底辺高校・ダメ教師番付(前編)※あとがきの注意書きに必ず目を通してください
底辺高校へ脅迫状を出した犯人は、サッカー部顧問の高橋先生(旧姓佐藤)に高校時代いじめられていた女性であった。
大奥のお蔭で犯人を捕まえた佐藤は、脅迫犯の彼女に戦闘能力や危険物への知識がないこと、
手紙の内容が枚数を重ねるごとにだんだんヒートダウンしていったことから危険性は薄いと判断し。
脅迫に近い話術でなんとか彼女を改心させたのだった。
その後、彼女との約束通り高橋先生の身辺を洗っていた佐藤と大奥は、
サッカー部員の一年生・山本が先輩達に犯罪レベルの苛めにあっていることを知る。
先輩からのいじめに悩む山本と一緒に居る少年・加藤。彼はサッカー部員に尋問されていた昭子をかばってくれた少年である。佐藤と大奥の目に映る彼は、身振り手振りで山本へ何かを必死に訴えていたが。山本はぶんぶんと顔を横に振るだけ。何か切羽詰まった様子の二人を見た佐藤と大奥は、不安定に宙に浮く渡り廊下で向かい合う二人にそっと近寄った。最初は息を呑んで一歩一歩早足で歩いていた佐藤と大奥だが。彼女達が渡り廊下の入口にやってきたときには二人の雰囲気が和らいでいた。なんだ、大丈夫か。そう二人が長い息を吐き、加藤も背を向けて歩き出した。その時。
「山本ーーー!!」
山本は渡り廊下の窓を開けて下へ飛び降り。その瞬間に加藤は両手を伸ばした。加藤は何とか宙に浮く山本の両足首を掴むが。小柄な加藤はベランダから外へ落ちそうな布団のようにずるずる窓の外へと引きずられていく。GK志望の山本はとても背が高くて重いのである。
「はなしてくれ!」
「ばか!」
「誰か来てーーー!」
意外と力持ちな大奥は後ろからガシッと加藤を抱え込み。布団を取り込むように下へ引っ張る。一歩遅れた佐藤も助けを呼びながら加藤の両足首を掴む。
「加藤君! 頑張って!」
……その三十秒後。駆けつけた生徒達の尽力で加藤と山本は助け出された。泣きながら謝り頭を何度も下げる山本、ひっくり返って長い息を吐く加藤。佐藤と大奥は助けてくれた生徒達にお礼を言うと、E組の生徒とA組の生徒に二人は保健室に行ったという伝言を頼み。加藤と山本を保健室へ連れて行った。
2
「大輝、ごめん……俺のせいで死にかけて…先生たちも、みんなも…ごめんなさい……」
「加藤君みたいに命がけで助けてくれる友達がいるんだから死んじゃだめだよ! 石田先生、よろしくお願いします!」
大きな体を縮めて泣く山本を一喝すると、大奥は石田に頭を下げた。一方佐藤は高橋の所へ行っている。ちょうど大奥も佐藤も空き時間だったのである。その間に養護教諭の石田は二人の体に怪我が無いか診察し。それが終わるとベッドに座ってうつむいたままの山本、そしてそんな山本を見守るように見つめる加藤と大奥の三人に甘いミルクティーを出した。
「怪我がなくて良かった。本当に。でも加藤君はお腹を窓枠に圧迫されているし、山本君も体を校舎にぶつけているから、ちょっとでも背中とかお腹が痛くなったら言ってね」
ウエーブ掛かったまとめ髪と美しい茶色の目が印象的な石田は、若く可憐な美女であり。穏やかで優しい性格も相まって生徒にとても人気がある。だが彼女の温かい配慮も二人の心を溶かすことは出来なかった。石田を見上げて無言で頭を下げたあとも黙り込む二人。それを気遣うように見つめる石田。一方大奥は石田にお礼をいって頭を下げると、カップを持ったまま俯いた二人に声を掛けた。
「……貴方達もお礼はきちんと言いなさい! 具合を見てくれた上に紅茶まで出してもらったんだよ!」
「いいんですよ。お礼をいってくれたのは伝わりましたから。それより……なんでこんなことに……」
