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悪運しかいない

 目を覚まして見上げる天井。重い体を起こさずに部屋を見回せば二畳程度の寝る用途しか考えていない木造部屋。格安だから仕方ない。私が起き上がって動き出せば、隣の部屋の住人がそれを聞きつけて扉を開く音が聞こえる。

 そう、音は漏れ漏れ。コツコツと歩く音が近づいてきて扉がノックされる。

「ロッカ」

 低く抑揚のない男の声。

 ブスリとした寝起きの顔で扉を見やり、いくらなんでも出ていけるものかと心の中で呟く。桶に汲んでおいた水にタオルをつけて絞る。

「用意出来たら食堂に降りるから先に行っててよ」

 顔を拭いて服を着てちょっと胸とウエストを隠せば少年への擬態は完了だ。化粧するわけでもないから支度にかかるお時間なんと五分弱。うんうん、今日の私も女捨ててるわ。

 三歩で辿り着く部屋の扉を開けばボンヤリ突っ立ってるジャックが入口を塞いでいる。いつも通り廊下に人影はなく、息を潜めて出てこれない住人の気配だけそこはかとなく感じられる。そこかしこの扉が隙間を開けてジャックをうかがっているからね。

 呆れで溜息が出る。

「だから先行っててって言ったのに。宿の住人が膀胱炎になる前に」

 私の支度時間は廊下の通行止め時間に相当する。そして各部屋にトイレはついていない。どうもジャックの姿があると宿の住人は恐怖で廊下に出てこられないらしい。実際アンケートをとったわけじゃないから不確かだけど、廊下で鉢合わせると慌てて部屋に逃げ戻る姿をよく見かけるもんでね。

 顔が見えない距離でジャックをじっくりと仰ぎ見る。のっぺらぼうも黙ってこっちを見つめ返す。

「白仮面はどこかの万年反抗期よりあんたにこそ必要なんじゃないの?」

「……ごめん?」

「いや、私は見えないからいいんだけど周りがさぁ……。まあ、悲鳴をあげられるくらいなんだから並大抵の強面じゃないんだろうけど、いい大人なんだしスマイルで和やかな雰囲気を作り出す処世術なんかを身に付けた方が生きやすくない?」

「和ませる……」

 幼女がやるブリッコみたいな恰好をする巨体の男。

「何それ、顔が見えなくても十分怖いんだけど」

「可愛い動物のマネをすれば可愛くなるかもってアーサー言ってた」

「社会不適合者同士でアドバイスし合っても的外れになるって例なわけね」


 廊下で立ち話をしていると扉の隙間の目と視線がかちあった気がする。早く行けよという怨念を感じたので食堂へ移動しようかね。

 ここで暮らすようになって数日、朝の食堂は最も混んでいる時間帯なんだろうと思う。でも席取りに苦労したことはない。ジャックの登場で人気は蜘蛛の子を散らす様に引くからね。元凶は周りを見ることなく一直線に食事へ目をやり人目を気にする様子は無し。

「この男に罪が無いとはいえ……動じん奴」

 ジャックはモグモグと食べる速度を落とすことなく、大きく盛り上げられた米をモリモリと胃袋へ収めていく。

「顔が怖いのって眼鏡をかければ印象が和らぐんだよね」

「メガネ?」

 口の中身を飲み下したジャックは手を止めて小首を傾げる。

「視力矯正、オシャレにノーメイク隠し。眼鏡はデザインや色で随分と顔の印象を変えてくれる。もちろん眼鏡オンと眼鏡オフで人相まで変えてくれる素晴らしき万能道具。アーサーに壊されて失った私の人生の相棒だよ」

 両指で作った丸を眼鏡顔に見立てて顔に当てる。食事の手を止めて片手を顔に当て、ジャックは呟く。

「人相を変える道具…………」

 異世界生活数日目、期待していないけど執念深く色んな人に眼鏡の話を振っても色よい返答は一つも貰えていない。元の世界では江戸時代にだって眼鏡の元祖が存在したっていうのに、贅沢言わず度が合わなくても構わないから類似品は無いのかと叫びたい。アーサーの耳元で。




 採取屋という仕事はとにかく足で稼ぐものなんだそうな。今は不慣れな私に合わせて近場で手に入る売り物に狙いを定めてくれているらしく、やっていけないという感じはない。

 空を見上げれば相変わらず海の向こうに見える島みたいな蜃気楼めいた光景が広がっている。天井を一面鏡張りにして大地を映しこんでいるみたいな、とも表現しようか。あれが何か聞くと世界の反対側だなと事もなげに言われた。天体は確認出来ないが、この世界も一応は球体で形成されているらしい。裏返ってるみたいだけど。

 空を見上げるだけで奇妙な気分になる異世界の構造を少し分かったところで何も進展はしない。もっと建設的に、働かざる者食うべからずというか食えないよね、ということで本日の仕事をこなすべくアーサー宅の扉を叩いた。ジャックは挨拶に続けて会話も繋げた。

