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明るい環境で離れて見ろと

 長かった……!


 私が売られた喧嘩を買ったせいとはいえ、こんな兵糧攻めに喘ぐ日々にまで発展しようとは夢にも思わなかった。しかしアーサーが完治した今、これで日給二百円と焼き崩れ菓子からおさらばし、月給およそ六万円に戻ることが出来る。

「さあ……さあ! 張り切ってお金稼ごう。さっそく仕事取りに行くよー!」

「えー。もう出るのー」

 仕事したくありませんと言わんばかりのアーサーの声など聞こえない。涙で前が見えなくなりそうで、目元を拭いながら私はサンサンと輝く玄関扉を勢いよく内開きで全開にした!


 そして開かれた扉の先は、壁の如く埋め尽くされた顔面でした。


 全力で扉を閉めた。肉を潰したような音がして外に絶叫が響く。内鍵を閉めて私は扉から目を背けたけど「乙女の顔に何すんのよ!?」「信じられない!!」「鼻が、あたしの鼻が!!」などの非難が激しく聞こえてくる。私はしゃがみこんで動悸のする胸を両手で押さえた。

「……心臓が痛い」

「俺も腹の痛みがぶり返した」

 そう言いながらアーサーは顔を覆ってさめざめと泣いた。ジャックは玄関から見えない位置で身を潜めながら窓を指す。もういっそ地下道をこさえて脱出経路を確保したいわ。


 ご覧の通りなもので軽く何回も心臓が止められそうになっているんだけど、ストーカー法が存在しないこの国において直接的な傷害さえしなければ、恋する乙女、やりたい放題である。

「ストーカー達に苦情言って追っ払ってよ、色男」

 無駄と知りながらも発破をかけてみると、やっぱりアーサーは激しく頭を振って小さな声で保身を叫ぶ。

「頑張った結果がこの間の刺殺未遂だぞ!? 次はどんな目に遭うことか!! 今日は日が悪い。依頼探しは明日にしよう!」

「はああ!? 今日は営業回りのためにバイトも入れてないんだよ! というかそんな理由で仕事休むとか人生舐めてんの!? もううちの財布は今日の晩御飯でギリギリですよ!」

 よって朝食分の金は無い!

「アーサー」

 ジャックが立ち上がりアーサーの前に立って見下ろす。もうジャックの凶悪な顔や威圧感に慣れているだろうアーサーも、ああされるとさすがに圧倒されるらしく少したじろいでいる。

「な、なんだ? ジャック」

 頷いてジャックは片手の拳を握る。

「お金貯めて、防刃ベスト買おう。俺、貯金手伝うから」

「ジャッ、ジャック! ありがとう、お前は良い子だなあっ」

 感動してアーサーが顔を背けて口を覆う。「でもこの恐怖はそれだけの問題じゃないし、基本的に立ち向かいたくないというか」って本音出とる、出とる。


 それはまあさ、ストーカーがいかに怖いかはアーサー絡みでよくよく思い知らされているけどもさ、それで仕事をせずに家で引き籠りをされた日にはチーム全員野垂れ死にするわけよ。ジャックの提案も一つの防護策だけど、根本的な部分を少しくらい解決出来ないものか。

「正面突破が駄目なら窓から脱出して裏道駆使しながら、とにかく営業だよ。私は服だって買いたいし、寝る時に座布団で凌ぐのも止めたいし、お風呂出来るぐらい水が買いたいんだからさ!!」

 切実だ!




 愚図る駄目男を引きずり出して、なんとか商店街までやってきた。なのに、グズグズしてたのが不味かった。

「玄関に張り付いてた子達に先回りされとるぅ」

 アーサーが壁に張り付きながらメイン通りをうかがう。例のファンクラブ、今日は営業で商店辺りをうろつくとみて出待ちを早々に切り上げたらしい。鉢合わせを恐れて道に出られないでいるアーサーの背中を押す。

「道を歩いても基本は囲まれることもなく遠くから黄色い声あげられるくらいなんだから、無視して行ってしまいなよ」

「止めて! まだ心の準備が!?」

 グイグイ押す私に全力で抵抗するアーサー。

 見よ、この往生際の悪いみっともない姿を! うちのアーサーなんて大勢で押し掛けて騒ぎ立てる要素は顔しかないんだから、少し落ち着いて離れて鑑賞でもしててくれたらいいのにっ。

