父
『貴方は、全部わかっているのでしょう?』
エミールは息苦しそうに、小瑪に縋る。
「──判りません…何も、判りません!」
月長石の双眸が苦渋に乱れた。
「小瑪がどうしてあの短剣を持っていたのか……父上、ッ」
と、言葉が詰まる。
弾けた短剣。
懐かしい薫り。
…そうだ、あの薫りは父上のものだ。
「父上が、どうして小瑪に短剣を渡したのかも…」
何故、他者に子の命を託したのだろう。
「どうして、私だったのかも…」
人魚はたくさんいるのに、他の誰でもなく、エミールだったのか。
「…父上は、自分の手に余して、私を見捨てた…!」
見捨てられていなかったなら、このような状況にならなかったのではないか?
悪いのは、誰だ…?
「エミール」
それまで、ずっと黙っていた小瑪が口を開いた。
ルーシャンはハッとして、エミールから視線を外す。だが、その視線は小瑪に向けられていなかった。エミールは怪訝そうに眉を寄せる。
「王は、君を愛していたよ。王だけでなく、人魚たちは皆…」
「嘘です!!」
信じられる訳がない。
愛していたと言うなら、どうして誰も手を伸べてくれなかった?
「父上も、皆も、私を深海から遠ざけました! 蔑むような目で、私を見て──」
「それは、誤解だ」
低く嗄れた声。
明らかに、小瑪の声ではない。
背後からの声に、エミールは驚き、小瑪の抱擁を解いて身を捩った。
「?」
数歩離れた所に、壮年の男が立っている。いつからいたのか、気配をまったく感じなかった。
「だ、れ…?」
男は草臥れた雨具を着ている。
『あ、館の…』
ルーシャンは彼を見たことがあった。囚われの身であった頃、丘の上の館で。彼は、あの男爵の使用人だ。
だが、何故ここに?
「すまなかった、エミール」
「!!!!」
それだけの言葉なのに、エミールは彼が誰であるか理解した。
『え、あ、もしかして…?』
ルーシャンもまた気付く。
「ち、父上……」
エミールは驚愕し、掠んだ音を洩らして、呆然とした。
そう、男の正体は十一代目国王、エミールの父である。
「生き、て…??」
死んだと思っていた。実際、十一代目国王の死は人魚達を動揺させたのだから。
エミールも、心の片隅で苛まれていた。
「人魚で在ることを捨てたのだ。命を絶つのは、国王としても、親としても、無責任だろう……だが、王のままでは自由な行動がとれない」
苦笑するかつての王は、エミールや小瑪が知る容貌ではない。じっくり観ても、本人だとは信じ難かった。何の変哲もない、ただの人間にしか見えないのだ。
「…本当に、父上…なのですか…?」
混乱するエミールは、微かに震えていた。
「そうだ…」
苦笑混じりに破顔する男を目にし、
「ああ…」
吐息を零す。
(父上、だ…)
遠い昔に見た、その笑顔。
間違いない。