大奥から二人を庇うように立った石田は、心配そうな目で後ろを振り帰る。その瞳の中には言わないで……と言いたげな目で加藤を見る山本。そして戸惑ってうつむく加藤が映る。少しして。顔を上げた加藤はごめん、と一言言うと事情を話し始めた。
「翔は反射神経がすごく良くて、GKのレギュラー候補になったんです。でもそれをよく思わない先輩達に呼び出されるようになって……どんどん山本の様子がおかしくなって……。なんかやばいと思ったからこっそり隠れて様子を見ることにしたんです。そしたら山本をゴールの前に置いて、先輩が数か所からいっぺんにボールを蹴ってて……」
だんだん声がつまり、苦し気になる加藤。彼は潤んだ目で山本に頭を下げた。
「正直言って、先輩が怖いって気持ちもあって何もできなかった……俺の一番の友達なのに……翔…ごめん」
「違う! 俺は大輝やみんなのおかげでサッカー続けたいっておもったし、学校にこれたんだ……でも、もう……むりだ…がんばれない……たかはしせんせいもがんばれってはげましてくれたのに……ごめんなさい……」
両手で顔を覆って体を小刻みに震わせて泣く山本。石田はそんな彼をそっと抱きしめた。
「……よく今までがんばったね。でも、もう無理しなくていいんだよ。山本君が死ぬなんて絶対に嫌だよ。命を懸けて助けてくれた加藤くんも、大奥先生も、佐藤先生も、お父さんとお母さんも、サッカー部のみんなも、山本君を助けてくれた他のみんなも、私も……」
こころのふたが外れ、両手で押さえてもこぼれるほどの涙をこぼす山本。そんな彼の頭を優しく撫でながら泣き出す石田。大奥と加藤まで泣き始めたが。加藤は鼻をかむと、あっ、と何かを思い出したように呟いた。
2
山本が自殺未遂をしたことは学校中に広がり。昭子のクラスのサッカー部はいきり立った。昭子はさっきからうわごとのように鈴木鈴木と小声で連呼する隣の席の斎藤をちらりと見た。怒りに燃える目が怖い。昭子は机をそっと持ち上げて斎藤から遠ざかりつつも、時々チラチラと動向を確認する。だが、斎藤の心は昭子とは明後日の方向にあった。
「……許さねえ……俺はかたきを討つぞ! 俺は先輩達に逆らってやるぞ! むほんを起こしてやる! が! それっぽい装備ってなんだ? とりあえずB組から秘密兵器は入手したけどよ……田中! お前はひきょうで陰険そうだからなんかねーのかよ!」
卑怯で陰険なのは否定しないけど、私を集団で尋問した斎藤君には言われたくない……昭子は少しイライラしたようなため息を吐いたが。クラスメイトの義務として、彼の蛮行を止めようとした。
「…もし斎藤君が騒ぎ起こして退学とかになったら、優しい山本君は悲しんだり、自分を責めると思うよ。やめた方が…」
「そうだ! あいつはイイヤツなんだ! だからぜってーかたきとる!」
「俺も!」
胸に手を当ててサッカー入場曲まで歌いだすサッカー部員。昭子はもう知らない、と教科書を開いたが。斎藤はしつこく昭子に必勝装備を問う。めんどくさくなった昭子は椅子の座布団……防災頭巾を指して言った。この学校は海抜が低い場所にあるからなのか、防災意識が強い。そのため校舎から高台への直通階段があったり、防災頭巾の常備が義務付けられたりしているのである。
「…防災頭巾を被って行ったら、忠臣蔵っぽくていいんじゃないかな。銀色に光ってきれいだし、防御力も上がるよ。空気穴を開けたプラスチックの下敷きでフェイスカバーも作れば、衰弱したおじいさんのパンチ一発分くらいなら防げるんじゃないかな」
「一発分は防げるのか! それで充分だぜ! みんな! 防災頭巾被ってうちいりすんぞ!」
「えっ」
