの天秤は日々どちらへも傾く

 手錠はこの世界、いや他の国までは分からないか、この国には無いみたいだ。幸いだって言いたかったけど最悪だった。

「はあーはっはっは! ようやく尻尾を出しおったな極悪非道な犯罪者めが! 今度こそ余罪から町へ蔓延る密売裏ルートまで全て絞り出してくれるわ!!」

 四人背中合わせに縄で縛り倒されるなんてさ。


 町は怪物に襲われないために高い塀に囲まれている。その門はいくつかあるらしいけど、その全てに門番が存在。その門番に死体を見られる前に先行してアーサーが通報の形で報告した。『子供』の私もアーサーの隣で控えていた。良識のある門番ならイタイケな子を連れて殺人だなんて思わなかろうと。

「ジャック・プイ! 今日こそ貴様の年貢のぉ収め時どぅわあああああ!」

「ちゃんと毎年忘れず払っている」

 この国の税制は年貢なの?

「あのー、お巡りさん?」

 高笑いをしている多分おっさんは拳を握り締めて空に向かって能書きを垂れている恰好から、全身を捻って妙なポーズをとりながら応えた。

「なんだ悪の道に堕天せし少年よ」

 中二病だわ。異世界の中二病がいるわ。

 さっきからこの中二病警官しか喋ってないけど、後の警官はびくついて腰が引けている。ひそひそ話で指さしているのはジャックなので、要はこの天然ボケのボンヤリ男を凶悪犯の如く恐れているってことなんだろう。中身は天然ボケのボンヤリ男だけどね!!

「通報した善良な市民を捕まえるお巡りは無能なお巡りですよ?」

「ふふふふふ、何年も追い続けたプイの手口なんぞ私なら一瞬で看破してしまうのだ。どうせ捕まらんと思って堂々と仏さんを見せびらかせつつ自ら通報し、警官を馬鹿にしにきたのだろう。そうに決まっている」

「あ、なんだろう。この警官ユアン以上にイラつく」

「イラつくのには同意するが、何故こんな時に僕へ喧嘩を売る!」

 大声を上げたユアンに他の警官が目をつけて眼前まで迫り、仮面に向かって手を伸ばした。

「大体怪し過ぎるんだよ、なんだー? この仮面ローブ男は」

「わあ! わあわあわあ!! 止めろ止めろ止めろ!?」

 仮面に手をかけられてユアンが声を裏返して必死に暴れだす。一緒に縛られてる私は圧し掛かられて堪らず潰れた呻き声を上げた。白仮面が床に落ちて硬質で乾いた音がやけに響き、忙しなく動く人の気配が止まった。

「ひ、ひっ!?」

 手前にいた警官が短い悲鳴で腰を抜かして後ろに尻餅をつく。その後ろにいた警官が口を押え、膝をついて床に吐いた! びちゃびちゃと水音が鳴って顔の至近距離まで飛沫が、うおお、やばかった。

「ひ、なんだアレ」

「なんて気持ちの悪い…………」

 潜やかに恐怖と奇異が囁かれる。ユアンの身が固くなる。四人一緒に縛られているから余計に私は、重い!!

「上に乗ったまま硬直するな、イイ年して万年反抗期の引き篭もり野郎! 私を圧死させる気かあ!?」

「だ……だから君は」

 掠れた声でズルズルと元の体勢に戻りながら、いや、今度は身を縮みこませていく。

「どうしてこんな時にっ」

 息を詰まらせて泣きそうになったか最後まで言えない。ちっ、いつもの調子で怒り狂わせるにはメンタル豆腐で無理そうね。そこは乗っかときなさいよ。

 攻撃対象変更。

「ちょっとぉ! 証拠も無しに冤罪で暴力振るって良いと思ってんの? このまま逮捕なんかして、裁判でなんて証言する気なの? 顔が怖くて犯人っぽいから捕まえるなんて、警察はいつも犯人をでっち上げてるんだあ。恥っずかしー」

「身柄を確保してからじっくり取り調べるだけだ! みすみす証拠隠滅させる時間を作らせたり、釈放して被害を広げるくらいならば、私はあえて、あーえーてー汚名をかぶろうーではないか」

「母親が子供に対してあんたやったんでしょう! って言い掛かりつけてるのと同じレベルの汚名だけど? 何も格好良くないんですけど、かっこ悪い超ウケル。うちの母さんは買い置きのアイスが無くなるといつも私が食べたんでしょうって決めつけるけど、あれ食べてるの父さんだしね! お母さんレベルで人を裁くとかもう素人だよね、素人!」