「もう寄ってきたら邪魔だからどけくらい言って反感貰えばいいんだよ! それでファンの一人くらい消えてくれるからさ」

「そんなことハッキリ言える豪胆さが俺にあると思うな」

「ロッカ、アーサー」

 ジャックに背中を突かれて振り返ると、ジャックは自分と反対の道を指差していた。

「あの子」

「ん?」

 アーサーで隠れている道を覗き込むと、そこには狭い家の隙間にいるこちらをがっつり凝視しているお子様がいた。

「何やってるの、ロッカ君」

 銭投げのテスラきたー。

「え、あー…………仕事?」

 ハッキリ言い切れないこの身が憎い。視線を上げたテスラが体を強張らせる。大きく息を吸って悲鳴を上げかけたのをアーサーと二人がかりで押さえ込んでこちら側に引き込んだ。

 ジャックが慌てて帽子を深く被り直してサングラスをグッと押し上げる。おかしいな、ちゃんと変身グッズは身に付けてるのに。

「ロッカの仕事仲間だから怖がらなくていいからね。あと向こうのお姉さん達に見つかりたくないんだ、静かに出来るね?」

 アーサーがテスラに言い含めると何度も頷いて承諾が示される。手を離すとテスラは器用に私の後ろに回り込んで背にぴったり隠れた。いや、こんな狭いところに大人三人もいといてなんだけど、狭いな。

「時にアーサー、子供が相手の時は平気なんだね」

 エベリンが訪ねてきた時もユアンみたいに全力で拒絶してないし、そういえば私との初対面でも平然と接していたっけね。テスラは中学生くらいかな。

「子供に襲われることは無いからな」

「そんな切ない理由なのか」

 やっぱり問題はジャックだね。よく考えたら顔を隠してもこんな所に巨体が無言で挟まってたら怖いわよねぇ。

 黙り込んでいるジャックを焚きつける。

「ジャック、こんな時こそ修行の成果だよ。ほら営業モードON」

 しかし、ジャックは俯いて手を捏ねだした。

「出だしで挫かれると」

「ええい、意気地なしか」

 どうしようかと頭を痛めてたらテスラが私の顔を覗き込んでいた。髪を二つに結わえた可愛らしい女の子はだ、私の背中をつかんで身を固くしたままだが真摯な目をしていた。

「大丈夫。エベリンから悪い人じゃないって聞いてるよ。ロッカ君のとこの人だし、みんなで、平気になるように努力しようねって、言ってるから!」

 お子様の方に気を遣わせてどうするよ!?

 情けない想いで大人二匹を見上げたら顔を背けやがった。

「わー、ありがとー」

「ううん、頑張るね」

 声が震えたのに快く許してくれたテスラ嬢に涙を禁じ得なかった。後で説教。


 なにはさておき仕事の話だ。

「えー、話がそれてたけど仕事を手に入れないと明日の朝食がありませーん。もう女は無視して営業に回りたいと思います」

「頼むからしばらく時間を置いて出直そう」

「そんなこと言って、一回帰ったらもっと外に出たくなくなるよ」

 反論出来なかったアーサーが「長期連休の後って、もう仕事辞めたいなとか考えたりするよな」とか言い出したので頬をつねってやる。そこにジャックがサングラスを掛け直してやる気に満ちながら提案してきた。

「アーサーは隠れたまま、俺とロッカが営業をする」

 なんかそれ、メリーのところで勘違いされたやつの二の舞になって何軒目かでお巡り呼ばれそうな気がする。もうちょっとチャラ眼鏡のキャラをものにしてから挑戦して欲しい。明日の朝食のために手堅く仕事取らなきゃならないから、やる気だけで採用しないよ。さっきお子様で駄目だっただけに。


 聞こえなかったとでも思ったのか同じ台詞を繰り返すジャックを黙殺しつつ、私は営業に好印象を与えるアーサーをどうにか説得にかかる。

「いっそあの大勢の恋人候補から恋人作っちゃえば? 独り身でさえなくなれば数も減るんだろうし」

 敵は少ない方が良い。どうせ厄介な奴ほど残るんだろうけど、人海戦術取られるより私も具体的に対策が立てやすい。

「他人事だと思って適当言うなよ……。俺に恋人なんて荷が重過ぎる。しかもそれで諦めてくれないストーカーさんとの戦いを一緒に続けてくれる相手を探さなきゃならんのだろ? そんなのロッカ並みに強靭な無神経のゴリラじゃないと絶対途中で精神を病むか殺されちまうよ」