あっさり受け入れられて戸惑う昭子を他所に、斎藤は昭子と自分が持っていた硬筆用透明下敷きと自分のカッター、教室にあった瞬間接着剤やガムテープやクリップ等で工作を開始。一方、他のサッカー部員達は一斉に座布団代わりにしていた防災頭巾を被り。腕を突き上げて叫んだ。
「うち入りだーーーーーー!」
「は? これから授業なのに何言ってんの! 座りなさいよ!」
昭子はもっと言え! と思いつつも俯いて教科書を読んだ。……確かに山本君はすごく気の毒だけど、斎藤君達が暴れて解決する問題じゃない。逆に事態をこじらせたり、厄介なことになるに決まってる。和田さんがんばれ! ……と、昭子は心の中で春子を一生懸命応援する。だが。
「和田は白井が自殺するほどひどいめにあってもだまってんのかよ!!! 一発殴ってやりたいだろ!」
「……そんなことあったら一発殴るんじゃなくてぶっ殺す! ……わかった! がんばれ!」
親友の白井道子を持ち出された和田春子は、サッカー部員にアッサリ説得されてしまった。ああ、と肩を落とす昭子。その間にもサッカー部員達は無責任なクラスメイトに激励され。教室を高速のすり足で出立した。クラスメイトが『赤穂浪士は降りしきる雪の中静かに吉良邸へ向かった』とかなんとか言ったからである。一方昭子はずっと教科書を垂直に立てたまま俯いて考え込んでいたが。結局、斎藤達が教室を出て少しして『わたしがいったのはひみつにしてください』で始まる文章を佐藤のスマホにメールした。A組は一番端っこで、非常階段が隣にある。それを使えば人目に付かずに移動が出来るのだ。おまけに隣のB組は調理実習、隣の隣のC組は音楽室なのでこの騒動が他の教師に伝わらない可能性が高いのである。
そして昭子がメールを送信した数分後、斎藤達が教室を出てから五分後。やっと絵梨花先生はやって来た。チャイムが鳴ってから六分後の事である。絵梨花先生は自分を心配していた生徒に謝ると、空席の多さに目を丸くした。
「あ、あれ??? 今日は早退した人がいっぱいいたの?」
「斎藤君達は自殺を図った親友のかたきを取りに行きました! 止めないでやって下さい!!」
クソ真面目な顔で斎藤が出て行った方向に敬礼する春子。それに続くクラスメイト。絵梨花先生はそれを見て苦笑した。
「そうなの……困ったな……和田さん教えてくれてありがとう…」
……たまたま化粧のノリが悪くて遅れた日にこれぇ? 最悪……そう思いつつも彼女は冷静にクラスを見回して尋ねた。
「どこに行ったかわかる人いる? はい、えっと……田島さん」
田中です。と心で訂正しながらも昭子は淡々と答える。
「……鈴木鈴木ってぶつぶつ言っていたので、もしかしたらサッカー部の鈴木先輩の所かもしれません。違ったらすみません」
「何組かわかる?」
「…わかりません。すみません」
「そう……」
絵梨花先生は眉間に皺を寄せて舌打ちしたが、間髪入れずに違う生徒は新しい情報をもたらした。
「とりあえず二年生だと思います。サッカー部は三年生がいないって前に斎藤が言ってました!」
クラスメイトをチクった! と睨む春子。二年生はいわくつきだから逆に返り討ちにあったら危険だ! と睨み返す松本。絵梨花先生はまあまあ、と二人を宥め、笑顔で言った。
「そうなの! じゃあ二年生でサッカー部の鈴木君のクラスね! 松本君ありがとう! これで斎藤君達を助けられるよ!」
絵梨花先生は、タブレット端末に入っている全生徒名簿を開いた。『二年生』『鈴木』『サッカー部』その単語を入力して出てきたのは。『二年D組』
「えっと、二年D組の授業は……」
