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陰気童話  作者: 古風
2/10

姉と魔女

 昔々あるところに、大きな国が二つありました。


 キャリアとユベンストという国でした。その二つの国はとても仲が悪く、年がら年中、互いを潰そうと戦争をしていました。


 そんな国の一つ、キャリアと呼ばれた国の、そこだけは静寂に包まれた一室でのこと。

 赤黒い髪を短く切った少年が、静かに本を読んでいる時でした。


「ただいま、アレク!」


 軽快な声と共に、赤いドレスをまとった女性が楽しそうに部屋へ入ってきました。

 彼女の姿を認めた途端、少年は顔を引きつらせます。

 けれど、そんな彼とどこか似通った面立ちをした女性は気付くことなく、その赤黒い長髪をなびかせて近づいていきます。


「ねえ、さん。お帰り」

「ああアレク! 寂しくなかった?」

「だ、大丈夫、だよ」


 あからさまに身体を引く弟を気にすることなく、彼女はただただ、その顔を心配そうに見つめています。

 そして、彼が顔を小さく頷かせた途端、表情が晴れて満面の笑みになります。


「ごめんなさい、アレク。敵を殲滅するのに時間がかかって、遅れてしまったわ」

「い、いいよ! ところで姉さん。怪我は、ない?」

「ええ! アレクったら、なんて優しいのかしら! こんな私を思ってくれるだなんて!」


 ところどころ、生地の色よりなお赤黒い体液を張り付かせたドレスを、彼女は嬉しそうにその身ごと抱きしめました。

 問いかけた、弟の真意に気付くことはありません。

 姉でもあり、キャリア随一の魔法師でもあるカタリナ。彼女は放たれた言葉を額面どおり受け取り、弟の優しさに胸を打たれていました。


『キャリアの戦姫』『キャリアの魔女』


 両国での、彼女の呼び名でした。

 今は誰一人として、彼女の名前を口にしません。


 実の父親や、弟でさえ。


 日増しに激しくなっていく、二国間の戦い。

 それぞれがそれぞれの理想の未来を抱いて、それを誰かに託して死んでいきます。

 怒号や歓声、金属音などが響き渡る平原のこと。その中でも特に屍が密集した一角に、彼女は立っていました。


「アレク、アレク! 貴方に近づく人間は、全て排除しないと!」


 死体の山を築く女性が、そこにはいました。

 周囲でどす黒く燃える炎と同色の髪が、生暖かく腐臭漂う風に煽られてそれは綺麗に舞い上がります。


「ま、じょ、め!」

「汚い手。アレクに見せないで頂戴」


 聞こえてきた微かな、死に掛けた声に容赦なく、魔女は魔法を放ちました。

 止めを刺すには十二分の威力を持った炎を受けて、小さな小さな断末魔と共に、彼の腕が吹き飛びました。身体は黒く、炭になりました。


 理想を抱いて死へ落ちた屍がまた一つ、増えます。


「早くアレクに会いたいわ」


 炭となってしまった哀れな死体が着ていた鎧、それが自国のものであると、彼女は理解しているのでしょうか?


 魔女と呼ばれた女性は、死肉に塗れた平原をうっとりと見つめて夢心地で呟きます。


「今日も沢山殺したわ。ああアレク、私を褒めてくれるかしら?」


 その日、その数分後のことです。

 彼女の暴走を止めようとした兵士が数人、理想のための犠牲となりました。

 

