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人魚姫  作者: 霜月黎夜
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 ◆◆◆◆◆◆◆



 ………………

 ア…私ハ…?

 ………………

 ココハ…ドコ…?

 何モ…見エナイ…

 ………………


 寸分先も、自身の身体さえも確認できない、奈落の世界。

 エミールの意識が浮上した。


 ………………

 …私ハ…死ンダハズ…

 ドウシテ…考エルコトガデキルノダロウ…

 ………………


 時の流れも感じられない空間で、想う。


 ………………

 …小瑪ハ、マダ泣イテイルノダロウカ…

 ……心配……

 ………………


 耳が痛いくらい静寂に包まれたそこは、エミールが嫌った海の底に似ていた。

 孤独がし寄せ、心を蝕んでいく。


 ………………

 ドウシテ…チャント殺シテクレナカッタノ…

 私ハ身ヲ挺シテ…世界カラ退イタノニ…

 ………………


 身を縮めるように動くと、身体の存在が感じられた。


 ………………

 身体モ…残ッテイルノ…?

 私ハ…死ネナカッタノ…?

 ………………


 キラリ、と、この世界にあるはずのない煌きが意識に留まる。


 ………………

 何…カシラ…

 ………

 アア…アレハ…小瑪ガ持ッテイタ短剣…

 ……懐カシイ薫リガスル…

 ………………


 地底をうごめき、短剣を手にした。黒い影に、短剣が持ち上げられる。

 白銀の刃は、世界をありのまま映し出していた。

 エミールは口を開き、咽喉の奥から声を絞る。映った現実に、悲鳴を上げた。


 ア゛アァア゛────!!!!


 ザザザザザ、と、闇が退いていく。

 天の光が届かない、深い、窈い海の底。

 醜いエミール。まるで、妄執に取り憑かれた狂人のよう。

 爛れた皮膚を引き攣らせ、白濁の双眸をまんまるに開いた。

「──…“声”…が……」

 船と船がぶつかり擦れるような、樹々が腐敗に倒れるような、不快な程に掠れたこえが口から洩れる。

「“声”が、ない…どうして?」

 口を苦しげに歪め、ギチギチと胸を掻き毟った。だが、血が溢れることはない。

「あ゛ァ……どう、して…」

 死ねなかった上に、声も、姿までも失った。

 ギ…と、掻き毟る手を止める。

「──…“声”…」

 “声”を持って逝かなかったから、戻された?

 その罰として…だから、死も叶わず、こんなにも醜悪な姿で…?

「…どうして、私が…」

 この“声”は誰が授けた?

 何故、他の誰でもなく自分に?

 どういう権利があって、自分だけを罰する?

「──私が、罰せられるいわれはない…!」

 確かに、罪もない命を殺しただろう…だが、そうさせたモノが悪い!!

 人間は、望んでもいないのに近寄ってくる!

「私は、悪くない…こんなチカラを望んだモノが悪い!

 私は被害者だ!」

 憎悪がほとばしった。

「ただこの世に生まれ落ちただけで、どうしてそのような枷を嵌められなければならなかった!?」

 この宿命さだめを与えた世界が憎い!

「私だけにすべてを負わせて、安穏と暮らす者たちが憎い!!

 私は何だ!?」

 何故、生まれた?

 どこにも居場所がないのに…

 まだ……すべてを取り戻すまでは、終わらせない!!

「…小瑪…」

 何度も愛を交わした。

 なのに何故、殺すことを選択した!?

「愛していると言いながら、例え私が望んでいた事だったとしても…!」

 何故、完全に殺してくれなかった?

 すべてが終わるはずだったのに、小瑪が狂わせた!!

「全部、貴男が持っているの…?」

 小瑪が、すべてを奪った。

「返して───!!」

 エミールの咆哮に海流が呼応し、激しく逆巻き出す。海水を切り裂くように、エミールを地上へ連れていった。

 エミールは短剣をかたく握り締め、世界を睥睨へいげいする。

 闇を纏い、二本の足で海原に立った。

 陸上が目視できない海のど真ん中、新月を背に歩き出す。

 どす黒い感情に、心を煮えたぎらせて…



 ◆◆◆◆◆◆◆



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