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可愛さは外見にあらず

 テーブルに頬をつけながらガリガリとチラシ裏に文字を書き殴る。


 ひもじいひもじいひもじいひもじいひもじいひもじいひもじいひもじいひもじいひもじいひもじいひもじいひもじいひもじいひもじいひもじいひもじいひもじい紐爺。


「おお、ロッカ本当に読み書きを順調に修得してるなあ。この短期間で凄いじゃないか! 俺なんて外国語は商品名に使われるような単語しか分からないのに、うちの子は天才だなー、はっはっはっはっ」

 寝床にいるアーサーに視線だけやる。

「ひもじい」

「でもさぁ、どうせならもっと良い言葉を書かないか? なんというかな、何故かうちの中で魔王でも生まれてきそうな瘴気が床から立ち昇ってきてるんだよ。最近眠りについたら悪夢を見る原因絶対それだと思うし!」

 床に散乱している紙にはみっちり真っ黒になるまで私の文字が埋められている。それ以外はゴミだって出ていない。水を使わない台所は乾き気味、薪をくべない釜戸は冷え気味、無職って勉強がはかどって仕方ないなあ。ジャックは私と向かい合う形でお絵描き、もとい眼鏡のデザインに取り組んでいる。

「社長いつになったら傷治るの? 明日?」

「一週間で殺意の篭った渾身の一撃を治したら化け物だろうが」

「違うよ? 明日で九日目だよ? 似て非なる日数だよ? もうカサブタ出来たでしょ」

「深々と刺されたところがそんな擦り傷みたいに治ってたまるか」

「ロッカ、見て」

 ジャックが私の手元に眼鏡の図案を提出してきた。私はその新しく与えられた紙に手を乗せて、今度は金が欲しいと書き込みを開始した。


 アーサーが漬物屋に刺されてからというもの仕事が出来ない状態へと再び陥っている。前回動けなかったのは冤罪をかけられていたジャックだったから小規模でちまちま小銭を稼ぐことも出来たんだけど、今回戦力外になったのは戦闘員。ゲームじゃあるまいし化け物がいる町の外へ命懸けで行く気にはならない。それでも治療費はいるし、このままじゃ全員飢え死にさ。だからって私達がバイトに就くのはそもそも難しいわけで。

「この手は出来れば使いたくなかったけど、こうなったらヘソクリを使うしかない」

 私は力の入らない体を無理やり奮い立たせて震えながら歩く。一日一食になってから三日目。慣れてる野郎共の危機感の無さには付き合いきれない。私が、私がなんとかしなくちゃ。

「ヘソクリって、そんなことする余裕がうちにあったのか!?」

 衝撃を受けるアーサーの寝床から枕を奪い取ってカバーに手を突っ込む。ゴソゴソと中を探って目当ての感触に行き当たったので取り出すと麻袋が出てきた。

「…………待って、何それ」

 枕の持ち主から質問が飛んできた。

「そこらに生えてる珍しくもないハーブ。乾燥させてよくお茶にしてるでしょ」

「だからどうしてそんな物が俺の枕から出てくるんだよ」

 しばらく真顔でアーサーの顔を見ながら思案する。その間に流れた沈黙で今この場を無言で立ち去ることは許されないのだと悟る。顔を背けた私の顔には陰のある笑みが漏れてしまった。

「犠牲が必要なタイミングを見誤ると大きな惨事を招く。うちにはお金が必要なんだ。アーサーの犠牲は今晩きっと美味しいおかずに変えてみせるから……。じゃあ、私これからちょっと出かけてくるわ」

「うっわ、凄ぇ嫌な予感しかしねえ!? ちょっ、ジャック頼む!」

 自分が動けないアーサーは脇腹に手を当てて慌ててジャックに鋭く指示を出した。それに対して力強く頷くジャック。

「分かった。ロッカ」

 私は気力を振り絞って玄関から走り出した。後ろからジャックがすぐに追いかけてくる。

「俺も行く」

「何も分かってなかったー!! 暴挙は止めて、このあんぽんたあああん!」

 一度立ち止まったジャックは戸締りをしっかりとこなした。




 メリーの喫茶店に入店すると鈴が鳴る。長い髪をふわりと風に揺らして振り返る女のシルエット。

「あら珍しいお客さん。ロッカちゃん、じゃあ、あああああああ!?」

 明るく迎えようとしたメリーの声がやけに低い悲鳴に変わり、彼女はテーブルにぶつかって床に転がって腕で身を守るかっこうになる。私が後ろを振り返ると扉だった所に鳩尾、見上げるとジャックがこちらを見下ろしていた。