「大通りに蹴り出しちゃうぞ?」

 笑顔で振り返ったら距離をとられる。ジャックが手でまあまあと宥める仕草をして仲裁してきた。

「それにあの中から無作為に選んだら、どんな爆弾を抱えることになるか分かったもんじゃないだろ。それならいっそロッカが女の格好をして婚約者ですって言ってくれた方がどんなに良いか」

「えっ!?」

 何故か甲高い期待に満ちた声を出してテスラが前のめりになる。うん、帰ってないよ。何故かこの炉端会議に参加してるよ。

「漬物屋の二の舞じゃないさ。もう架空の婚約者でっちあげて自称既婚者でいいじゃん。私、ゴリラじゃないから肉壁にはなれないからね。ゴリラじゃないから足手まといだし、いない方がいいよ」

「おま、それでも一人で戦うより味方がいた方が心強いだろうがあ! 後、別にロッカをゴリラと言ったわけじゃないから許してください!」

 まあね、気持ちは分かる。でも女避けのためにニセの婚約者になって修羅道なんかに入りたくない。今でも嫌がらせされてるのに。


 ぎゃいぎゃいと愚にもつかない言い合いをしていたら、テスラが勢いこんで割り込んできた。

「恋人に女の人を据えようとするから問題になるんじゃないかしら! 対象を男の人にすれば条件に見合った人がいるわ! この人とか」

 両手でジャックをつかんでテスラが凄いことを言い出した。

「前に会った仮面の人は王子と並ぶと絵面が悪いし、ロッカ君も良いと思うけど今回のお題だと逞しさが肉体的に足りないし」

「確かに」

 私が同意するとアーサーとジャックが同時に「え」と引きつった声を上げた。

 だってジャックなら嫉妬に狂った鬼女も跳ね返す眼光とゴリラのような体躯がある。アーサーが出した条件にピッタリじゃないか!

「なーんてね。あはははは……テスラ、何メモってるの?」

 お子様の自由な発想に和んでたら、テスラがイキイキと手帳に何か記し始めた。

「お気になさらず。そうだ、参考までに抱き合ってみたらどうでしょう。何か愛が芽生えたり、満更でもないと思えるかも」

「え、いや」

「えー」

 男二人がお互いを見合って距離を置く。

「一回だけでも」

 テスラがジワリとにじり寄る。何か怪しい展開になってきた。後退する大人二人。迫る児童。

「試す意味が分からないからっ!」

「そう恥ずかしがらずに!」

 こんな狭いところでテスラに追いかけられて逃げ切れるわけもない。アーサーをジャックの方に突き飛ばすテスラ。体勢を崩してジャックを巻き込み倒れこむアーサー。私の方に向かって。


 わー、嘘でしょ。


 避け損なってジャックの背中を押して踏ん張ろうとしたけど、せいぜい軌道をずらしたぐらいで、大通りにドミノ倒しでバラバラと投げ出される。

「がふっ」

「あ」

「わっ」

 開放感のある視界はすぐに上から誰かに潰される。

「ぷへっ」

 地面に叩きつけられた衝撃で閉じた目を開くと、空をバックにアーサーに押し倒された形で馬乗りにされていた。いや、間にジャックがサンドイッチされているから馬乗りというのも何か違うか。