 戦争は、まだ続きます。


 完全に調和が崩れた戦争が続く、ある日のこと。


「王様! あの魔女を殺すべきです!」

「ああ、分かっている。分かっているが」


 立派な格好をした王様は困り果てて、目をつむります。

 戦争と言っても誰に誰が殺されているのか、全て知っている城内の人間たちは皆、疲労に心身ともにやつれた王様を一心に見上げていました。


「王様! 今更アレに同情するのですか! アレは最早敵味方関係なく、視界内に入った人間全てを手にかけているのですよ!」


 赤黒い髪に、時折白いものが混じった王様です。

 苦しそうな表情を浮かべた王様の口が、ゆっくりと開かれました。


「違う。違うのだ。最早殺すしかないことは理解している」

「では、何を躊躇って」

「だがな」


 周囲のすがるような視線に、王様は首を振って、目を弱弱しく開きました。


「アレを殺すことが出来る人間など、我が国におるのか?」


 その言葉に、そこに含まれる寂寥を感じて、周囲の偉い人たちは皆一様に口を閉ざしました。

 誰もが分かっていました。


 魔女を殺す方法は一つしかないと。


「お帰り、姉さん」

「ただいまアレク! まあ、貴方は体が弱いのだから、寝てないと」


 静寂に満ちた一室に、軽快な声が響きます。

 病弱な弟を労わりつつも、普段より豪奢な衣装を着込んだ彼を見て、魔女は微笑みを向けます。


「アレク、とっても似合っているわ」

「う、ん」

「どうしたの、アレク? 私、何か良くないことをしたのかしら?」


 生返事に、魔女の秀麗な顔が翳ります。

 ですが弟は首を振り、魔女と似た顔を無理矢理、笑みの形にしました。


「姉さん」

「なあに、アレク?」


 笑み形をした目。その端から零れ落ちるのは透明な雫です。

 彼女はそれに気づきません。弟の言葉を待つ、笑顔を浮かべていました。


「姉さん、姉さん」

「ええ、どうしたの? アレク」

「ごめんなさい!」


 謝罪と共に、えいっ、と弟は魔女へと突撃しました。その小さな手に握り締められていたナイフが、勢いを付けて魔女へと迫ります。

 銀色に輝く凶器を視認して、魔女の表情が切り替わりました。


 微笑から、怒りへと。それはもう、綺麗に替わりました。


「うわぁっ!」


 即座に業火の帯が現れました。それは弟へと、実の弟へと一辺の容赦なく襲い掛かります。

 圧倒的な熱と、風が部屋の全てを巻き上げ始めます。


「お前アレクを騙ったのっ? なんてことをっ!」

「ねえさ」

「黙りなさい!」


 怒りの表情で、魔女は炎を操って弟だったモノへと叩きつけます。

 それは人体を軽く炭化させて、部屋の全てを同色に染め上げます。


「死になさい! 私のアレクはどこっ! 言いなさい!」

「ねえ、さ?」


 弟は健気にも手のひらを魔女へと伸ばします。熱で溶けたナイフの柄が、その小さな手のひらに接着したまま離れようとしません。

 熱風で浮かぶ赤黒い長髪を前に、弟は力尽きました。


 一方、魔女のその目は、誰も映してはいませんでした。


「誰? 私のアレクを隠したのは誰っ!」


 主の意志を受けて四方八方へと、炎が舞い踊ります。

 異常に気付いた兵士や侍女たちが部屋へ突入しても、有無を言わさず炎の塊を受けて、すぐに炭に、灰になります。


 そこに理想も何もありません。ただ、燃え尽きるだけでした。


「ああ、アレク、アレク、貴方はどこにいるの?」


 すすり泣きと共に、悲劇の魔女は弟を探して隅から隅まで、城を燃やし尽くしました。


 数日後のことです。

 戦争をしていたキャリア、ユベンスト、両方の国が落ちたという一報が周辺各国へと広まりました。


 それをやってのけたのは、ただ一人の魔女。

 神の力を借りた、悪魔の魔女。

 誰かの名前を呟きながら、目に付くもの全てを燃やし尽くした魔女。


 各国はその実力を恐れ、自国へ禍が降りかからないように、と四方へと探索の手を伸ばしました。


 ですが。


 その魔女の行方を知ることは、出来ませんでした。



 おしまい。

 今回はそれなりにファンタジーらしさを出してみました。漢字も多用しましたが、改行も多用しました。

 また、よくある展開で締めてみましたが、いかがでしたでしょうか?

 相変わらずの描写不足は、童話だからと多目に見ていただけると有り難いです。

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