 棒読みの掠れた声でメリーが口を開く。

「うち、お酒は置いてません」

 私は乾いた笑いで持ってきた物を見せる。

「……悪いけどお客じゃないんだ。売りたい物があるんだけど交渉出来ないかなあ」

 メリーは震えながら四つん這いになり背中を向けて膝立ちになると、掌に「金、金、金っ」と指で書いて飲み込んで勢いよくこちらに歩み寄ってきた。

「裏部屋に移動してもらってもいいかしらっ」

 声を裏返して脇を締め両手に作った拳を顔の横で震わせながら訴えてくるミラクルキュートなメリーさん。時間帯的に少なかった二人の客がそそくさと逃げるように去って行く。


 女性らしく飾り付けられた部屋に通されてお菓子とお茶が目の前に出された。

「そ、そ、それで例の物なのだけれど」

 クッキーを鷲掴みにして口に放り込む。甘い普通のクッキーだ! 乾いた喉が痛い、お茶を流し込むと胃の中にじんわり何か入ってる感覚が染み渡った。もう怪しいメリー作でも構わない! このサクサクした感覚と香ばしい穀物の味わいはまさしく店で買うクッキーの味。次から次にクッキーに手を出す私の手にそっとスベスベとした手がそえられた。

「交渉に、入っても、良いかしら?」

 もぐもぐしながらクッキーに目を走らせるものの、私は前のめりになっていた上体を起こしてクッキーを摘んだ手を膝の上に降ろした。

「失敬、かなり飢えていたもので」

「追い詰められているのね」

「これ買ってくれたら今日はお腹いっぱい食べれるんだ」

 ハーブの入った袋をテーブルに乗せる。手に取ったメリーにクッキーを齧りながら説明する。

 メリーは袋の中身を再度確認すると、膝の上に取り落として震え上がる。

「そそそそそんな、私の店にままま麻薬は置けないわっ!」

「これは確かに人権を踏み躙った不合法物だけども人体に影響は無いから! ただアーサーの枕の中に入れて乾燥させただけの変態御用達ハーブティだよっ!」

「ハーブ! ……ハーブティ?」

「そう。下着みたいな物はさすがに渡せないけど、モラルじゃご飯は食べていけないので用意してみたんだ。これなら多少は正統派ファンも手が出しやすいよね? 無価値ってことはないと思うんだけど、メリーさんこれ、いくらの値段つけてくれる?」

 メリーは私の隣に座るジャックに恐る恐る顔を向けて、サッと顔を俯かせる。私はメリーが下を向いている間に素早く新しいクッキーを手に取った。

「ハーブティ、ハーブティね。なかなか良い案だと思うわ。確かに今までのコアな客層は高額で買ってくれるけど金の切れ目が縁の切れ目になってしまっていたし。相手は普通の娘さん。かといって安売りはしたくないし」

 今までは何をどうやって手に入れてたんだ、メリー。

「か、買うのに異存はないの。本当よ! で、でも私、ロッカちゃんとは仲良くしたいと思っていたのだけれど、これはその、こ、こ、高額で買わないと私、どうなるのかしら!」

 私はジャックを見上げる。恐らく口を引き結んで緊張のせいで強張っているだろう強面のジャック。かたや目の前には血の気が引いているメリー。もしかしなくてもこれは強面を使って金を払えと脅しかけているの図になっているんだろうか。なるんだろうな。

「隣のこれは特に何もしないから気にしないで欲しいんだけど」

「無茶よねえ?」

 震える声で返される。

「いや本当に圧力をかけて金をせびろうなんて思ってないから。駄目ならその辺で投げ売りを試みてあぶく銭を稼ぐだけだし、無理に売りつけるつもりは」

「止めて! そんなことをしたら市場価値が落ちてしまうじゃないっ!!」

 力強くメリーが片足を踏み出した。

「あ、うん……」

 アーサーの体臭の価値とやらを直視したくなくて視線を床にさまよわせると、メリーは無言で元の位置に戻った。

「でも顧客が手を出せる売値と仕入れ値の設定には限度があるわけで……」

 メリーの声がかき消えた。


 ここにきて身を固くしていたジャックがおもむろにポケットに手を入れるという行動に出た。メリーは即座に傍らへ置いてたお盆を取って半腰で構える。地鳴りでも聞こえてきそうな緊張感が場を支配して、私は……クッキーに噛り付いた。