「ぐぅ、悪い、ロッカ」

 腕をついて一番上にいるアーサーは起き上がったけど、男一人減ってもジャックだけで圧迫死不可避。

「し、死ぬ」

「待って」

 ジャックも退こうと動く横へテスラが出てきて「ご、ごめんなさいっ」と私を助け出そうと腕を引く。


 そこに鬼気迫る女の声が差し込んだ。

「これはどういうことなのよ!」

 ジャックと共に中途半端な姿勢で大通りに顔を引き寄せられる。

「こんな道端で……いや! 不潔よ!!」

「あっちゃぁ、見つかったか」

 私は地面に寝転んだまま駆けつけてくるストーカー集団を迎えて見事に顔面に砂を浴びせられた。手で鼻口をカバーしたもののテスラが咳き込んでしまう。

「うわああ、近い近い近い」

 取り囲まれたアーサーは完全に退路を断たれてパニックになっていた。

「カーペンター様、これはまさかあの噂は本当なのですか! こ、こ、この男の子と」

 修羅場と化している輪の外で私を助け起こしながらジャックが首を傾げる。

「噂?」

 テスラが私の脇を持って立たせてくれながら「あのね」と説明してくれる。それによると漬物屋の一件で私とアーサーの仲が噂されるようになっていたらしい。身を挺して捨て身で守った同棲している少年。今まで恋人を作る様子どころか人を寄せ付けなかったアーサーが、もしやあの少年を!

「って、待てーい。ジャックの存在はフル無視かーい」

 熱を込めて語るテスラは至近距離で目を煌めかせる。その間にも女達がアーサーに真偽を迫っていた。

 それに対するアーサーが何やら怪しい口調に変じた。

「いや、それはその」

 何故言葉を濁す。

 こちらを見るアーサー。女達も一斉に私に顔を向けた怖い。

 ちょいちょいちょい、まさかさっきの案をここで実行しようって腹じゃないでしょうね!?

「あー、それに関しては個人的な話になるから勝手に俺の口からはなんとも」

「誤解を招く言い回しはよしてもらおうか」

 想像を掻き立てるような策をとるなんてアーサーの分際で小癪な!


 思い詰めたような声が爆発する。

「そんな、身近な男の子に手なんて出さなくったって、カーペンター様なら私、遊びでも構わないのに!!」

 私の身長だとよく把握出来ないんだけど、多分抱きついて乳を押し付けたのかなあ?

「はあああ!?」

 周りからドスのきいた非難の声が上がって開始のゴングとなった。もはや女達は我先に遠慮会釈はない。

「そんなの私だって」

「ふざけんな! こっちは真剣にカーペンターさんを愛してるんだから」

「いやよ、どうしてなの!?」

「目を覚まして」

「私の方がもっと」

 私達の存在を無視してアーサーに飛びかかる女達に怯え固まるテスラ。それを「こっち」と肩を抱いて回避するとアーサーが悲鳴を上げる。

「ぎいやあああ!! 降参! 降参だから!!」

「私は、私は愛人でも構いません!」

「助けてえ! ロッカー!!」

 何に対しての降参かアーサー自身分かってないんだろうけど、残念な話、誰も聞いてくれてないぞ。それに私を指名されてもこの中から一体どう助け出せと。


「誰かに盗られるぐらいなら!!」


 声と共に上から槍を入れた様に女達の顔が一斉に下へと向いた。喧々囂々と響いていた女達は静まり返り、ピッタリ密集していたアーサーから少しずつ後退しつつ、でも視線はがっつりそこを見たまま動かない。

 何が起こったのか外側にいる私達や通行人、いつの間にか集った大量の野次馬には分からなかったが、女達がその場を引いたことで露わになった。

 まあ、私は目が悪いから色合いぐらいしか分からないんだけど、ちょっと離れた場所から見えたアーサーは、ほら、その…………パンツとズボンを引きずり降ろされていた。

「あ、いやん」

 嬉しそうな痴女の前で下半身を露出したまま、アーサーは何されたのか分からずに真っ白になっていた。


 えー。

 また後に聞いた話になるけど、この光景を目撃した画家がアングラでアーサーのヌード画を発表し、名だたる巨匠から芸術だと絶賛を浴びて近々世界に飛び出そうとしているという噂を小耳に挟んだり、挟まなかったことにしたり。




 アーサーが窓の方を見たまま微動だにしない。家に帰ってから布団を体に巻いたまま「火の玉でも降ってきて町が燃えれば全て無かったことに」みたいな危ない発言を延々と呟き続けている。もうかれこれ四十九回はアーサーの頭の中で町が消滅したと思う。あ、五十回目に入った。

