現実と「現実」
ある日 セカイに一人の人間がおり立ちました
のちに勇者とよばれたその人間ですが じつはこのセカイの人ではありません
国の巫女によって とても遠い 遠い所からよばれた人でした
魔王とよばれる悪い存在が 魔物とよばれる手下を使い セカイのせいふくを行おうとしているセカイです
危機にひんしているセカイで よばれた勇者は最後ののぞみ
「空間をこえてよばれた勇者よ! このセカイを助けてほしいのだ!」
「はい! 魔王をたおせるのが勇者だけならば やりとげてみましょう!」
「おお! ならば さっそくじゅんびを!」
勇者はこのセカイの人ではありませんでしたが 魔王におびえる人々を見て 魔王をたおすことを決心しました
遠い所から来た勇者は 勇者だけが使える不思議な剣を手に取り
そのセカイで失われたとされていた不思議な力を身に付けて
まわりの人たちがおどろくほどの早さで 勇者はセカイへとなじみ 溶けこんでいきました
一日でも早く このセカイを魔王から救いたい!
勇者のその強い決意が 力となっていたのです
そうしてあっという間に時は進み 出発の日になりました
「勇者様! どうか私も連れて行ってください!」
「貴方は国の大切な巫女 この旅はとても大変になるでしょう 生きて帰ってこれるかも分かりません」
「危険であっても 私はセカイの平和を願う巫女です このセカイの危機に対して 何もしないというのはたえられません!」
そうして勇者は美しい巫女と ゆうかんな騎士 かしこい魔法使いたちと共に長くけわしい旅を始めました
道すがら おそいかかる魔物たちを倒して 旅を続けます
魔物におそわれた村や町を助けて 勇者たちは魔王がいるというお城を目指します
何度も大変な目にあいながら 四人は時にけんかし 時に協力し 友情を深めながら黒雲をまとうお城を目指していきます
『人間のぶんざいで なめた真似を!』
それはそれはとても巨大な影でした
魔王から放たれた大きく 低い声に 巫女 騎士 魔法使いはおびえたように後ずさります
ですが 勇者だけはひるむことなく世界の平和を胸にいだき 勇者の剣を魔王へ向けます
「セカイに害をなす存在め! 消え去るんだ!」
『消え去るのはきさまらだ! ひねりつぶしてくれるわ!』
いけっ と魔王の号令で数え切れないほどたくさんの魔物が 勇者たちにおそいかかってきました
勇者の言葉で 気を取りなおした三人が 魔物へと立ち向かいます
ゆうかんな騎士が剣をふるい かしこい魔法使いが魔法をつかって 二人は魔王に続く道を作ります
「勇者様! このセカイに平和を!」
そして 美しき巫女が天に祈りをささげると 勇者の持つ剣が光りだします
「この光は! 魔王 かくごしろ!」
『なんだと?』
かがやく剣をかかげて 勇者は仲間が切り開いた道を進み 魔王のふところへとふみ込みます
『おろかな人間ごときが!』
いかれる魔王の手から たくさんの人間を苦しめてきた魔法が放たれ 勇者におそいかかります
「はぁぁぁぁぁっ!」
けれど そのどれもが光かがやく剣にはじかかれて 消えていきます
「このていど! やあっ!」
勇者から放たれた魔法が魔王にあたり その影がゆらぎます
『な なにっ?』
そうして最後に
「これで とどめだ!」
『ヌオオオオォォォォォッ?』
巫女の祈りを受けて まぶしくかがやく剣を その身に突き立てられ
魔王はセカイをゆらすほどの叫びをあげて その姿を灰へと変えていきました
気付けば 魔王の手下である魔物たちの姿も 全部消えています
「終わった のか?」
ぼうぜんと 勇者がつぶやきます
そんな勇者に向け 三人の仲間は大きくうなずきました
「やったな! やったんだ!」
傷だらけの騎士が 笑い
「セカイに 平和が…」
杖を支えに立っていた魔法使いが その目を天へと向け
「勇者様 本当に 本当に……」
巫女が勇者へかけ寄り なみだを流しました
「みんなのおかげで セカイが平和になったんだ」
勇者はそんなたのもしい仲間たちを前に 力強くうなずき返しました
その後 国に戻った勇者たちは人々のしゅくふくを受け
セカイに平和が戻りました
「……という話だそうだ」
「今回は勇者 ですか」
おや? 勇者の前で 騎士と魔法使いが会話をしているようですね
二人とも 難しい顔をして 一体どうしたのでしょう?