 サクサクとクッキーを咀嚼する音だけが響く中、遂にジャックがポケットから手を出す。その手には伊達眼鏡があった。そしてそれが静かにジャックの顔に装着された。

 沈黙がおりる。


「あの、ごま、五万でゆるゆる許してもらえないかしら?」

 こっち見るなジャック。そんな途中で急に眼鏡かけたからって効果あるわけないでしょーが。無駄に警戒されるわ。何、まさか今回それやりたくて付いてきたの? 大体あんた評判悪いんだから生半可な仮装じゃお茶濁せないから。眼鏡に過剰な期待かけ過ぎだから。

「はあ」

 とは言え、これじゃ後に恐喝されたと言われかねない。メリーとはお互いがアーサーの人権を踏みにじった共犯者となってもらわなくちゃならない。何故なら訴えられると私だけ完全敗訴になってしまうから。

「あのね、メリーさん。この隣にいる強面は私の子分なんだよ」

「え?」

 前方と左側から声が上がる。自覚の無い下僕に指をクイッと下へ向けて合図する。

「はいはい今から証明するからジャック、肩車」

 私がよっこらしょと立ち上がればジャックは素直に首を下げる。またがると元の姿勢に戻って見事に肩車が完成した。両手を上に広げてばーん、と心の中で呟く。

「どうさ」

 メリーがおずおずと感想を述べる。

「えっとー、凄くシュール、かな」

 だと思ったわ。

「まあ見ての通り悪ふざけの道具にされても無抵抗なので無害だということは理解出来たかと思われる」

「ん? う、うーん」

 メリーは混乱している。これでもまだジャックが怖いの? 必殺、子供と戯れる強面の図はさぞかし親しみやすかろうというあてがはずれるとは。

 私は肩の上で腕を組んで目を瞑った。

「ところで例えばの話なんだけど」

「え? そのまま話すの?」

 内気で他人の言いなりなうちのジャックが最近真人間になる努力をしている。ぶっちゃけ何の成果も見えないけど引き篭もらずに人前に出ようという頑張りは評価してやりたい。

「強面が仇となって周りから村八分にあっていたせいで超絶社交下手になってしまった男がいたとしよう。その面構えの不評たるや買い物はおろか、対人関係、日常生活というあらゆることに支障をきたすレベル。周りから謂れのない後ろ指を差されても反論も出来ない口下手で、いまや凶悪犯並みの悪名を轟かせ意味の分からない日陰人生。それってちょっと人生の難易度高過ぎかなあと思ったりしないだろうか」

「えっとー、つまりー、この場合プイさんがそうだって、こ、と……?」

 戸惑うメリーを捨て置き私は虚空を見ながら力強く問いかけた。

「大体さあ、こいつまだハタチの青二才だよ? どっかの若頭ってわけじゃあるまいし、ちょっと手厳しいんじゃないかと思うわけさ。社会不適合なのは歓迎しないけど周りと敵対しながら更生ってのはさー」

「あのー、ロッカちゃん?」

「会社で言えば新入社員の年頃だよ」

「もしもーし」

「怖いなぁと思っても多少目を瞑って付き合ってやってくれれば、その内無害だって分かるって!」

「それは」

「生まれ持ったハンデだし顔のことは是非とも平気になってくんない? そもそも第一印象なんてあてになんないんだから中身にちょっと目を向けてもらえればなんて」


「それは甘えだわ!!」

 断罪する程の力強さでメリーが言い切り立ち上がった。

 空気を切るように腕をまっすぐこちらに向けて指を向けられる。メリーの片足がテーブルに乗ってクッキー皿が床に落下、私の糖分が儚く散った!