「どうせ疑われるような前科があったのだろう! 正しい情報を母上に報告すれば良かったのに、やましいことがあるから断罪されるのだ! 母上に落ち度は無い!」

「母親に落ち度があるはず無いとかマザコンなの? きっめえー!! お母様も人間だから思い込みでミスはしますよ! うはは、ちょ、マザコンって呼ぶわ」

「呼ぶな! なんだこの失礼な少年は。そういえば今までこの一味で見たことがないぞ!? いつから加えたカーペンター!」

 疲れたように溜息をついたアーサーが「つい最近ですよ、お巡りさん」と答える。それだけで終わるかと思いきや身を乗り出す。

「しかもね、実はこの子は目がほとんど見えてないんです。ボンヤリとは見えるようなので可哀想だし荷運びぐらい出来るだろうと雇ってあげたんですよ。障害のある子供で頼る親もいないんです。苦労しているから口は悪いですけど不幸な身の上ですし、せめて子供は解放してやってくれませんか」

「子供とは言っても十分悪さ出来るだろ、えーっと、おい、いくつだね!」

 成人してる。

「お巡りさんの言う通り年齢は関係ないよ、アーサー。こうやって冤罪をでっち上げて事件を無理やり解決することで被害を受ける犠牲者に子供かどうかなんてさ!」

「きーさーまー」

 ついでに言うと少年のフリをしてるなりふり構わない女である。言い負かすまで黙らない。一晩だって喚き続けてくれるわ。




 勝利のポーズ。

「結構、えげつないないな、ロッカ」

 とりあえず証拠不十分で釈放にまでは話をもっていってやった。残念ながら容疑者にされたままだけど。

「逆にあそこまでアホな警察相手に今までどうやって切り抜けていたのさ」

 ジャックがアーサーを指す。

「色仕掛け」

「止めてバラさないで、この話題中止」

 腕を抱いて寒気に震えるアーサーは項垂れるユアンを引っ張りながら帰路を進む。

「どうせ……僕は醜い」

 ブツブツ呟くユアンをスルーして、アーサーは額に手を当てて首を振り苦渋に満ちた声になる。

「真犯人は多分ロッカが見た男で間違いない。だが唯一顔を見たのがよりによってロッカだ。たとえすれ違ったとしても分からない。だってロッカだもの!」

「一人ずつ接近して確認すれば」

「あのさ、ジャック。宿が一緒だから一番一緒にいる時間が長いけど私はあんたの顔を知らないんだよ。どれだけ近づかないと見えないと思う? 恋人が顔を突き合わせて親密にする距離なの。悪人が顔を突き合わせて声を潜めてる時の距離なの。後、住人どれだけいると思ってんの」

 根性出して片っ端から目視で捜すとしても、そんな目立つことしてたらすぐ噂になって逃亡されるに決まってる。せめて眼鏡があれば犯人は現場に戻るというし見つけられる確率も上がるのに。捜査状況なんて凄く気になるはずだ。だって私に見られているんだから。目撃者を消すために私を狙って来れば、そこを押えるって手もあるけど、協力させたい警察がアレなんだもんなぁ。

「眼鏡さえあれば解決できるのに」

 爪を齧ってイライラする私に、ジャックが横へ並んで歩きながら私の頭を撫でてきた。

「ロッカ、目が悪いから俺の顔まったく見たことない。だから俺が長く一緒にいても平気」

「僕の顔を見ても吐くどころか関係の無いことで暴言を吐いたりね」

 元気が無いままユアンも口を挟んでくる。アーサーが元気の無い笑いを漏らして項垂れる。

「だからこれは良いぞと思って雇ったんだけどな。まさかそれがネックで悩むはめになるなんて。見えないロッカが見て、そうでない者が見れなかった。人生ままならないの縮図みたいで泣けるわ」

 なんだかムッとする。

「眼鏡を壊したのはアーサーなんだからね」

「そうだよなぁ。よりによって俺はどうしてピッタリとメガネの上に着地しちまったのかねえ」


 言っても詮無いことを言い合いながら、もう夜遅いこともあり食事を済ませて解散となる。

 異世界の空を見上げても月も星も無い代わりに夜景が一面に広がっている。私にとってはどちらにしても同じように滲んだ光なのだけど。

 昼間が明るい理由はよく分からない。内側に丸いこの世界では天動説は適応外だろうし、かといって太陽らしきものが見当たらないのに昼夜で明るくなったり暗くなったりするのも理解し難い。何処が光ってるのか興味を持っていなかったが、本当に実際どうなってるんだろうね。


 この地面だってさ、掘り進めたら宇宙でも広がってんのかな?


「ロッカ」

 解散しても宿の隣人なので最後まで隣にいるジャックが、いつもの抑揚の無い調子で続ける。

「ごめん」

「別にジャックのせいじゃないさ」

 空とかこの世界の外側とか、そういうことをゆっくり考える時間は当分先なんだろう。落ち着いたら、まずはこの世界の太陽の在り処から問い詰めてやろう。

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