「救世主 勇者 魔法……幻覚にしては やけにかたよっていますね」
「普通なら もっとあいまいなんだが」
「新種の薬物ですか? 私たちの話も 自分に都合が良い所しか聞こえていないようですし」
「いや…症状からして薬物 の一言で片付けられるものじゃない」
「そうですが…」
魔法使いは納得いかない様子で 天井に目を向けています
何かまじめな話をしているのだろうけど 僕には分からない
一人にされてしまった勇者は 理解することをほうきしてしまいました
「その疑いもそろそろ分かるだろ…おお ちょうどだ」
「お待たせしました やはり というか彼もまた異常なし という結果になりました」
騎士の声と共に現れたのは……美しい巫女ですね
きれいな髪をなびかせて 数枚の紙を手に はきはきと何かの結果を二人へ伝えているようですよ
「やっぱ薬物じゃないのか なら集団さいみんか? 洗のうか?」
ふん、と自分でも信じていない様子の騎士は 口角をつりあげました
そんな 誰かに向けての皮肉を受けて 巫女は首をふってどれもちがいますよ と口をひらきます
「事件がおきた場所も 時間もバラバラなので さいみんや洗のうとは考えにくいのです」
「それなのに 召喚されてちがう世界にトリップした 実は神様から力をもらっただの 同じことを言んだよな」
こまったこまった と騎士は肩をすくめているようです
同じように 魔法使いも肩をすくめて みんなお手上げ といったところでしょうか?
「子どもならまだしも 大人まで 原因が分からないので 気味がわるい」
巫女 騎士 そして魔法使い
三人はおそろいの真っ白な服を着て むずかしい顔をつき合わせます
どうやら とっても困ったことが起きているようです
それを見ていた勇者は 思います
三人がむずかしい顔をしているのは いなくなったはずの魔物が また現れたからだろう と
さらに勇者は思います
それでいて 僕が何か言うと 大人しくしていてね とやさしく言うんだ
もしかすると 三人は まだ勇者の力を借りる必要はないと思っているのかもしれない
えんりょする必要はないのに 勇者である僕をたよろうとしないなんて 何か深い事情でもあるのだろう と
強く言い聞かせる勇者をよそに 騎士たちはおしゃべりに入れ込んでいってるようですね
勇者そっちのけで 巫女が持っている紙をのぞきながらおしゃべりしていますよ
「それで思い出したが 最近自殺が多いよな」
「ええ トラックや電車への飛びこみですね たしかに最近 多いですが…」
騎士がそういえばと言えば 魔法使いがあごに手を当ててうなずきます
「でも、それはこちらと関係ないのでは?」
どうしてそんなことを言うのでしょうか? 巫女がそんな顔をしています
どうやらこのセカイでは たくさんの問題が起きているようですね
勇者は 騎士が周囲をかくにんしてから声をひそめるのを見て きき感をつのらせていきます
ですが 騎士は勇者には目もくれず いきおいこんで話し始めます
なんだか 勇者がかわいそうですね
「ここだけの話なんだが 実はな い書があってな」
「そうでしたね いじめられていたとか この世界にたえられないとか…」
「それは表向きの話だ い書のてきとうな所をまとめただけさ」
力強く言い切る騎士ですが 何かこんきょがあるのでしょうか?
