動
純白の像を見上げる父王の額では、藍玉が威光を放っている。
「詳しくは判らぬ。だが、十一代目は確かに、この者の命を瑞樹の末裔に託された」
王が受け継いできた悲劇の顛末を聴き、セシルは自らを抱いた。
「その人魚も、瑞樹の末裔も哀れです…ただ生を受け、出逢い、愛し合っただけなのに…」
「故に、悲しみだけでしかない…二度と繰り返されぬよう、王位継承と共に伝えられる」
父王が、微かに目尻を下げる。
「…十一代目は、この者を追うようにして亡くなられた。自らの命を遣い果たし、償おうとしておられたようだ」
「それは、」
セシルは、胸前で拳を握った。
「それでは、あまりにも──」
「王として、親として…十一代目は心を痛めておられただろう」
「──…それでも、何か方法が…!」
きっと、見つけられなかったのだろう。だから、自らの命を遣い果たして子の命を託し──王として、望んではならなかったチカラを止めるための責務を果たし。
「…ルーシャンの“声”は、この者の“声”であろう」
セシルは目を丸くして、父王を、象を見つめる。
「では…では、私が遇った、あの、ルーシャンの声を持つ者は…?」
父王はひとつ瞬き、肯いた。
「この者…十一代目の子、エミール」
コツ、と、杖を床に当てる。
「…ようやく、悲劇が終わろうとしているのかも知れぬ」
気がつけば、エミールの像が弱くだが発光し始めていた。
──瞬間、小瑪の許にある“玉”が眩い輝きを放つ。
光が短剣を伝い、エミールへ流れていった。
小瑪に抱きすくめられているエミールは、苦しげに驚愕し、双眸を濡らしている。
「───…どう、して…?」
震える声で、いま在る光景に疑問した。
瞼を重たげに閉ざしている小瑪は唇を和ませ、クスクスと鈴の音に似た笑声を立てる。
「何故? …君は、僕から心臓を取り戻しにきたのだろう?」
「そ、う……です…」
「僕も、待っていた。君に心臓を返すために…」
ほぅ、と、息を吐く小瑪。
「君と共に在るために…」
強く、甘い想いを耳にし、ルーシャンもまた泪した。
二人を引き離すことは叶わない。即ち、ルーシャンの恋も実らない。
◇◇◇◆◇◇◇
太陽がまだ、水平線の向こうにいる頃、小瑪は館を後にした。
星の子達が降り注ぐ人魚浜を、ひとり歩み、途中立ち止まる。振り返り、館を仰いだ。
…あそこに帰るつもりは、ない。エミールと共に在るために、何もかも捨てる。
小瑪は決意し、もう一人の自分を認めた。だから、声はもうしない。
全部が自分だから、認めてしまうのは簡単だった。
ただ、愛し合うだけ…
点々と残る足跡がやがて波に消されるように、小瑪とエミールも静かに融けていく。
太陽はまだ顔を出さず、下弦の月だけが小さく笑っていた。
エミールが来るまで“集いの席”で待っていようと考えながら、自然のアーチを潜った小瑪。
「あ、れ…?」
月光に輝くモノが目を引き、何気なく視線を送って苦笑した。
「…まだ、夜明けじゃないけど?」
くつくつと肩を揺らしていると、ムッとした美しい声が飛魚のように飛んでくる。
「笑うことはないでしょう! 貴男こそ、夜明けはまだですよ?」
夜明けに会おうと約束したのに、エミールはソファ形の“人魚の椅子”にぽつねんと座っていたのだ。
「約束を違えましたね、小瑪」
「それは、お互い様」
正論に、エミールは返す言葉がない。その様子を愉しげに眺め、小瑪は首を傾げた。
「夜明けに、と言ったはずだけど、何をしているんだ?」
むっつり唇を尖らせたまま、エミールは言う。
「…星を、見に…」
「そうか…」
「?」
ふと顔を伏せた小瑪の気配がいつもと違う気がして、エミールは怪訝に眉を寄せた。
「小瑪…?」
呼ぶと、小瑪の身体が揺らぎ、
「あっ!」
そのまま海へ落ちる。
そうやって、いつも突然に海へ身を沈める小瑪。傍で見ているエミールには、心臓に悪い。
「小瑪…」
エミールは吐息し、側に現れた小瑪をひとつ睨んだ。
黒い髪が水分を含み、光沢を帯びる。微笑んだ小瑪は艶かしく、反対に視線が逸らせなくなってしまった。どれも、いつもある風景。
「エミール」
耳元で囁かれ、エミールは頬を染める。
「な…んですか…」
肘掛の部分に腰掛ける小瑪から少し身を引いた。
「愛してる…だから…」
触れてきた唇。
エミールは目を瞠り、近過ぎてぼやける瑠璃の瞳を見つめた。そして、すっと細くし、双眸を微笑ませる。目尻から、音も立てずに雫が溢れた。
「…一緒に逝こう…」