私は短所のボンレスハム
町がオレンジ色のベールを纏う時。
メルヘンなお城風の建物のチャイムを、梨々香はそっと押す。
「ただいま……。」
「おかえりなさい! 梨々香ちゃん!」
ドレスのようなフリルたっぷりエプロンの、
髪の毛縦ロール華やか美人が、梨々香を笑顔で抱き締める。
「お母さん……。」
母の胸を梨々香の涙が悲しみに染める。
「梨々香ちゃん……何があったの?」
――白い壁。小さな煌めくシャンデリア。
様々な女神が描かれた宮廷天井画風の屋根付きベッド。
猫足アンティークテーブルと椅子。
豪華で華やかな部屋で。
ピンクオーロラ色のシフォンワンピースに、
地味でとてもふくよかな少女は身を包み。
ポロポロと涙をこぼす。
彼女の母、米子は猫足テーブルをダンッ! と叩いた。生きた猫の如くビクリと動くテーブルに怯む梨々香。
「ひどい人々ね!
梨々香ちゃんは可愛いわ!
そんな先生やクラスメイトの言うことなんて無視しなさい!」
「……お母さんは本気でそう思ってくれていることはわかる。
いつも美味しいご飯作ってくれるし、火事のときは私をかばってくれた。」
梨々香は目を擦りながら、下を向いて続ける。
「でも、私と雰囲気が似た顔立ちの昭子ちゃんも、
クラスの男子にブスって言われてたのを聞いた……。」
梨々香は鞄からプリクラを出す。そこにはブス宣告された五人が写っていた。
「この子。私と雰囲気が似てるでしょ?
ううん。むしろ私の方がブス。私はぶたばなだもん。」
「そんなこと……。」
母、米子は目をくるくる回す。
「ママはどうして私をママ似に生んでくれなかったの?
何でお父さんなんかと結婚したの?
お父さんは不細工なのに!」
「そんな風に言わないの! お父さんはいつも私達のために働いてくれるし、
梨々香ちゃんがハブに噛まれた時は口から吸出してくれたでしょう!」
顔を真っ赤にして梨々香の肩を強く握る米子。
そんな彼女の手を、梨々香は珍しく荒々しく振りほどき、叫んだ。
「わかってる!
せめて外見がお父さん似なら中身もお父さん似で賢ければよかったのに!
私はお父さんとお母さんの悪い所を集めたボンレスハムだ!」
「梨々香ちゃんは可愛くて優しい子よ……お父さんに似て。そんなに自分のことをどうして……。」
「お母さん見たいな美人にはわからないよ!」
「……わかるわよ……ちょっと! 梨々香!」
涙をはらはら落とす米子を部屋から追い出すと、
梨々香は涙が枯れるまで泣いた。
そして、沢山のラインストーンが光り輝く鏡に映る、地味で鼻の頭が赤い冴えない顔を見て、深いため息を吐いた。
――翌日。
梨々香は学校の廊下をふらふら歩いていた。
「危ない!」
梨々香は友人の少女・下山さやかに引き寄せられる。
梨々香が今までいた場所を、スケボーに乗った女子高生は高速で通り過ぎる。
梨々香は冷や汗を、綺麗な刺繍のハンカチで拭いながら言った。
「さやか、ありがとう。」
「あの人が悪いけどさ! 梨々香も気をつけなよ。 今日の梨々香、変だよ! お弁当も食べないし。何かあったの?」
「あのね……。」
梨々香は口を開こうとしたが。さやかのパッチリとした綺麗な目を見て、まぶしそうに目を反らした。
「何でもない……。心配してくれてありがとう。それより、音楽室急ごう!」
梨々香はぎこちなく笑うと、教科書を握りしめた。
先生の伴奏に合わせ、皆は校歌を歌う。
梨々香も、まん丸の顔にまんまるの笑顔で朗々と歌い上げた。無心で無邪気に、音の階段を跳び跳ねる。
――放課後。
「梨々香って歌好きだよね。校歌なんてつまんないのに、うれしそうに歌うんだもん。」
しみじみというさやかに、梨々香は明るく答えた。
「うん! 大好き!」
さやかは、そんな彼女の笑顔を携帯で撮る。
「すごくいい顔してる。ほら。」
さやかが見せた携帯には。ふくふくしく、太陽のように明るい笑顔の少女が写っていた。
「やっぱり、梨々香の笑顔っていいよ!
私は趣味で何人も写真を撮ってるけどさ、
こんなに素直に笑う人はあんまりいないよ。」
梨々香は、そう言って優しく微笑むさやかの笑顔の方がずっと綺麗だと思った。だが。
「さやかのほうがきれいだよ。でも……昨日の自分の顔よりもこっちがいいな!」
そう微笑むと、彼女は鼻歌を歌いながら教科書を鞄にしまった。
――星が瞬く空の下。
梨々香はそっとチャイムを押した。
「ただいま。」
米子は、重い表情で梨々香を迎える。
「おかえり。梨々香ちゃん。」
梨々香は米子に頭を下げた。
「お母さん、ごめんなさい。私……。」
米子は首を振り、写真を数枚出した。
その写真の中では。
学ランを着た梨々香の父親が笑顔で、セーラー服を着た一人の暗い表情の少女と手を繋いでいる。
申し訳ないけど、自分よりも冴えない子だなぁ……と思った梨々香に、母は頭を下げた。
「今まで嘘ついていてごめんなさい!
これが高校生の時の私!
私は大学を出たあと、整形したの!」
ぽかんと口を開けた梨々香。そこへ父親が帰って着た。
「ただいま。あ、懐かしい写真だね。」
ほわほわした笑顔で、梨々香の父は写真を見つめた。
――米子が言うには。父は自分がブスの時も、綺麗になときも、優しくしてくれたのだと言う。
「確かに、整形してから態度が変わった人が多かった。でも、変わらない人も一万人に一人くらいはいるのよ!」
「い、一万人に一人!」
希望があるんだかないんだかわからない! と思う梨々香であった。