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人魚姫  作者: 霜月黎夜
32/46


 柱のような形態をした海の一部に深海の王は立ち、淡々と言葉を奏でる。

≪彼の者を殺めてほしい≫

「───」

 ハッと目を開き、小瑪は王を見上げた。

≪彼の者が愛したそなたの手で、逝かせてやってほしい≫

「……何故…?」

≪彼の者もまた、やり過ぎたのだ≫

 小瑪は半ば顔を伏せる。予想通りの言葉だな、と思った。

≪人間属…全てと言う訳ではないが、人間は我等を物の如く扱った。心臓を奪われた者や商品として売られた者は数え切れぬ。

 そして、彼の者もまた、命を殺め過ぎた…≫

 ここで初めて、王の表情が揺れる。この世から希望を見失い、まるで彷徨い続けている者のようだ。

≪彼の者の声は、闇に属しておる。我等の望んではならぬ想いが、彼の者にチカラを与えてしまった。

 我等は己の過ちを認め、決めねばならぬ≫

 確かに、人間もエミールも命を殺し過ぎた。だが、だからと言って、個人の命を他者がどうこうしてもいいものか。

「…エミールを殺すことで、すべてが解決する…?」

≪左様…

 しかし、我は彼の者を殺められぬ≫

「…それは、同属を殺すという嫌悪から?」

 王は首を左右に振った。長い髪がユラユラと神秘的に舞い揺れる。

≪出来るなら、我の手で終わらせたい…

 だが、出来ぬ…≫

「俺なら、出来るとでも?」

 小瑪は大胆にも王に対し、突慳貪つっけんどんな態度をとった。

 そうしても、王はいからない。

≪己が心に問うてみよ。そなたの中には強い想いが宿っておる≫

 それに口を噤んだ小瑪は、じっと王を見つめる。

≪彼の者は…≫

 小瑪の視線を真っ直ぐ捉え、王は続けた。

≪彼の者はもう、“生きる”ことを望んではおらぬ≫


 …ホラネ…


 暗闇の世界から、もう一人の自分が蘇る。

(うるさい! 今は消えていろ!!)

 強く想い放ったが、衝撃は大きかった。

 出逢ってからの日々は楽しかったはずなのに、エミールの心はこの世から離れようとしていたのだ。

「…何故…?」

 小瑪は咽喉を詰まらせ、思考を巡らせる。

 答えは簡単だ。

≪そなたを死なせたくないからだ≫

 歌声を聞いた者は、甘美か苦痛かどちらかの死が訪れる。小瑪も危うく死んでしまうところだった。

≪必ず失うと判っておるから、失ってしまう前に…失った痛みで彼の者が暴走してしまわぬように…

 そなたの手で…≫

「──…俺は、居たいだけなのに…」

 両手で両眼を覆い、絶望した。

「二人だけで、居たいだけなのに…!」

 エミールは、死にたいと思っている?

≪案ずるな。彼の者も、そなたと共に在りたいと思っておる≫

「なら、何故、死にたいと思う? …何故、確信を持って言えるんだ…!」

≪故に、身を引こうとしておる≫

 王の声音が、少し強まる。

≪そなたが殺らねば、彼の者は、己で己が命を絶つ!≫

 小瑪は薄く口を開いた。

≪彼の者を救ってやってくれ。そなたの手で、彼の者の望むままに…≫

 静かに、静かに、王は音を紡ぐ。

≪短剣を。我の鱗を使うておる…≫

「…まだ、頼みを聞くとは言っていない」

≪ここに、置いておく…≫

 カチンと、金属音が手摺の上に生まれた。

「…勝手だ…」

 ひどく掠れた声で、小瑪は呻く。

「…あんたも、エミールも…デゼロも…この世界も…」

 王は何も言わず、小瑪の言葉を待った。

「…誰も存在を認めないと言うなら、この世界が消えてしまえばいい…」

 無意味な、願い。

「ただ共に在ることも許されない世界なら、必要ない。

 在るのは、お互いだけでいい…」


 …ケレド、エミールハ望ンデイナイ…


「違う。エミールも望んでいる…だから死を求めるんだ」

 エミールも共に在ることを望んでいて…仲を認められなくても、世界は消せなくて…だから愛する人を傷つけてしまう前に、自ら死を選ぶ。

 手の下から、泪が溢れることはなかった。泣き出しそうな声だけれども、雫とならない。

≪…理解しておっても、望む。

 彼の者に罪はない。それを罰しようというなら、罰する者が滅べばよい…

 無意味で、どちらを選択しても、彼の者は傷つき、嘆く…≫

 王は、哀しく洩らした。

≪我は、彼の者に幸福を与えられなかった…もう、そなたしかおらぬ。彼の者に幸福を…≫

 小瑪は両腕を下ろし、霧のかかった瑠璃の瞳に短剣を映す。月の輝きを反射させ、硬質な哀惜を宿していた。

≪…我が、子を、頼む…≫

 形のよい指は、短剣の柄を握る。

 海の一部は形態を失くし、王は深海へ消えていった。

 短剣の重さが、命の重さを語る。


 …行コウ…


 …夜ガ明ケタラ…


 …俺達ガ愛シ合ウ結果コタエガ…


 …ソコニアルナラ…


 …行カナケレバナラナイ…


 声は蜿蜒えんえんと諭した。

「…行くさ」

 短剣を胸の高さに戴き、ポツリポツリと雨滴のように呟く。

「誰のためでもない…」

 持ち上げた双眸から、

「自分のために…!」

 霧が晴れ、瑠璃の光線が閃いた。



 ◇◇◆◆◆◇◇



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