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見えないと言っている

 遠慮なく満腹食べた。場合によってはしばらくありつけないからね。

 顎に手を添えて考えるそぶりのカーペンター。のっぺらぼうの表情なんて読み取れやしない。女と気づいたのかもしれないし、小賢しさで年齢がもっと上の方だとバレたのかもしれない。元々お人好しであることが前提の駆け引きなので、いつ放り出されるかもしれない。とはいえ、漏れた言葉はしみじみとした挑発内容だったけど。

「しかし目が悪いってのも新鮮だな」

 こちとら一大事だというのに呑気な感想でイラッときたので顔の高さで殴るために拳を握り締めると、カーペンターは身を引いて逃げた。

「待て待て。ロッカにとっちゃ死活問題なのは理解してるが、なあ、今更だけど本当に俺の顔見えてないんだよなあ?」

「顔のパーツは分からない。でも服装や髪形の雰囲気、シルエットで個人の判断はできなくもない。失明まではいっていないから間違いなく拳を顔面に叩き付けるくらいは出来る。残念ながらボコボコにしてもビフォーアフターが分からないレベルだけど」

「しかも顔狙うのかよ。でも、ふーん」

 ジロジロ視線を感じたかと思えば、明るい声で「よし!」と何か決めた。

「いいぜ、メガネ弁償出来なかったら人夫として雇ってやるよ。普段雇ってる奴らも他所でスタンダードに働くのが難しい外見でな、報酬の分配で賃金渡してるから取り分が減るーって文句言ってくるかもしんねえけど、ロッカの働きによっちゃ獲物もそれだけ多く狩れるし……そうだな、初期費用は慰謝料代わりに用立ててやるよ! 業務は荷運び、どうだ?」

 今度は私が考える番だった。

 私が今日見た怪物を運ぶのは、こう、二等分に分解していたけど重くて大変だった。しかも眼鏡が無いせいでセルフモザイクだったとはいえグロテスク極まりないに違いない。あんまり具体的に想像はしちゃいけない。道路でたまに見かける動物のスプラッタでも怖くて正視出来ないんだから。

 それを考えると眼鏡を失ってるからこそつける仕事とも言えるのか。身体的なハンデを課せられた異世界で働けるジャンルにどんなものがあるかは分からないけど、下手に高望みしてこっちの世界でも就職氷河期は体験したくない。障害物の無い場所で誰かの後ろへついて行くぐらいなら私にも出来る。

「分かった社長、とりあえずヨロシク」

「おう! ………………シャ蝶? いやだからアーサーって呼ぼうぜ。そうそう、働くに際しての条件をロッカには設けたいんだが、普段雇ってる荷運びと解体屋に関してなんだ。何度も聞くがロッカは俺の顔を最初から現在進行系でずっと、まったく、まるっと見てないんだよなあ?」

 私は顔の前で拳を握って見せた。

「待て待て待て待て、雇うための大事な確認だ」

 溜息が出る。

「掌広げて二枚分位の距離なら眼鏡無くても一応見えると思うよ」

「よーし、だったらロッカは顔が見える距離までジャックとユアンに接近するの禁止だな」

「…………は? なんでさ」

「仕事に支障が出るかもしれないからだ。ちょっと外見に問題があるんだよ。俺も含めて」

 カーペンターが親指を外に向ける。

「ちょっと周り見てみ?」

「見ろと言われても見えないわけだが」

 話の進行を折らないため素直に周りへ目をやったんだけど、ぼやけた世界で急に異常に気付いて鳥肌がたった。別の方を向いて、周囲を全部見回して、確信した。顔のパーツが分からないから目線が何処なのかは分からないけど、のっぺらぼうが全部こっちを向いている。

 途端に遠くから聞こえるヒソヒソとした声を非常に不愉快に感じた。

「なんで?」

「俺があまりに美しいから遠巻きに見惚れてるんだよ」

「何言ってんだ、こいつ」

「うんうん、やっぱり見えてないんだなあ。それって不幸中の幸いってやつだよ。ジャックとユアンにも安心して会わせられるわ」

 冷たい目で言い放った私に満足そうなカーペンターは、手を挙げて「会計ー!」と店員を呼んだ。




 一度意識すると気になって仕方無い。あっちを向いてもどっちを向いても、のっぺらぼうがこっちを向いている。

「く、のっぺら祭りか」

「この視線が嫌で家族も友達も一緒に外出嫌がるから俺はいつも孤独です。ナルシストな妹だけは気持ち良いわとか言って用事も無いのに外出したがるけど」

 美形云々はともかく何か人目を吸い寄せる要因を持っているらしい。異世界の服装のせいなんじゃないかとも考えたけど、港が近いので旅行者慣れしているせいか少し変わっている位では寛容に受け止められるんだそうな。

 カーペンターの言葉を裏付ける黄色い悲鳴も聞こえる。

「老若男女にうっとり見つめられるのも疲れる人生だ。客商売は邪魔されて仕事にならんし、誰かに雇われる側になると変な仕事もやらされるし、やっかまれるし、ストーカーは際限なく湧くし。だから俺は個人でやることにしたの」

「個人だなんて、お仲間さんいるじゃないさ」

「最低限の仲間は必要だろう。それにお互い問題抱えてるから気安いし、そこは協力ってやつだ」

「アーサー」

 路地から巨体がにょろっと出てきた。驚いて一歩横に避ける。カーペンターが手を挙げる。

「おお、ジャックじゃないか。丁度良い所に」

 呑気な挨拶を打ち消して周囲から悲鳴が上がった。さっきまで聞こえていた黄色い悲鳴じゃなくて、恐怖で絞り出される方のガチ悲鳴の方だ。磁石かという程向けられていた顔面が、今度は逆に一斉に背けられる。

 この新たに現れた同僚になる男を見上げた。


 でかい。


 これは顔が見える距離まで接近禁止しなくても、触れ合う距離でも大丈夫そうだ。それにこの男の外見問題は明らかにカーペンターとは違うやつだ。

「紹介するわ。この坊主はロッカ、新しく雇うことにしたジャックと同じ荷運び要員だ」

「雇う……本気で?」

 抑揚のない喋り方だが警戒心を感じる。反対する気か? 黙って反応をうかがう私を相手も黙って見下ろす。しばらく向かい合っていたが、あちらさんは静かに呟いた。

「怖がらない」

 黙ってる巨体はそれだけでも威圧的だけど、睨んででもいたのか。見えないから関係ないよ。

「うんうん良かったなジャック。よーし、この調子だロッカ、もうこの際だからユアンにも顔合わせしておくか」

 こっちは見えてないけど、これって顔合わせと呼べるのだろうか。

 巨体は小首を傾げて私を見下ろしている。これ間違いなくガン見してるよね。見えなくても直接突き刺さるっていうか、直接掌がきて頭を撫でられる。

 うん、無口だから分からないけど友好的に受け入れられた、ぽい?

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