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一寸先は誰の目にも闇

 そこまで経ってないはずだけど植物の緑に囲まれると懐かしくて緊張する。なにせこの世界には怪物いるわ、本日の舞台には天敵お巡りがいるわ、私を狙う殺人鬼が潜んでいる予定だわ、こういうのなんて言うの? 三重苦ってやつか。

「町から出るのは久しぶりだな。安定した生活に戻りたいわ」

「ねえ、標的は付いて来てんの?」

「あのさぁ、気配を読むなんて高等技術は誰も持ってないから。付いて来てる前提で決行してるんだよ。信じられないことにね。僕ギャンブルは否定派なのにさあ」

 前を向いたまま自然なそぶりでやるやり取りに、前を行くジャックがやや力強く頷く。

「多分大丈夫」

「多分かー」

「誰か背後に回って確認して来なよ」

「ここで別行動に出るのは不自然過ぎでしょうが」

 滅多に人が通らない道、周りに人がいればすなわち高確率で例の真犯人だろう。胸糞マザコンお巡り達は現地で待機している手筈になっている。大勢で動くと、ほら、どこにいるとも知れない真犯人にバレる率が上がるから。

 これだけやって何も成果がなかったら……。

 足取り重いメンバーを背に何か一人だけ意気揚々と前を歩くジャック。

「ちょっと」

 アーサーの服を引く。

「なんで一番ヤバい割りを食う奴がウキウキしてるのさ」

「本当になー。最近誰かさんのお陰で積極的になっちゃって。俺達が顔突き合わすとどうしても世間って世知辛いよなぁ、耐え忍んで慎ましく生きて行こうなぁって方向に行きがちだもんな。理不尽なことも、ジャックにはやっぱり諦めるしかないんだなぁって気にさせてたんだろうなぁ」

「……何さ」

 うんうんと一人納得するアーサーは、私を見下ろして親指を立てる。

 ジャックの後頭部にハリセンを全力投球した。

「あう」

 でかい図体がつんのめって頭を撫でながら振り返る。ユアンが親指を下に向ける。

「ツンデレ暴力反対」

「いやいや、それよりその紙製扇どこから出したよ」

 軽量携帯特化で研究中だよ。


 目的地到着か、打ち合わせた場所を知るアーサーが立ち止まる。

「そういや、ここら辺りだったなあ」

 アーサーがなんでもないように口にする。

「人通りが無くて大物の怪物が出ないから一人で仕事する時は穴場でさ、誰もいないと思って油断して遠慮なく狩りをしてたもんだから俺はロッカのメガネを割っちゃったわけだ」

 なんとなく驚いて周りを見回してしまう。見えないから覚えようもなかったし森なんて何処も同じに見えるから分からないけど。

「そうか、ここで私は眼鏡と世界を失ったのか」

 それでもって親も兄弟も友達も経歴も失った。まったく何も無い。積み重ねてきた全てが意味も分からず無意味に。そしてこの作戦に失敗すれば私は。

「君のメガネへの執着は世界と同列なのか」

「ふん、眼鏡っこにとっての眼鏡の優先順位は低くないのさ」

 顔を伏せて目線だけ三つのシルエットへ向ける。


 次はこれを失う。


「ねえアーサー、奴ら本当にいるのかい?」

「隠密に長けた潜入員を寄越すって約束は取り付けた。確かに俺達とは犬猿の関係とはいえ、誰もいないってのはさすがにないはずだ」

 下手に見回せないので小声で短く確認している。

「なら作戦開始だよ」

 大きく息を吸い込む。私より先にアーサーが大きな手振りで体を反転させて向き合い、少し声を張り上げて問いかけてくる。

「やー、ロッカ、あれを落としたのはこの辺で間違いないのか?」

 私もよく聞こえるように声を上げた。

「そうだよ! 大事なものなんだ。あれがあれば目の悪い私でも例の殺人鬼の顔がハッキリ見える。あの時の顔はよく覚えてる。奴が町にいたら逃げ切れるものか!!」

 本当のところは落としたんじゃなくて完膚なきまでに割れてるんだけどね、眼鏡。それにしてもこの演技、まさか実際の破壊現場でやることになるとは。

 私の殺意に満ちた目のせいかどうか知らないけどアーサーが顔を逸らせて演技を続ける。

「ここらに怪物の気配は無い。手分けして探そう。あの時は藪の中での仕事だったから、俺とジャックは仕事で歩いた場所を辿ってみよう。ユアンは念のためこのまま街道を進んで道に落ちてないか調べてみてくれ。もっと向こうに行った時に落としたのかもしれないからね」

「私は何をすればいいのさ」

「拠点として集合場所を守ってくれ」

「いつ頃戻ってくるの?」

「そうだなー、藪を探すのは一苦労だ。良い素材があれば仕事もついでにしちまうかもしれない。一刻は無理だ」

「えー、一刻もー」


 小声でユアンがケチをつけてくる。

「ちょっと、ダイコン過ぎるでしょ二人共。その棒読みもうちょっとどうにかならないの」

「ユアンとジャックよりマシだから」

 事前練習での酷い演技っぷりに台詞がゼロになった奴に演技指導する資格があると思ってんの?