「俺もメガネ欲しい」

 ジャックを見て、アーサーは私に顔を向けた。

「なんでメガネっこが増えてるんだよ。何を吹き込んだ」

「かの道具の素晴らしさについて」

「面倒ごとをドヤ顔で申告しない。ジャックは他人の話なんてゴミカスのように聞き流しそうな凶悪な顔をしているが、その実、頭部に収まってる脳は単細胞で出来てるんだから洗脳しないように」

「本人を目の前に酷いこと言うなこの上司」

「メガネ……」

 仕事の準備が整っているアーサーを見てとり、私は通りを見渡す。

「で、万年反抗期はまだ来てないの?」

「誰が万年反抗期だ!」

 意外に近い斜め後ろから聞こえた声に訝しげに振り返って見下ろした。だって下から声がしたし。

「年上に対する言葉遣いもなっていないようなガキに反抗期云々言われたくないわ! 反抗期という称号は僕よりもロッカにこそ相応しいんじゃないのかい」

 白い仮面が生垣から生えていた。

「……気持ち悪い」

「な、な、な、何がだ!?」

 立ち上がったユアンは黒いローブに枝葉をつけて両腕を振り上げて怒り狂う。

「どうしよう、突き飛ばしたい」

「よし、揃ったみたいだから出発するか」

 アーサーが私の両肩を押して喧嘩キャンセルを遂行する。

 ここ数日で慣れてるなぁ、と思う。


 町を出て山を登っていくアーサーについて行くのが辛くて、息を切らせてる私は仕事に慣れたとは言い難い。遅れがちな私の手を引くのはジャック。引き篭もりで体力が無さそうなユアンは……前からこうやって働いてるんだから余裕で当然なんだけど、ここぞとばかりに「モヤシは足手まといだ。根をあげるなら早い方が建設的だから辞めたいなら言っていいんだけど」と嬉しそうに挑発してくる。そこにジャックが振り返って「抱っこ、するか?」とか冗談じゃない気遣いを発揮してくるから余計に疲れる。少年設定だがこっちは成人女だ。いや、そうじゃなくても抱っこするような年齢じゃないでしょ。ジャックにとって私は一体何歳設定なのさ!

「ぼちぼち静かになー。騒がし過ぎて獲物が逃げちまうわ。もしくは猛獣に気取られて襲われちゃうぞ」

 アーサーは一応往路として均された道から藪に分け入った。私の肩位まである藪だよ。「うげぇ」というおよそ女らしくない呻きだってあげようものさ。

 無言でジャックが手を広げる。

「いや、だから抱っこはいいって」


 一応ね、成人男性三人でオマケに一人はガタイの良い高身長が先行してくれてるから先頭と違って随分と楽してると思うよ? でも真横が藪って結構怖くてさぁ、だって怪物が近くに潜んでる可能性ってあるわけでしょ?

 猛獣っていえば獲物に気取られないように接近して一気に襲い掛かるものじゃない。それでもって狙うなら当然最後尾の一番弱そうな私にするだろうし背中がゾワゾワするわけさ。

「ということでユアンが最後尾になるべきだと思う。私戦えないし」

「そんなの僕だって同じだ。戦闘要員じゃないぞ」

「ユアンなら大丈夫だと思うんだよね。私と違ってさ」

「なんっ……」

 言葉を詰まらせてユアンが落ち着きの無い動きで振り返る。

「と、と、と、当然だろ。僕は君と違ってこの仕事その道十年のベテランなんだから、町で能天気に構えてるような解体屋共とは格が違うんだよ」

「いや、その怪しい恰好なら獣も警戒して襲いたくなくなるって意味でさ」


 ユアンに追いかけられて数十メートル逆走させられる。


「あのさあ、あんまりはしゃがれると俺の風じゃ守り切れないから、せめて藪の中みたいな危ないとこでじゃれるのよせよな」

「木の実……」

 アーサーの後ろから逸れてジャックが赤い実のなる方に藪を分け入り出す。アーサーが両手で顔を覆う。

「もう最年少じゃないんだからジャックも大人になろうか!」

「社長も大変なんだね」

「分かってるなら俺にちょっと探索へ集中させてく……あっ……」

 何かアーサーが色っぽいような切ない声を漏らして黙り込んだ。寒気が足元から這い上がってきたらしく体を震わせて自分を抱き締めるのが見えた。視界悪いから隙間から見えた感じだけど。

「何なわけ、どうしたの?」

「し……死体踏んじゃった……」

「え、まじで、やだ無理迂回してよ! 原型が分からないくらい解体された上に綺麗に箱詰めにして輸送する分は割り切って荷運びしてるけど、道路とかで動物の死体見るのだって本当は無理だし」

 慌ててユアンの背中のローブを鷲掴みにしてアーサーから視線をはずす。どちらにせよ先頭のアーサーの足元が見えるはずなんてないんだけど、気持ちの問題だよ、気持ちの!

「わあ、引っ張るな! 揺らすな! 仮面がずれるだろ!?」

 青冷めて振り返るアーサーはぎこちない動きで首を横に振る。

「いや、違う、動物じゃなくて、やばい、あれだよ、あの」

 ジャックが戻ってきて別の角度からアーサーの元に辿り着き、地面を見下ろす。

「刃物で背中から刺された、男?」


 突然ですが殺人事件です。

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