「顔が愛される決め手になるから素材が悪けりゃ諦めるしかない? そんなの分析だけして対策を怠った負け組の戯言よ!! 客商売ではいかに愛される笑顔を修得するかが決め手。第一印象で好感度が悪ければ客はもう寄り付かない! あらゆるものを犠牲にして手間と時間と自分を捨ててひたすら対面を築き上げてこそ客の支持を勝ち取り報われるのよ。客を振り向かせるのにありのままの自分じゃなきゃ嫌なんて言っといて、いざ世間が見たままの自分を低評価したら世間が糞なんて愚劣の極みよ。投資もせずに利益は無し! 客が怖そうな店員でも我慢して店を利用して更にはお金を払いに来てくれる? 周りの人間は自分のために生きてるのよ。他人に都合が良いように動くわけないじゃない! だから客が店のために動くんじゃなくて、店が客の求めてるものを演じて金を落とさせてんのよ!? 人に譲歩させることを前提にしてる商売人を客が支持するわけないじゃなーい!!」

「ぐふっ」

 ジャックが胸を押える。しかしメリーは止まるどころかテーブルをガンガン踏み鳴らしてエキサイト。

「顔という世間の評価なんて不完全なものに流されて与えられた型にはまっておいて、後で文句を垂れ流すなんて身勝手は死ぬべきよ! 手に入れるための努力を自分じゃなく他人に求めるご都合主義! ええ! 私はそんなもの叩き潰してやったわ!! 私の店をなんとなくでつけられる悪評価で貶めさせるものですかああああああ!!!!」

 顔をジャックが両手で覆う。泣くな、男の子。

「好感度が無ければ上げればいいのよ。私の店はレベルが高いの。若い小娘使って看板はるようなちんけな店より最高の腕を振るっているわ! でも店員の外見というのは店の好感度にもちろん大きく関わるのよ。カーペンター様を見れば分かるでしょう? 世の中はどうしたって外見が第一印象。どうしたっていかにも金に任せて立派な店を建てればそっちに衆目は集まっちゃうのよ! 中身を見れば? 料理が良けりゃ売れるなんて戯言よ! だからそれをひっくり返すためには強烈な中身を作っていくしかない。作るっていうのは自然体じゃなく努力による戦略よ。客に料理を理解しろなんて言っちゃいけないの。連中なんかに目を向けられないよう知らしめる必殺一撃で引きずりこむのよ!!!」

 この話題は地雷だったのか、メリー。


 乾いた笑いしか出んわ。

 私の足が床についている。上半身を伏せてジャックが打ちのめされていた。腹の虫を吐ききったメリーが視線を下ろし、害虫でも見つけたように片足をテーブルから降ろして身を引く。

「あ、あらやだ。つい」

 乗っていた肩から降りてメッタ刺しにされたジャックの背中を軽く叩く。

「まー、ゆっくり十年くらいかけて頑張れ」

 涙声でジャックが首を振る。

「悠長に構えてたらアーサーとユアンみたいになる。社会復帰は早い方が傷が浅いってロッカ、前に言ってた」

「あんた、時々黒い台詞をサラッと吐くよね」

 あいつらが自分の置かれてる状況から抜け出すことを放棄している負け組なのは間違いないけど。

 俯いたジャックは膝の上で拳を握る。

「俺、馬鹿だから頑張り方、分からない。人に嫌われない普通の生活したい。ロッカに面倒って嫌われたくない。修行すれば治るならやりたい。教えて欲しい」

 私はジャックの後頭部を凝視した。

 短くそろえられた髪を撫でるとヒヨコみたいで意外に柔らかいんだよね。頭に手を置いて呼びかける。

「ジャック」

 それに応えて顔を上げたジャックは私を至近距離から見た。それは悲しい顔なんだろうけど残念なことにガンつけてるようにしか見えなかった。

 私は笑顔で告げる。

「じゃ、ちょっくら仕事無い間は修行もかねてメリーさんの店で短期バイトで雇ってもらいなよ」

「え、えええええっ!?」

 ジャックとメリーが声を上げる。

「ちょ、ちょっと? 困るわ、ロッカちゃん。品物を置いたらお金を受け取って速やかに去ってもらわないと」

「日給三千円で一日コキ使い放題でどうだ!」

「採用」

「ろ、ロッカ……」

 ジャックが動揺して私の服の裾を高速で引っ張って主張してくる。メリーの方は「はっ! 値段につられてつい」と口に手を当てた。

 私はテーブルの前に座って床に落ちたクッキーを手に取る。

「正直、眼鏡でどうにかなるレベルじゃないし、どうすりゃいいか行き詰ってたから丁度良い見本だよ。無収入から脱却も出来て一石二鳥じゃん。ついでに皿洗いで私を雇って、メリーさん。日給千円でいいから」