魔法使いが まゆをよせて まさか と言う表情をうかべます
どうも 魔法使いは何かに気付いたようすですね
「では…」
「実はな い書に『異世界に呼ばれてる』だの『異世界へのしょうたい券をもらった』だなんて書いてあったらしい それも 一人や二人じゃない」
「えっと……?」
しんけんな騎士の言葉でしたが 魔法使いと巫女はきょとんとした表情を浮かべます
とつぜんそんなことを言われても といったところでしょうか
少しして 巫女がええと と口をひらきました
「…イセカイ?」
「ええと この世界とはちがう世界ということさ 異なる世界で 異世界」
「ああ 異世界! そういうことですか」
「それが本当なら…他の世界で勇者になって 魔王とうばつ…このじけんと似ていますね」
三人はのけものにされてしまった勇者をちらっと見て おしゃべりへ戻ります
その顔は さきほどより少しだけけわしくなっているようですよ?
「…死ねば異世界へ ですか 他の世界って なんですか? 絵本の世界ですか?」
けれど魔法使いがふん とつぶやけば 騎士と巫女は表情をゆるめました
「どんな世界かなんて誰も知らないだろ ただ 異世界なんて人間が書いた 紙や電脳上の物語だ」
「言われなくても とうぜんですよ」
「なら そんな世界に行けるだなんて それこそまさにもう言 もう想」
「ですが そのことを本気で信じて 死ぬことをしているのなら」
まじめな口調で巫女が言いかけたとたん 騎士はごうかいに笑い飛ばします
「はははっ! 本気で信じてるからこそ い書に書いてあるんだろ?」
「あっ そうでしたね」
騎士に言われて巫女は小さく肩をすくめて笑います
和やかになったふんいきの中で 魔法使いが小さく手を上げました
勇者をのぞいた三人は とても仲がよさそうですね
「ちなみにその話は じじつなのですか?」
「ああ 知り合いに記者がいてな そいつ自身は堅苦しい雑誌の記者だから この情報は使えないとか言ってたな」
「堅苦しくなくてもためらう内容ですよ…あまりにもばかばかしくて」
「そうか? いいんじゃないか? 『現代のやみ! 現実ときょこうの区別がつかない大人!』とかなんとか ありそうだろう?」
「とてもありそうでですね」
ひょうひょうと言う騎士へ 魔法使いがくすくすと笑います
そんな二人の会話を受けて 巫女が小さく首をかたむけます
「それで勇者と…魔王でしたか? 魔王かくごだ! と叫びながら刃物をふるったということでしょうか?」
剣をふるうまねをする巫女 その動きはぎこちないものです
巫女の問いかけを受けて 騎士は手を打ち合わせます
「なるほど! 自分が勇者だとさっ覚してるなら 通行人が魔王だか 悪の手先だかに見えてもおかしくないな」
「それで刃物をふり回して もう想では勇者気取り 現実では白昼の通り魔 ひがい者はうかばれませんね」
「……そう ですね」
「やりきれねえな」
三人は口をとじて 勇者に顔を向けました
なぜか とても暗いふんいきになっていますね
さえない顔で 騎士と巫女 魔法使いはあわれむような おこりたいような目を勇者に向けています
どうやら 勇者に力がないと思っている様子です
たしかに 魔王へとどめをさした勇者の剣は もう必要はないと封印されてしまいました
けれど またセカイが危険にさらされているのなら その封印をとかないと
必死な勇者の言葉に 三人は気の無い返事をするだけで 動こうとはしません
どうしてなんだ? 僕の力が必要じゃないのか?
そんな勇者の言葉に 三人は目をそらしただけで 動こうとはしません
さらに何度かくり返せば 友情をちかい合った三人は 肩をすくめてそのまま立ちさってしまいました
ああ! なんということでしょう!
魔王をたおすために 長く苦しい旅を共にした仲間が 勇者を見捨てるなんて!
けれど現実に 三人は真っ白なろう下から見えなくなってしまいました
勇者が窓から三人のうしろ姿をおってみても だれ一人としてふりかえってくれはしません
そうして 心やさしい勇者は今日も一人で セカイの危機を感じて心を痛めるのでした
もう言=妄言
い書=遺書
です。
今回は本当に思いつきです。ジャンルをSFにして短編投稿にしようかと思いましたが、頑張って童話風にしてみました。
そのおかげで、言い回しにおかしい部分があったりして、特に後半部分は少しアレな感じに仕上がってしまいました。
…目を通してしまった方、有難うございます。
最後に。
異世界トリップ、好きです。大好きです。大好物です。
以上。