「一刻も? ロッカが危ない」

 ほらこのジャックの棒読み具合ときたら、いや、ジャックはいつもこうか。

「それは大丈夫だ。念のために怪物避けの結界を張っておこう。町にあるのと同じ人間だけが出入りできる限定結界だ。そこから出ないように大人しく留守番しているんだぞ」

 目配せし合う。と言っても目自体は見えないから多分私だけ目が合ってないけど。

「じゃあ、気をつけてな」

「お互いね」

 さあ出てこい、糞野郎。




 私は迂闊な子供ですよー、という隙だらけの状態を装って留守番に飽きた子供よろしく動き始める。そこら辺の草むらをガサガサしながら探し物をしてるっぽい動きをしているだけで深入りはしてない。うっかり藪蛇を出すと都合悪いしね。真犯人には是非言い訳出来ないよう私に襲いかかって現行犯で捕縛されてもらわにゃ意味無いからさ。

 耳を澄ますと確かに誰かの息遣いは聞こえてんのよ。警戒した真犯人なのか隠密してるとか言ってた警察か判らないけど。

 怪しまれないようアーサー達は本当に離れて探し物のフリをしている。私なら本当に仲間が遠くに離れているか確認してから獲物を狙うと思うからね。どのタイミングで見られているか分からないから、しばらくは私に何があってもフォロー出来ない予定だ。つまり、本当の意味での味方は今一人もいない。もしお巡りに裏切られていれば無力な私は…………その上でだけど、打って出るか?

 襲うきっかけが見つけられずにいるシャイな糞野郎のために更なる無防備を晒してやるかってこと。でも態とらしく感じられたら餌に食いつきかけた魚は敬遠するかもしれない。焦ってもさ、良いことなんて無い方が多い。でもさ何もしなくて失敗するより私は、私、いや、えっと。


 ……あのさ、子供のお遊戯会で必要か? と思うような役柄ってあるじゃん。木の役とか太陽の役とか。ああいうのって台詞が無かったりすることも多いのにやけに存在感があるんだよね。ところで本物の木の幹から人面生えてる気がするんだけど。いやいや薄っすら斜め下の地面の窪みに顔が見える気もする。露骨に見回せない状態なのに凄い吸引力に負けそうなオブジェがいる。

 腰にセットしてある筒からハリセンを抜きかけて留まる。

 お巡りか? あれはもしかせんでもお巡りなのか? 隠密に長けた連中だとか言ってなかったっけお遊戯会みたいなマネしやがって舐めてんのか馬鹿なのかハッキリしろ殴り飛ばしたろか。だがしかし真犯人に自ら警察の存在を暴露するわけにはって、木の幹から腕が伸びてる何か食べ始めやがったしもうこれバレてんじゃないの? バレるよね?! うがああああああああああ!!

 両手でハリセンを抜き放ちかけて深呼吸をする。

 駄目だ、万が一でも角度的にバレてないことに賭けて移動するしかない。ハリセンはまずい。万が一の可能性すら放棄することになる。どうにか切り抜ける方法は……ああクソ、性悪胸糞マザコンお巡り共がよくもこんな体たらくで公安なんて名乗りやがって、奇跡的に全て解決したら正義と公正と常識について二十四時間耐久で苦情申し立てて地獄みせてやるからな!!


 勢いよく拳を突き出して指を一本跳ね上げる。

「あー! あれはもしや探し求めていた視力補助器具眼鏡なのではー!?」

 視線を全力で引き寄せてやる! さあ私だけを見ろ、注目しろ、大声を出しても誰も現れないのかと油断して殺しに来い!

「おーい、みんなー! うーん聞こえないのかなあ! ちょっとくらいなら大丈夫だよね!?」

 お巡りの囲いを抜けたと思われる位置まで走り抜けて藪を前に仁王立ちになる。

 唾を飲み込んで、それが結構大きな音のように感じて動悸がしてきた。心臓を患うには若過ぎる、治まれ緊張、燃えろ反骨精神。ここに藪蛇はいない、いない、いないことにするしかない。

 私は姿が見えなくなるくらい子供のように勢いよく藪に飛び込んだ。

「これかー!?」

 異世界的に視力補助器具がどんなもの設定でイメージされてるか想像してないけど、藪にチラリズムするようなもんだと思うか? とか頭によぎった。

 何か手につかめた物を持って立ち上がる。

 この調子でうっかり藪の中まで入り込んで、あれ? ここ何処だろうとか言い出すジッと出来ない子供の設定で、慎重に不自然な擬態お巡りと微妙な距離を置いた藪の中に真犯人を引き寄せてくれるわ。

 襲いかかってきたら逃げながらお巡りの待機場所へ戻る。一撃必殺にさえ気をつければなんとでもなる。そして拾った何かを見て大きな声で独り言アピールだ。

 手にたまたま握った物を見下ろす。

「なーんだ、携帯か。森の中で落とすとは不憫な」

 ポイッと捨てる。人工ゴミの少ない異世界なら問題なく時間をかけて土に戻るでしょうよ…………。


「…………は、携帯?」

 今、スルーしてはいけない物をスルーしかけた。今投げ捨てた物を見下ろして藪の隙間に別の物体が目に入った。それは視力が悪くても色味で分かるくらいの知名度を誇る例のラベルがついた空のペットボトルだったり、密集した草に支えられた何かのカラフルな広告だったり、少し離れた所の土まみれの週刊誌、近眼でも察知出来る割れた赤い三角コーン。

 この異世界の森の中で慣れ親しんだ物体が寄り集まる不法投棄みたいな光景に引き寄せられた。

 演技を忘れた私は自然に足が進んで、「あふん」肉っぽいものを踏んだ。

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