「でも、ロッカ」

「悪いけど小さな店だしそんなにスタッフがいても支出がねえ」

「そんなこと言わずに、五百円でいいから」

「ロッカ、俺」

「でぇもぉ、うちもお金が余ってるわけじゃないしぃ」

「そこをなんとか、サービス強化月間だと思って」

「えー? まあロッカちゃんとは今後も良いお付き合いをしていきたいとは思ってるから、んー」


 アーサーの体で作った密造ハーブティにより私は五万の収入を得て、ついでに日給二百円で皿洗いの仕事を手に入れた。

 今日はお買い物だ、きゃっほおう!!




 メリーはああ言うけど、付き合ってみればすぐにジャックの性格が外見とは随分乖離してるって分かるわけよ。メリーも最初こそ怯えていたけど今や完全に克服しきっている。

「なんでもやってくれると言っても、お客が悲鳴を上げて逃げていくんじゃ商売あがったりなのよお? そんな怖いお顔で客商売やっていけると思っているの?」

「男子三日会わざれば刮目して見よとは聞くけど、社会不適合者が即戦力になりますかいな」

 私が皿を洗いながら言うと、メリーは口元に拳をあてて「うふふ」と笑う。

「戦力になるまでお給料無しで良いなら目を瞑ってもいいわよぉ?」

「さあジャック、時間は有限なんだから貪欲に攻めていこうか!!」

 ジャガイモの皮をカウンターの陰で剥きながらジャックは身を縮こまらせる。

「でも俺、どうすればいいか」

 メリーが頬に指を当ててくねくねと思案する。

「私も昔はとてもお客さん受けについて悩んで試行錯誤したから、ジャック君の気持ちも一応分かるのよ。そうねぇ、だったら私を見て? ジャック君、率直に言って私ってどんな風に見えるかしらー」

「どうって……」

「とぉっても可愛らしいブリッコでしょう?」

「あ、自分で可愛いとか言っちゃうのか」

 私の呟きにスカートをはためかせてメリーが振り返る。

「そりゃあ、私が客商売のために修得した好感度を上げる方法がまさに可愛さにあるんだもの。ジャック君もよく聞いてねー? 外見から受ける印象っていうのは真反対の行動や喋り方で相殺させられるのよ。堅苦しそうな人は軽薄そうに。軽薄そうな人は堅苦しそうに話すの。だからー、可愛く見えないって言われたら私はそういうキャラ作りに失敗してるってことになっちゃうの。しくしく」

 え? つまりメリーの元のキャラはどうなの。あれなの? 


 ジャックが仕事の手を止める。

「じゃあ、俺はどんな風にすれば」

「外見と真反対の印象を植え付けたいなら相殺した上に過剰な要素を詰め込むのー。とりあえず可愛く話す練習をしましょう? 可愛いは全てに通じるんだもの。分かったらジャック君、今後はちゃーんと可愛らしく喋ってね?」

 困惑した様子で、しかし持ち前の素直さからジャックが頷く。

「うん」

「あら駄目よー?」

「ぶはっ!?」

 突然ばちーんという強烈なビンタがジャックの左頬に食らわされ巨体がくずおれて地面に転げる。あまりのことに唖然とする私達をよそにメリーが頬に片手を上げてスカートを揺らす。

「返事は可愛く、はあい、よ?」

 何が起きたのかいまいちよく分らないままジャックが「は、はあい」と繰り返す。「発音が大事なの。内容も可愛らしくを心掛けてね」と両拳を握って顔の横で可愛らしくガッツポーズをするメリー。

「でも」

 ジャックが勇気を出して声を上げればメリーの手が唸りを上げて右頬に凄い音で直撃! 反対側に吹っ飛んだ。

「え、あ、え?」

「もー。でもじゃないでしょー?」

「は……はあい?」

「ふふ、そうじゃないのよ。言ったでしょう? でも、じゃなく、でもぉ、よ。語尾は基本伸ばして。質問は良いの。疑問を持つことって学習する上でとおっても大事だと思うわ。それでジャック君、なあに?」

