光
セシルは何が起こっているのか、固唾を呑んで見守るしかなかった。
父王の向こうでは、純白のエミール像が光を脈打たせている。
「……一体、」
何が起ころうとしているのか。
「───ッ?!!!」
瞬間、エミール像が一際強い光を発した。
あまりの眩しさに、セシルは目を庇い、身構える。閉ざした瞼越しに、なお光が射した。
光だけが、空間を支配する。
「───……」
やがて、光が失せていき、恐る恐る瞼を上げてみた。
父王が翳していた腕を下ろし、杖をカツンと鳴らす姿が見える。
「……?」
セシルは眉を顰めた。
強烈な光によってぼやけた視界が、次第に回復する。
「えっ!?」
そして、
「お、父様……像、は……??」
今までそこに在ったはずのエミール像が跡形もなく消え失せていた。
セシルは皿のように目を丸くし、状況の把握に惑う。
「恐らく、終わるのだ……我々は、何も出来ぬまま……」
物憂げな面差しで、父王がひとつしかない窓を仰いだ。
「…………」
セシルも釣られて上向く。
チラリ、と、光の名残が掠めた。
人魚属の王であった男は、左手を前へ出した。掌を空へ向け、エミールを見つめる。
「私は、お前の誕生を心から喜んだ。それは、他の者達も同じだった。だが、私達の愚かな願いからお前を苦しめることに……私達はひどく後悔した。たったひとりに背負わせてしまったことを悲しんだ」
双眸を細め、顎を引いた。掌には、海から現れる光が集まる。
(……何の、光かしら……)
ルーシャンは首を傾ぎ、不思議に光の正体を思った。
「お前を救いたかった」
エミールの身体も白光を放ち始める。
「───」
己の身体の変化に恐怖し、エミールは小瑪の右腕に伸ばし縋っていた左手を、ぎゅっと握った。小刻みに震えるその手の上に、小瑪の手が重ねられる。
「お前は、私の大切な子……愛している」
濁りなく響いた言の葉。
裏切りなど見当たらず、真実ばかりしかない。
瞠目したエミールの瞳から、雫が転がる。
「……本当に……?」
父が肯くのを目にし、小さく微笑した。ゆっくりと瞼を下ろす。小まかな震えも止んだ。
「嬉しい……」
ずっと求めていた言葉……それは容易に手に入れることが出来た。きっと、怖れていたのだ。己の声によって、愛する人が傷つくことを…………
キン──と、エミールは光に包まれ、男の掌の光も球体になる。
『あっ』
ルーシャンは眼前の事態に驚き、口許を両手で押さえた。
男の掌にある光は何なのか……何故、エミールは光の球になってしまったのか……何一つとして掴めない。
一方、小瑪は取り乱さず、目の前の、光の球体となったエミールを抱き締めた。
「瑞樹の者よ」
空気を震撼させる男の声調には、王であった頃の威厳が漂っている。
「すべてが揃っていなければ、受け入れられぬか?」
「…………」
ルーシャンは気圧され、男の科白も理解できなかった。が、小瑪は違う。
たった今の科白を吟味するように黙し、視線を伏せていた。
ほんの後、緩慢に正面の男を見据える。
「俺は読唇術が得意ですから、問題ありません」
淀みない、けれど少し間の抜けたような答え。
彼はどこまで、何を知っているのだろう。
確信を含んだ低い音色。
「そうか……」
これから何をしようとしているのか、判るのか……?
フ、と、男は唇を弛め、温かい雰囲気を醸す。
場の空気が和んだことで、ルーシャンの緊張も解けた。
小瑪の背後にいるルーシャンは、光の球体に身体を預ける小瑪の後ろ姿を見つめる。
(……今、小瑪はどんな顔をしているのだろう)
まだ、本来の姿に戻った小瑪を、真っ直ぐ目にしていない。
その顔で、きっと、穏やかな安息の表情をしているに違いない。
愛する人……エミールが、そこに居るから。
『…………あっ!!』
淋しげな瞳を微かに湛えていたルーシャンだが、現在の状況を思い出した。
そうだ、肝心のエミールは光の球になったまま。
(……ちょ、ちょっと待って……エミールは、どうなってしまったの?)
元に、戻れるのか?
(二人は、どうして普通に話しているの?!)
会話の内容はまったく理解できなかった。
あの男の掌の球は何だろう。
ルーシャンはオロオロし、独りにされ、エミールの事に慌てない二人に対して怒りを覚える。
(愛して、いるのではないの? 心配していないの?!)
下唇を噛んだ次には、無意識に立ち上がっていた。
「ちょっと、貴男達!!」
胸の前で拳を薙ぎ、憤然とする。