二年D組の授業は、視聴覚室で英語の映画DVD鑑賞の自習。朝の職員会議を思い出して、絵梨花先生は初めて真っ青になった。DVD鑑賞の自習時は、感想文提出方法の説明などをする最初の数分と感想文を回収する最後の数分以外、監督する教師がいない。逆に言えば斎藤達が到着する頃はまだ授業が始まってすぐの筈であり、誰かしら監督の教師がいる可能性が高いのだが……。それがよりによって。
「田中先生か……」
田中は全国でもトップクラスのゴミ教師、いや、教師と呼ぶのは教職への冒涜といえる程の人物である。『近所の球場でプロ野球の試合があって、電車が混みそうだから早く帰りたい』と、ホームルームを他の先生に任せて帰り。生徒に教科書を読ませるだけの手抜き授業をし。そんな授業に不安を感じた生徒が理科の参考書を開いて内職したら、いきなり背後から殴りかかってケガをさせ。日常的に聞くに堪えない下ネタを連発し。佐竹や絵梨花先生や石田など若い女性教師、そして女子生徒にセクハラを働き。気に入らない生徒にはちょっとしたことで暴力を振るうという、まさに工場排水で汚染土をこね、人型に整えて塵を振りかけたような存在であった。そんな奴だからこそ、今回の自習を真面目に監督しているとは限らない。そしてもし監督していたとしても、暴走する斎藤達にぶん殴られる未来しか想像できないのだ。何であの人クビにならないのかなーと思いつつ絵梨花先生は皆に指示を飛ばした。
「斎藤君達が心配だから、ちょっと自習していてください。第三章の予習をしてて」
そう言うと彼女は瞬時に体育教官室に電話を掛けた。男子運動部の抗争は並の教師にはとめられない、それに視聴覚室との距離は体育教官室の方がこの校舎より少し近い、と判断したのである。しかし電話がつながらない。おかしいな……今は空き時間のはずなんだけど…そう思いつつ彼女は次に職員室に電話を掛けた。
「二年A組担任の佐藤絵梨花です。実は……」
「その件はもう山口先生達が対応してくれていますから、佐藤先生は普通に授業をやっていてください」
「は、はい」
何で知ってんの? 私が来る前にクラスの誰か……田中君が通報したの? 私が遅れたことがばれちゃう……少し汗のにじむ絵梨花先生の心が透けて見えたかのように、校長は続けた。
「たまたま彼らを見かけた国語の佐藤先生が、体育教師の皆さんを呼んで鎮圧しました。佐藤先生にもあとでお話をお伺いします」
「はい……私が授業に遅れたばっかりに、ご迷惑をおかけしました」
くるりと黒板に体を向けた絵梨花先生は、兄弟に告げ口をされた子供の如く不満げに口を尖らせつつも。声だけはしおらしく校長に謝罪し、推理した。……チクったのは田島さんの可能性もあるかも……眼鏡オバサンはたしか空き時間のはず。空き時間は職員室にいる先生が多いのに、なんでそんな都合よく斎藤君達にあうの? 誰かが眼鏡オバサンにチクったに決まってる。そして一番チクりそうなのはブス部の田島さんだ……でも。眼鏡オバサンの過去が明るみになったせいで、ブス部部員と佐藤のオバサンは冷戦状態のはず……イチイチ報告しないか……と。そう結論を出した絵梨花先生はくるりと振り返って無邪気に微笑んだ。
「斎藤君達のことは他の先生たちが探してくれることになりました。……うん、大丈夫だよ。とりあえず授業を始めましょう」
窓から落ちそうになっている人の救助法については、その道のプロの方にお尋ねください。
人の命を助けることは大切ですが、素人の方は決して無理をなさらないで下さい。
また、自分は医療に関する知識はございません。
体を強く打ち付けた場合、圧迫した場合は後から症状が出る場合が多いので、
医師の方の指示を仰いでください。
また、防災頭巾の改造についても参考にはしないでください
その他、この小説のマネをして怪我等があった場合も責任は負いかねます。
ご了承ください。