 ジャックはメリーのところで明日も日雇いしてもらえるよう頼みに行っている。その間に私一人でなんとか営業に回って仕事をとろうと予定を大幅に変更したんだわ。

 さすがの私でもこれには言葉も無いというか、無くても捻り出さなくてはと思って私は頭の隅から隅まで言葉の引き出しを開けていってるんだけど、駄目だ、こんな時に言うべき台詞なんて持ち合わせてないって普通。小学校の頃にクラスメートの男児が同じことをされてアーサー同様闇に落ちていたのを見たことがないわけでもないけど、だってあれは他人事だったから私が慰める必要なかったわけでね。

「悪いことは寝て忘れるとして、えーっと今日はほら、夕飯はアーサーが好きなもの予算範囲内でなら作ってあげるよー。リクエストないかなー?」

 ああー、長考しても無難なのしか出てこなーい。

 こっちを無言で見るアーサー。最近は顔なんて見なくてもどんな表情をしているか想像出来ていたというのに、久しぶりにのっぺらぼうが不気味に、そして不穏に感じる。

「ま、まあ見られたぐらい何さ! 減るもんじゃなし、やなことは寝て忘れちゃいなって」

「あーそう」

 手が怪しげに持ち上がり上半身を揺らしてアーサーは立ち上がるなりゆっくり近寄ってきた。

「減るもんじゃないのに人は何故局部を隠すんだろうな。猥褻物陳列罪になるからか? だったら室内では裸で良いよなあ? でも家族間でも局部って隠すんだよ。どうしてだと思うよ」

「そりゃ、ええっと? いや、うちの兄貴は裸族だったから家に帰ったら脱いでたかなあ。それで私がキモいって親に言いつけたらお母さんが掃除機で」

「特殊性癖の例外なんて聞いてないから」

「えー、掃除機のくだり気になったりしない? するよね!?」

 座っている私がアーサーの陰に入る。後ろに逃げてもそこは壁。

「見せたい人は見せれば良い」

「いや駄目だろ」

「だがあんな賑わってる場所で無理矢理股の逸物を暴かれたこのやり場のない気持ちをどう昇華すればいいものか。そこで考えたんだが、暴かれたのが俺だけという不公平さが駄目なんじゃなかろうか?」

「八つ当たり! それ八つ当たりだから!?」

「減るもんじゃないならロッカも見せるべきだよなあ」

「不公平って私は目が悪いんだから見てないしまったく因果関係無いから!」

「俺も別に誰かの見たわけじゃないのに襲われたし、世の中って不条理だよなあ」

 伸びてきた手から逃れるために横に抜けようとすれば壁に手が回って囲い込まれた。これはヤバい!! アーサーの胸を押しのけて腕の下から潜り抜けようと頭を低くした体勢になるけど、その肩に重みがかかったかと思ったら床に縫い付けられた。

 アーサーは本気でガッツリ私のパンツごと鷲掴みにした。上半身は動けないまま両手で必死にズボンをつかんで引っ張りおろそうとする力に抵抗する。

「やだやだやだやだ、無理! 馬鹿! あっ」

 不利な体勢でパンツを引っ張りあってるせいで徐々にずり下がっていく!

「ええい、死なば諸共じゃあ!!」

「ひゃん! 駄目っ! やぁっ! ああっ!」

 少しずつずり下げられるパンツに半ケツになる。もう手が痺れて布が手からすり抜けてしまいそうで。

「もう、駄目っ」

 扉がノック無しに開く。

「メリーさんに仕事貰ってきた」

「アーサー、ジャックからさっき聞いたんだけど」

 衣擦れの音と共に手から布が消えて一瞬で股の間に外気が触れる。床に爪先が勢い落下した。私のパンツを握ったまま玄関に気をとられるアーサー。玄関口で木の破裂音が鳴った。その隙に私は前屈みの正座になって股を両手で隠し足の指を曲げてなんとか少しでも割れ目を隠す。

 ユアンは壁に頭突きしたまま固まっていた。仮面の下からポタポタ血を滴らせるユアンの奇行にドン引きしたジャックが「仮面にヒビが」と言葉を詰まらせてアーサーと私に目を向けるけど、こっちにはもっと言葉が出ないようで「えーっと」と言ったまま黙り込む。


 私は、後にも先にも性別を男と偽ったことを今日程後悔することは無いだろう。

「早くパンツ返してよ! 変態!!」

 野郎共の前でお尻丸出しにされたこのやり場の無い気持ちを一体どうしろと!? 巻き込み事故にも程があるわ!!

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