「でもぉ、俺、お、男、だ、から」

 完全に震え声でジャックがなんとか疑問を声にするとメリーはジャックの前にしゃがみこんで鼻を指で突く。

「男の子も可愛い系っていうものが存在するのよ。私、ジャック君の中身は十分可愛い系だと思うわ。そしてジャック君のお顔でカッコいい系を目指すとアウトローにしか見えないから客商売では失格よ。そういうことだからこれからは可愛い系を目指して頑張りましょうねー?」

 混乱しているジャックの代わりに私が挙手して質問してやる。

「そうは言っても可愛い喋り方ってのがよく分らないんだけど」

「あら簡単よ。可愛い喋り方をマネして喋っていけばいいの。そう、つまり可愛いは私」


 その通りですメリー様。


「いやでもそのまんまだとオネエ系になっちゃうと思うんだけど」

「あらぁ、親しみやすくていいじゃない」

「それはそれで面白いけど、茨の道から脱出するために出した向上心で、別の茨の道に入りそうだし。出来ればもうちょっと人生の難易度が下がりそうな方向性で育ててやってくれないかなあ」

「うーん、強面オネエ系、良いと思うわよ? それに半端なキャラでこの外見じゃやっぱり喫茶店では使えないし、色物で売っていくしかないと思うわ。大体お金払ってる以上手っ取り早くなんでも出来るようになってもらわないと一日コキ使えるっていう利点が無いんだものぉ」

「色、物っ……」

 ジャックがショックを受けている。 

 まあ、うーん。さすがに外見も変えなきゃジャックは駄目よね。


 そこで私は急浮上した大学の思い出のおかげで手を叩き合わせた。

「あ、そうか! 分かった、私に良い案がある」




 床にお金を並べて家計簿をつける。

「次の受診は明日で治療費はこっちの袋に取り置き。明日買いに行く食費はー、こんだけ。そろそろ釜戸の薪も補充し時か。お子様達がくれたパンの耳はとりあえず砂糖でもまぶしてしばらく主食にするとして、水はどんくらい買おうかなぁ」

 ペンの先で唇をつつきながら悩む。こっちだと水は買わないと手に入らないんだよね! 離れてみると水源豊かな祖国が妬ましい。風呂は無理にしても体を拭くんじゃなくて桶一杯分くらい使って久しぶりにジャブジャブやりたいなぁ。お金使っちゃ駄目かなぁ。


「邪魔するよ」

 温かい桶一杯のお湯を想像して心を弾ませていると、相変わらずアーサーの寝床側にある窓から入ってくるユアン。

「あ、ユアンじゃあん! 超三日ぶりい!」

「は?」

 私の横で家計簿を覗いていた男が飛び跳ねる勢いで立ち上がってユアンを出迎えた。サングラスと帽子を装着して服を着崩したファッションはこの地底ではちょっと見かけない。

「最近俺仕事してたからなんか久しぶりな気がする! マジ何してたし、今日は飯食ってけよな! あ、このサングラスどうよ、俺超似合ってね!? ユアンにはこれ作ってもらってマジ感謝だわ。もうこれヘビーユーザーってか使いまくりだから! ひゅー! さっすが一流の腕を持つ男、きゃあっこいい!!」

 その場でクルクルっと回って両手でユアンを指さしてピタッと止まった。

 空気が凍り付き、ユアンが窓枠から片足を踏み外して荷物をアーサーの腹の上に落とす。

「ちょ、ユアうごふっ!?」

 アーサーがくの字に飛び上がり白目を剥いた。今、部屋の中の時間が止まったように誰も動かない。

「だ」

 その沈黙を破りユアンは窓の横の壁に後退って絶叫した。私は袋に入った焼き崩れたクッキーを大事に齧る。

「誰だお前ええええええええええええええええええええええ!!」


 強面の対極ジャンルにチャラ眼鏡持ってきてみたけど、後はこれを長時間持続出来るようになれば喫茶店の給仕はバッチリ。これで依頼が無い日もなんとか食いっぱぐれなくてすむようになりそうだわ!

 ジャックが私を見下ろしてくる。

「これで師匠、合格くれるかな?」

「大丈夫大丈夫。後は持久力だから。昼食復活も近いぞー!」

 社会復帰万歳。

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