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外見より中身の方が問題だ

 何か奇抜な匂いのする薄暗い部屋の住人は、立ち上がった拍子に椅子が倒れたのも気にせず手近にあったスリッパを投げてきた。

「ストレスの元を増やすなんて冗談じゃない! 荷運びなんて牛でも出来る仕事のために人間を増やすなんて、どうかしてる! 馬鹿なの!? いーや答えなくていい、知ってた、馬鹿だよね! 必要ない上、荷運びでおよそ役に立ちそうもないなまっちろいガキを雇おうだなんて、僕は慈善事業やってるんじゃないんだ! 考えるまでもないね! 捨ててこいよ!!」

 玄関先で先頭に立って腕を広げながら「じゃじゃーん、新しく荷運び要員の仲間を雇ったから紹介しにきてやったぜ、ユアーン」と乗り込んだカーペンターの顔面に上手いことスリッパは直撃した。

 ここにきて理由も聞かずに問答無用で反対者が出るとは。私の背後に立って私の頭に手を乗せているジャックが抑揚なく「よしよし」と言いながら頭を撫でてくる。

 スリッパをカーペンターは横に叩き落として薄暗い室内に入っていく。

「本物の坊主を前にしてイイ年こいた奴が反抗期みたいな拒否り方するなよ。こいつはロッカだ。ちょっと事情あって職の面倒をみてやらなきゃならねえんだ。そうでなくとも俺達と一緒にやっていくのには丁度良い人材なんだ。ひとまず対面してみろって」

「こ、こ、こ、断る!!」

 ひっくり返った裏声が暗闇の中から聞こえてくる。背後のジャックが抑揚なく「よしよし」といつまでやってるつもりだ。私が気に入ったのか。

「相変わらず繊細で話を聞かない奴だなあ。はあ、しゃーねー」

 颯爽と玄関から出てきたカーペンターは私の手をつかんで薄暗い部屋の中に引き込んだ。おい、一瞬顔が見えそうな気がしたじゃないの。あの程度じゃハッキリ見えないけどねえ、自分で言った禁止事項なんだから気をつけなさいよ。抗議する間もなく前に押し出されたけど。

 暗闇の住人は飛び跳ねたせいで倒れた椅子につまずいた。

「きゃああ!?」

 床に転がった男は慌ててテーブルの陰に隠れる。周囲から悲鳴を上げられていたカーペンターとジャックに対して、この男は見られそうになって自ら悲鳴を上げてパニくっている。三者三様で抱えている外見問題とやらは随分と違うようね。


 見えない私には関係ないんだけど。


 そろそろ茶番は終わりにしてもらおうか。どうあっても私は雇ってもらうし、押し出したからには私が自己紹介しても構わないってことでしょ。

「ねえ、いい大人が子供相手に逃げ回るってどうなの。どうも初めまして。顔を見られたくないらしいけど心配しなくとも一生見ないからカーペンターさんが私を雇うことに反対しないでくれない」

「い、い、い、一生見ないだと? 外が明るい内に一緒に行動して顔を見ないようにするなんて芸当出来るはずがないだろう! 僕を馬鹿にしているのか!? 下手な屁理屈を鵜呑みにするのなんて君みたいなガキとジャックだけだ!」

「なにこの面倒臭い男。カーペンターさん、この人、外見より中身の方が問題なんじゃない?」

「なんだと!?」

 問題ばっかり男は暗がりで床の上を急いで移動したかと思うと何か鷲掴みにして顔に押し当てて立ち上がった。

「初対面のガキに僕の何が分かるってんだ!」

 ぼんやり浮かび上がる白いあれは、仮面? 何か顔に押し当てながらこっちを指して地団太踏む姿はとても成人している男の姿じゃない。色々と大丈夫なんだろうか? いや、大丈夫じゃないだろうけど。

「少なくとも私より精神年齢低そうで残念な仕事仲間だということくらいは分かった」

「か、解体してやる!」

 マシンガントークで抗議してくる男から引き下がり、カーペンターのやや後ろに回って無視という名の強制終了とさせていただく。

「やっぱり雇わないとか言わないよね」

「想定内だしな。あれは警戒心の強い小型犬か何かだと思ってりゃいいよ。思春期を拗らせてるが解体屋としては立派に働いてくれるからな。ユアンも他所じゃ働けないから、どうせその内諦めるし仲良く」

「誰が万年思春期だ!」

 普段からそう呼ばれ過ぎて自ら名乗ってる馬鹿がいるな。

「仕留めた獣を僕が解体しなきゃ運搬に多大な労力が発生するんだぞ! 誰のおかげで少人数経営が成り立つと」

「それでカーペンターさん、当面の宿の相談なんですけど」

「せめて最後まで聞けよおおおおお!!」

 溜息が出る。

 最後に随分煩いの出てきちゃったな、ってさ。




 円卓の席を囲んで、カーペンターが腕を交差して両サイドを指した。

「んじゃ、改めましてメンバー紹介な。こちら新しく仲間に雇い入れるロッカ・ミタライだ。俺が視力補助器具を不幸な事故で壊したせいで人の顔も判別出来ないようになってしまった。まともに働けない体にされたことを根に持って心にうず高く壁を作られている」

「こだわるなぁ。はいはい、覚えてないけど名前で呼べばいいんでしょ」

「アーサー、アーサー、アーサー、アー」

「社長の紹介はいらないや。次」

「身長百九十七㎝の強面無口のジャック・プイ君。本人の中身はボンヤリさんで至って温厚なんだが勘違いされやすい可哀想な子だ。荷運び要員の人夫だな」

 万年反抗期がスムーズな話題転換に体をビクリと震わせてマジマジと顔を見る。

「切り替え早」

 紹介された当のジャックはテーブルの上に準備された夕食の惣菜を見下ろして反応しない。

「そんでもって、解体屋のユアン・マーマイル。顔が焼け爛れてからは基本的に引き篭もりという永遠の捻くれボーイ二十九歳だ」

「あんまりな年齢にドン引き。そろそろ悟りを開くべきだね」

「よーし、外へ出ろ! 解体してやる!?」

「とまあ」

 カーペンター改めアーサーが酒の入ったコップを持ち上げる。

「お互いが事情持ちの愉快な仲間達だ。ロッカの場合は俺のせいによるところではあるが、なかなか良いチームになれると思ってるね。だから是非ともよろしく頼むぜ、新入り坊主」

 静かな首振り人形のジャックも「よろしく」と言って食事にかぶりつく。話も聞かずにギャンギャン騒いでるユアンには早くも放置プレイを決め込んで、私は「よろしく」を返した。


 私の人生に訪れた急激な転換期。今までの事やこれからの事に蓋をして、とにかく無難に今をこなすことだけ考えていよう。嘆いたり、もがいてみるのも、余裕がなきゃ出来ない。

 感情には二重三重の蓋をして、私は少年の仮面をかぶった。

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